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118 ゴアラの王

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 エサリの使用人の後ろから、気配も音もなく近づいて来た者が声を掛けた。

 玄人だ…ソウ達も気配を消す事に集中し、様子を伺う。ちろ、とソウはガイやバートに目線を送るが二人とも小さく首を振った。
 手出し無用との判断だろう。


「この様な所まで良くぞしつこく付いて来れるものですね。先程から何度とお断り申し上げているのですが?」

 男達の雰囲気にも気圧されず、一人でこんな森の中にまで夜半に歩いてくるだけの事はあり、随分と気丈なご令嬢だ。男達のしつこさに呆れた様な表情を見せている。

「これは異な事を。この申し出は貴方様のお父上から頂いたものですよ?」

「私は聞いてはおりません!」

「未だに側室どころか、正妃さえもお求めになられぬ王に見合う姫を探し訪ねての訪問です。どうか、御了承下さいませ。」

「それが気に入らないと言っているのです。分からない人達ね!聞く耳があって?正妃も側妃も必要としているのではないでしょ?」

 エサリは引かず一歩前に出て言葉を紡ぐ。

「王自らが求められるならば王が動きましょう!なのに今動いている者は何方です?求めていない者を差し出されて喜んで受け取る方では無いでしょう!」

「ご令嬢。これ以上の我儘は…」

「何が我儘と言うのです!私が行ったとて追い返されるのが落ちと言うもの。今までだってそうではないですか!貴方方は適当な貴族の娘が駄目ならば地方の豪商の娘?ただの成り上がりの家の者にあの方の隣を飾る事など出来るわけがないでしょう!」

「エサリお嬢様…しかし、上位貴族のお家からの申し出では…」
 断る事さえも難しい、そんな立場の家なのだ。使用人の声も最後は小さく消え入る様だ。

「カテージ!だから何処の家かと聞いているのです。この様な愚かな事に利用されて、あの方の心象を最悪なものにしたいと誰が思うのですか!」 
 怒り心頭のエサリの握りしめた拳はブルブルと震えている。

「エサリ様、近年王は何方も側には寄せ付けないとのこと…側近の方々もそれは頭を悩ませておいでのご様子でした。旦那様がお声を上げたのもお嬢様でしたら、王宮においても誰に気圧される事もなく強く立つ事が出来るだろうとお考えあっての事なのです。」

「カテージ、それが要らぬ配慮というのです。本当に私が必要なら王の周りの方々を一掃して頂けません?傀儡かいらいと化している方に何の魅力もありませんことよ。」

 エサリの目線は揺るがない。姿勢を正し、しっかりと男と目線を合わせる姿は闇夜の中でも一層存在感を際立たせる。

「それに、誰も側に寄せ付けない理由は何です?問題の解決もなく新たな問題を持ちかけては、優秀な上位貴族の方々の御名がより一層輝いて見えてしまいますわね。」
 明らかにその目には侮蔑の色を隠そうともしていない。夜の森であってもその声色だけで手に取るようにどんな表情をしているかが分かるほどだ。

「お嬢様…どうか、お静まりになってくださいませ。」
 使用人の声は、最早泣きそうである。

「ご令嬢失礼いたします。」
 スッと側に寄った男の一人はエサリの横までくると手を伸ばしてきた。

 力任せ?
 たった一人の令嬢だ、男一人でも力尽くでどうにでもなる。

 スッとソウは腰を上げる。男の行動如何では直ぐに飛び降りていくつもりである。

 降りるつもりであったのだが…次に聞こえてきたのは男の呻き声だった。

「うっ」
 ドサッと地に男が沈み込む。

「あぁお嬢様!手荒な真似は…」
 まさか女性が、と男達の油断だろう。エサリは迷う事なく男の鳩尾に一撃入れていた。

「獲物を狩るならば先ずは相手の情報収集でもなさったら如何かしら?余りにもお粗末でしたよ?ねぇ貴方。」
 倒れた男を一瞥した後、もう一人の男に向き直る。
 
「寄越した主人にお伝えくださいな。王の事に心をお砕きになるのなら王のお心に寄り添う事をお考えになったら?ゴアラの中のお馬鹿さん達を野放しになさるから王も追い詰められるのではなくて?さて、王のお邪魔をしているのは保守派の方?革新派の方?昼間の様な狂乱がまかり通るような国ですものね。希望もなにもあったものでは無いのでしょうね?」
 王の周りにいる者は全ては王の味方では無い。重々承知している事だが、一国の王その人を支えようとして動いている者が果たしてどれくらいいるのだろうか?そんな者達に囲まれて気を張って生きていく事に何の魅力もないだろう事は予想だに難しくは無い。
 エサリのようにただの地方の裕福な娘にも想像がつくと言うのに、中央にいる方々は誰の頭も動いてはいないようだ。

「出来ましたら王にお伝えくださいな。私怒っておりますの。御用がおありなら手ずからご連絡下さいませと。」

 不意をついたとはいえ男一人を沈めてしまえる腕前の者に残った男は手を出そうとしないらしい。今来た道を使用人を伴い戻って行くエサリに男は黙って頭を下げて見送った。
 
 この男、最初から最後まで一切の気配の乱れも感じさせる事はなかった。
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