110 / 143
110 身柄
しおりを挟む
パザンの件が落ち着いたサウスバーゲン城応接室に、両手を強く握り締めて姿勢を正し真っ直ぐに前を見据えるアレーネの姿があった。
祖父カント・アッパンダーからの連絡はないが、その内に実家の公爵家から今回の詳細の手紙が届くだろう。その前に事のあらましだけでも伝えようと本人の意思を確認の上、今ここに居るのだ。
「祖父に会う事は可能なのですね?」
「ああ、寛大なパザン国王の計らいでね。王が許可した者に限るがアレーネ嬢其方は会えるだろう。」
甘痺草がただの痺れ薬と分かったあの時に嫌な考えは頭を巡った。まさか祖父がと打ち消したが、サウスバーゲン国王の話す内容からは罰と言っても随分と軽いものの様にも思える。
これだけで済んで良かったのだ。もし、皇太子殿下暗殺の容疑を掛けられていたらまず命は無かっただろうから。パザン王はそれを秘匿なされた…
ホゥ、と溜息をつくと静かに立ち上がりルーシウスの前でゆっくりと綺麗な礼を取る。
「サウスバーゲン国王陛下、我が国の皇太子殿下の治療に関し絶大なご尽力を頂きました事、心よりお礼申し上げます。そして祖父の致した事…心から謝罪申し上げます。誤っても戻らぬ者もいる事は存じておりますが、どうか謝らせてくださいませ。そして私の身は今からは捕虜でございましょう?牢にでも何処にでも参ります。」
意を決した様なアレーネの顔は幼いながらに自身の立場をしっかりと理解している者の態度だった。
「アレーネ嬢、パザン王は公爵家へ罰を与えているわけではない。アッパンダー元公爵が既に受けておられる。私とて其方を牢になど入れたら一生サウラに恨まれるだろう?」
「陛下、番様の近くに罪人の娘を置いてはなりません。お優しくして頂いただけでも十分でしたもの。」
「それはならぬ。其方は飽く迄も行儀見習いだ。しかしな、この城では人目に付きすぎるか?」
サウスバーゲンは大国だ。各国からの使者や客、働く者の中にもパザン出身の者も居るだろう。
けれど今この時点で公爵家に帰ったとしてもサウスバーゲンよりも人目はきつく、屋敷からは出る事さえも叶わなくなる。
「さて、どうしたものかな?」
「ん~、では王都のオーレン家で預かりましょうか?」
「ん?オーレン伯は帰ってきているのか?」
「えぇ、結界が落ち着きましたからね。辺境は今は刺激がなくてつまらないそうですよ。」
「刺激を求める伯爵殿か…」
「本当に困ったものです。」
「あの、オーレン伯とは?」
「あぁ、失礼しました。オーレン伯とは私の父で伯爵位は事実私の兄が継いでいるので当人は暇で暇で仕方ないんですよ。」
アレーネ嬢が来てくれればいい話し相手になりますかね?
