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 パザンの件が落ち着いたサウスバーゲン城応接室に、両手を強く握り締めて姿勢を正し真っ直ぐに前を見据えるアレーネの姿があった。
 祖父カント・アッパンダーからの連絡はないが、その内に実家の公爵家から今回の詳細の手紙が届くだろう。その前に事のあらましだけでも伝えようと本人の意思を確認の上、今ここに居るのだ。

「祖父に会う事は可能なのですね?」

「ああ、寛大なパザン国王の計らいでね。王が許可した者に限るがアレーネ嬢其方は会えるだろう。」
 
 甘痺草がただの痺れ薬と分かったあの時に嫌な考えは頭を巡った。まさか祖父がと打ち消したが、サウスバーゲン国王の話す内容からは罰と言っても随分と軽いものの様にも思える。
 これだけで済んで良かったのだ。もし、皇太子殿下暗殺の容疑を掛けられていたらまず命は無かっただろうから。パザン王はそれを秘匿なされた…

 ホゥ、と溜息をつくと静かに立ち上がりルーシウスの前でゆっくりと綺麗な礼を取る。

「サウスバーゲン国王陛下、我が国の皇太子殿下の治療に関し絶大なご尽力を頂きました事、心よりお礼申し上げます。そして祖父の致した事…心から謝罪申し上げます。誤っても戻らぬ者もいる事は存じておりますが、どうか謝らせてくださいませ。そして私の身は今からは捕虜でございましょう?牢にでも何処にでも参ります。」
 意を決した様なアレーネの顔は幼いながらに自身の立場をしっかりと理解している者の態度だった。

「アレーネ嬢、パザン王は公爵家へ罰を与えているわけではない。アッパンダー元公爵が既に受けておられる。私とて其方を牢になど入れたら一生サウラに恨まれるだろう?」

「陛下、番様の近くに罪人の娘を置いてはなりません。お優しくして頂いただけでも十分でしたもの。」

「それはならぬ。其方は飽く迄も行儀見習いだ。しかしな、この城では人目に付きすぎるか?」
 サウスバーゲンは大国だ。各国からの使者や客、働く者の中にもパザン出身の者も居るだろう。
 けれど今この時点で公爵家に帰ったとしてもサウスバーゲンよりも人目はきつく、屋敷からは出る事さえも叶わなくなる。

「さて、どうしたものかな?」

「ん~、では王都のオーレン家で預かりましょうか?」

「ん?オーレン伯は帰ってきているのか?」

「えぇ、結界が落ち着きましたからね。辺境は今は刺激がなくてつまらないそうですよ。」

「刺激を求める伯爵殿か…」

「本当に困ったものです。」

「あの、オーレン伯とは?」

「あぁ、失礼しました。オーレン伯とは私の父で伯爵位は事実私の兄が継いでいるので当人は暇で暇で仕方ないんですよ。」
 アレーネ嬢が来てくれればいい話し相手になりますかね?

 シガレットの父ハジャット・オーレンは前宰相、前北西辺境伯の任に就いていた者で王室との関わりが非常に濃い歴史ある一族だ。オーレン家であれば王室以外の行儀見習いにおいても遜色は無いだろう。

「なる程。アレーネ嬢が良いおもちゃに成らなければ良いのだが。一筆したため伺いを立てようか?」

「は?おもちゃですか?」
 キョトンとアレーネが聞き返す。

「言葉の綾ですよ。アレーネ嬢。父は退屈が嫌いなものでして、新しい物をあれこれ探す道楽人なんです。」
 優しい笑顔でニッコリと微笑まれれば、そう言うものですのね、と納得しない訳にはいかないだろう。

「国王陛下、シガレット様私は何処へなりとも行くつもりです。行儀見習いですもの、オーレン伯のお屋敷で侍女として置いてもらっても構いません。」

「いや、王家の血筋の方をそんな扱いには出来んだろう。オーレン伯は、まあ、時と場合に暑苦しく感じるかもしれないが悪い様にはしない方だ。だから安心して身を置きなさい。パザンが落ち着いた頃に一度帰国する様にするのはどうか?」
 カント・アッパンダー元公爵からは、アレーネの身柄は"良い様に配慮ください"と此方に任せられている。
暫くは国を離れていた方がアレーネにとっても良いだろう。

「有り難きご配慮、謹んでお受けいたします。オーレン伯が見えられた際には是非ご挨拶をさせてくださいませ。」
 寛大な処遇に涙が浮かびそうになるが、グッと堪えて最後の挨拶までしっかりとこなす姿は貴族令嬢の鏡とも言えた。




 ルーシウスが認めた書状を持って久し振りに我が屋敷に帰るシガレットだが、何とも不思議な感じがする。我が家には母と兄嫁の他女主人は居らず、その2人も今は領地に帰ってしまっている。シガレット自身も王城にほぼ泊まり込みの状態で過ごして来たので家族が居ない大き過ぎる屋敷は一人身にとって時に寒々しくさえ感じる。

 父はどう思うであろうか?突然他国の王家筋の御令嬢を預かるのだ。勿論その準備に追われる事になろうが、少しばかり忙しくされていた方が遣り甲斐もあっていいだろう。

 久しぶりの家人の帰宅に使用人一同で出迎える。

「お帰りなさいませ。シガレット様。」

「ああ、父上は居られるか?」

「はい。書斎でお待ちになって居られます。」

「分かった。すぐに向かおう。」
 いつものシガレットの笑みの中にいつもと違う色を見出す事が出来たなら素晴らしい観察眼の持ち主と言って間違えないだろう。
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