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107 パザン潜入    

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「祖父に連絡が取れないんです。」

 あの昼食会より時折サウラと共にお茶を楽しむ様になったアレーネが不安そうにサウラに語った。

 甘痺草が発覚してよりアレーネは何度か祖父アッパンダー公爵に手紙を出している。甘痺草が痺れ薬であった事は国が処理する為他言無用とされているが、アレーネはサウスバーゲンに来てからの日々のことを綴り自分の身を案じてくれていた祖父へこまめに手紙を送っていたのだ。

 失踪、誘拐時間の真相を知る者達にとっては当然の成り行きと言えよう。現在、誘拐また殺人扇動の容疑で身柄を拘束されているのだから。サウスバーゲン側は勿論アレーネにこの事実を伏せている。そして、近く使節団を遣わす予定だと伝え、アレーネの不安を取り除いているのだ。

「公で彼の地へ行くつもりですか?」

「日程の調節に更に余計な時間を使うな…」
 使節団を遣わすのにも建前と準備に時間がかかり過ぎる。シエラの話では皇太子の命には別状ないと言うが、アッパンダー公爵の身柄が拘束されている事をかんがみても何某なにがしかの刑が決定されるよりも前には皇太子の健康を回復させた方が良さそうではあると判断したのだ。
 と、すると公の使節団を立ち上げるのでは是非の返答、日程調整や内容の確認などで連絡を取るだけでも数日は要してしまう。
 
 
 今回の失踪誘拐事件に関してサウスバーゲンは強く制裁を求めてはいない。パザン王室側からはこの事に深く謝意を表してもらっておりサウスバーゲンに対する受け入れはすこぶる良いと思われる。

 だから、サウスバーゲン側からパザン王城にが何名入っても大した問題になっても居ないのだ。
 
 パザン城謁見の間にサウスバーゲンからの伝令と称する4人の騎士がパザン王の前にひざまずく。先日先触れであったサウスバーゲンからの親書には皇太子殿下の治療の為に是非とも尽力したいとの内容であった。
 しかし先の失踪誘拐事件を見るに公にサウスバーゲンが動けばまた良からぬ横槍を入れられる心配もあり、今回は非公式にて癒し手の護送を行わせてもらいたいとの事だった。
 
 これには二つ返事で即答した。一国の王であるにも関わらず恥ずかしい限りだが、待ったなしの皇太子問題の決断をほぼ国中の貴族より迫られている所で、アッパンダー公爵の拘束ときては王家に勝ち目はないのである。
 
 藁にも縋る思いで道を踏み外してしまったアッパンダーの気持ちが痛いほど良く分かるのだ。サウスバーゲンの寛大な申し出にはただただ頭が下がる思いである。

 ほぼ休みなく馬を走らせてきたのだろう。着替える時間も惜しいと見えて、全員旅装マントを着込んだまま王の前に畏っている。

「急ぎ駆けつけてくれた事心から感謝する。我がパザンは、其方そなたらを大いに歓迎し、またサウスバーゲン国王に感謝を捧げよう。さて、そこな方々のうち何方どなたが癒し手であろうか?我がパザンは小国なれど癒し手殿が必要とする物は何なりと用意する様に申し付けてある。遠慮せずに申し出られよ。」

 ゆったりとした話し方から流石に王座に座られる方だと思う。綺麗なハニーブロンドの髪に柔らかな茶の瞳。顔にはやや疲れの色が見て取れるが瞳の奥には芯の強さが光っている。

「有り難き申し出にお礼申し上げる。我がサウスバーゲンより皇太子殿下の元に遣わす癒し手はこの者にございます。」

 4人の騎士の内一番小柄な者が進み出てきた。

「まさか、まだ幼いの子供なのか?」
 
「なれど、癒しの力は我が国随一でしょうな。恐れながら陛下の御身にて体感されるが宜しいかと。」

 ガシャ!

 周囲の騎士が動く。まだどの様なものかも分からない技を先ずは国王に掛けろと?剣の柄に手をかけて王の前に並び立とうとする騎士をパザン国王が制した。

「待て、あの者の言う事に一理ある。分からぬから信用足るものかどうか我が身で判断せよと言いたいのであろう?言葉尻では何とも言えるが、目で見て身体で感じれば何の言い逃れも出来ぬからな。」

 パザン国王は手招きをする。
「良い。其方そなたの技を受けよう。其方の思うがままにやってみるがいい。」

 小柄な者は王の前に進み出て、礼を取るとフードを取る。

其方そなた女子おなごであったのか?」
 フードを脱げば長い黒髪を一つに束ね、同じ色の黒瞳で王を見つめるサウラはまた一つ礼を取る。

「お気持ちが少しでも楽になります様に。」
 ポァ、とパザン王の身体を白金の光の粒が舞う。

「おぉ、其方は、もしや…」

「パザン王、其の者の力をどう見られる?」  
 同伴の騎士が問う。
 
「紛う事なき癒しの力よな…初めて味わったが見事なものだ。」
 答える王の表情はスッキリと清々しい程だ。



「すぐに皇太子の元へ!その者達をさまたげてはならぬ。」

 王の命と共に騎士達が動き出す。王自らも王座より立ち上がり同行される様だ。


 皇太子はほぼ寝たきりの状態らしく、部屋に案内された時はそれは疲れた顔の王妃と、今も寝台の側から離れようとしない皇太子妃も不安気な表情を隠せないでいた。

 パザン王が入室し、侍女達を退室させる。

「レギット体調はどうか?皇太子妃にも不自由をかけた。サウスバーゲン国王が協力を申し出てくれた。今日は自らがいらしてくれたのだぞ。」

「父上、ご挨拶を…」
 レギット皇太子はやはり全身にチカラが入らない様子。痛みが無いことだけが本人の救いで、王妃と皇太子妃に支えられてやっと座ることができる位にしか動かない様だ。

「ばれて、おりましたか?」
 謁見の間で発言していた者がフードを取る。悪戯がばれた子供の様にバツの悪そうな笑みをたたえているのは紛れもないルーシウスだ。

「まだまだ見縊みくびらないで頂きたい。姿は見えねどもお声は忘れてはおりませんよ。」
 パザン王はルーシウスの方を見て深く深く礼を取った。それに続き王妃、皇太子、皇太子妃もルーシウスに礼を取った。

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