シガレットの父ハジャット・オーレンは前宰相、前北西辺境伯の任に就いていた者で王室との関わりが非常に濃い歴史ある一族だ。オーレン家であれば王室以外の行儀見習いにおいても遜色は無いだろう。
「なる程。アレーネ嬢が良いおもちゃに成らなければ良いのだが。一筆認め伺いを立てようか?」
「は?おもちゃですか?」
キョトンとアレーネが聞き返す。
「言葉の綾ですよ。アレーネ嬢。父は退屈が嫌いなものでして、新しい物をあれこれ探す道楽人なんです。」
優しい笑顔でニッコリと微笑まれれば、そう言うものですのね、と納得しない訳にはいかないだろう。
「国王陛下、シガレット様私は何処へなりとも行くつもりです。行儀見習いですもの、オーレン伯のお屋敷で侍女として置いてもらっても構いません。」
「いや、王家の血筋の方をそんな扱いには出来んだろう。オーレン伯は、まあ、時と場合に暑苦しく感じるかもしれないが悪い様にはしない方だ。だから安心して身を置きなさい。パザンが落ち着いた頃に一度帰国する様にするのはどうか?」
カント・アッパンダー元公爵からは、アレーネの身柄は"良い様に配慮ください"と此方に任せられている。
暫くは国を離れていた方がアレーネにとっても良いだろう。
「有り難きご配慮、謹んでお受けいたします。オーレン伯が見えられた際には是非ご挨拶をさせてくださいませ。」
寛大な処遇に涙が浮かびそうになるが、グッと堪えて最後の挨拶までしっかりとこなす姿は貴族令嬢の鏡とも言えた。
ルーシウスが認めた書状を持って久し振りに我が屋敷に帰るシガレットだが、何とも不思議な感じがする。我が家には母と兄嫁の他女主人は居らず、その2人も今は領地に帰ってしまっている。シガレット自身も王城にほぼ泊まり込みの状態で過ごして来たので家族が居ない大き過ぎる屋敷は一人身にとって時に寒々しくさえ感じる。
父はどう思うであろうか?突然他国の王家筋の御令嬢を預かるのだ。勿論その準備に追われる事になろうが、少しばかり忙しくされていた方が遣り甲斐もあっていいだろう。
久しぶりの家人の帰宅に使用人一同で出迎える。
「お帰りなさいませ。シガレット様。」
「ああ、父上は居られるか?」
「はい。書斎でお待ちになって居られます。」
「分かった。すぐに向かおう。」
いつものシガレットの笑みの中にいつもと違う色を見出す事が出来たなら素晴らしい観察眼の持ち主と言って間違えないだろう。
祖父カント・アッパンダーからの連絡はないが、その内に実家の公爵家から今回の詳細の手紙が届くだろう。その前に事のあらましだけでも伝えようと本人の意思を確認の上、今ここに居るのだ。
「祖父に会う事は可能なのですね?」
「ああ、寛大なパザン国王の計らいでね。王が許可した者に限るがアレーネ嬢其方は会えるだろう。」
甘痺草がただの痺れ薬と分かったあの時に嫌な考えは頭を巡った。まさか祖父がと打ち消したが、サウスバーゲン国王の話す内容からは罰と言っても随分と軽いものの様にも思える。
これだけで済んで良かったのだ。もし、皇太子殿下暗殺の容疑を掛けられていたらまず命は無かっただろうから。パザン王はそれを秘匿なされた…
ホゥ、と溜息をつくと静かに立ち上がりルーシウスの前でゆっくりと綺麗な礼を取る。
「サウスバーゲン国王陛下、我が国の皇太子殿下の治療に関し絶大なご尽力を頂きました事、心よりお礼申し上げます。そして祖父の致した事…心から謝罪申し上げます。誤っても戻らぬ者もいる事は存じておりますが、どうか謝らせてくださいませ。そして私の身は今からは捕虜でございましょう?牢にでも何処にでも参ります。」
意を決した様なアレーネの顔は幼いながらに自身の立場をしっかりと理解している者の態度だった。
「アレーネ嬢、パザン王は公爵家へ罰を与えているわけではない。アッパンダー元公爵が既に受けておられる。私とて其方を牢になど入れたら一生サウラに恨まれるだろう?」
「陛下、番様の近くに罪人の娘を置いてはなりません。お優しくして頂いただけでも十分でしたもの。」
「それはならぬ。其方は飽く迄も行儀見習いだ。しかしな、この城では人目に付きすぎるか?」
サウスバーゲンは大国だ。各国からの使者や客、働く者の中にもパザン出身の者も居るだろう。
けれど今この時点で公爵家に帰ったとしてもサウスバーゲンよりも人目はきつく、屋敷からは出る事さえも叶わなくなる。
「さて、どうしたものかな?」
「ん~、では王都のオーレン家で預かりましょうか?」
「ん?オーレン伯は帰ってきているのか?」
「えぇ、結界が落ち着きましたからね。辺境は今は刺激がなくてつまらないそうですよ。」
「刺激を求める伯爵殿か…」
「本当に困ったものです。」
「あの、オーレン伯とは?」
「あぁ、失礼しました。オーレン伯とは私の父で伯爵位は事実私の兄が継いでいるので当人は暇で暇で仕方ないんですよ。」
アレーネ嬢が来てくれればいい話し相手になりますかね?
シガレットの父ハジャット・オーレンは前宰相、前北西辺境伯の任に就いていた者で王室との関わりが非常に濃い歴史ある一族だ。オーレン家であれば王室以外の行儀見習いにおいても遜色は無いだろう。
「なる程。アレーネ嬢が良いおもちゃに成らなければ良いのだが。一筆認め伺いを立てようか?」
「は?おもちゃですか?」
キョトンとアレーネが聞き返す。
「言葉の綾ですよ。アレーネ嬢。父は退屈が嫌いなものでして、新しい物をあれこれ探す道楽人なんです。」
優しい笑顔でニッコリと微笑まれれば、そう言うものですのね、と納得しない訳にはいかないだろう。
「国王陛下、シガレット様私は何処へなりとも行くつもりです。行儀見習いですもの、オーレン伯のお屋敷で侍女として置いてもらっても構いません。」
「いや、王家の血筋の方をそんな扱いには出来んだろう。オーレン伯は、まあ、時と場合に暑苦しく感じるかもしれないが悪い様にはしない方だ。だから安心して身を置きなさい。パザンが落ち着いた頃に一度帰国する様にするのはどうか?」
カント・アッパンダー元公爵からは、アレーネの身柄は"良い様に配慮ください"と此方に任せられている。
暫くは国を離れていた方がアレーネにとっても良いだろう。
「有り難きご配慮、謹んでお受けいたします。オーレン伯が見えられた際には是非ご挨拶をさせてくださいませ。」
寛大な処遇に涙が浮かびそうになるが、グッと堪えて最後の挨拶までしっかりとこなす姿は貴族令嬢の鏡とも言えた。
ルーシウスが認めた書状を持って久し振りに我が屋敷に帰るシガレットだが、何とも不思議な感じがする。我が家には母と兄嫁の他女主人は居らず、その2人も今は領地に帰ってしまっている。シガレット自身も王城にほぼ泊まり込みの状態で過ごして来たので家族が居ない大き過ぎる屋敷は一人身にとって時に寒々しくさえ感じる。
父はどう思うであろうか?突然他国の王家筋の御令嬢を預かるのだ。勿論その準備に追われる事になろうが、少しばかり忙しくされていた方が遣り甲斐もあっていいだろう。
久しぶりの家人の帰宅に使用人一同で出迎える。
「お帰りなさいませ。シガレット様。」
「ああ、父上は居られるか?」
「はい。書斎でお待ちになって居られます。」
「分かった。すぐに向かおう。」
いつものシガレットの笑みの中にいつもと違う色を見出す事が出来たなら素晴らしい観察眼の持ち主と言って間違えないだろう。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
追放された聖女の悠々自適な側室ライフ
白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」
平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。
そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。
そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。
「王太子殿下の仰せに従います」
(やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや)
表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。
今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。
マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃
聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
【完結】悪役令嬢と言われている私が殿下に婚約解消をお願いした結果、幸せになりました。
月空ゆうい
ファンタジー
「婚約を解消してほしいです」
公爵令嬢のガーベラは、虚偽の噂が広まってしまい「悪役令嬢」と言われている。こんな私と婚約しては殿下は幸せになれないと思った彼女は、婚約者であるルーカス殿下に婚約解消をお願いした。そこから始まる、ざまぁありのハッピーエンド。
一応、R15にしました。本編は全5話です。
番外編を不定期更新する予定です!
他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!
七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?
ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。
言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。
喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。
12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。
====
●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。
前作では、二人との出会い~同居を描いています。
順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。
※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる