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90 暗躍
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「ふ~~ん。それで、公爵はこれらをどうするつもり?」
日の光が小さな窓から差し込む広い空間には、家具という家具は無い。ここは穀物を一時保管して置く倉庫であるが、今は穀物の代わりに広い空間には古ぼけた机と椅子のセットが無造作に置いてあり、その机の上に一人の青年と言うにはまだまだ若いであろう金髪碧眼の男が足を組んで座っている。
整った顔立ちにサラリとかかる金髪の髪。街中で有れば周囲の目を奪ってやまない端正な顔立ちだが、今はその顔には似つかわしく無い眉間の皺を深く刻み付けてしまっている。
その男の前には、公爵と呼ばれる壮年の男が立位で首を垂れ畏っていた。公爵が首を垂れる程の身分の高い者となるとこの男の正体は限られてくるだろう。
ここ東の地パザンではその気候から穀物が主な作物とする程実り良い地でもある。貴族たちはこぞって開拓し、大きな倉庫や蔵を持ち代々他国への輸出にも力を入れて来た。
何十年、何百年と継いできた物のうち打ち捨てられて久しい倉庫や蔵もこうしてまだ立派に地方には立ち並んでいる事も珍しくは無い。
公爵や身分の高い者がいるには決して相応わしいとは思えない人気のない林の中にこの打ち捨てられた倉庫は建っていた。
「この者達を卿への手土産としてお受け取り頂きたく存じます。」
「え?要らないよ?どうやって持ち帰るのさ?確かに公爵の後ろ盾の見返りに魔力持ち狩りを提案はしたけど?」
ザザッ倉庫壁際で何かが土を擦り動く音が際立った。倉庫の壁に沿い何十人もの人間が蹲って寄り添っている。その誰もが後ろ手に手を縛られ、猿轡を噛まされ話す事は出来ない。
どの人も怯えた目で話す二人を見つめ、中には涙を流す者もいる。
「何でこんなに集めちゃったのさ?始末するにしても、運ぶにしても大した手間だよ?」
始末との言葉にまたザザザッと身を竦める身動きをする音が広がる。
「では、この者達は必要では無いので?」
公爵と呼ばれた者もその威厳は無くたじたじと言を紡ぐ。
「この僕にこの場で解体ショーでも始めろと?」
若干おちゃらけていた雰囲気の卿と呼ばれた男の目つきが変わる。
「ひっ」
「うぐっ」
話すこと叶わない者が呻き声で恐怖を語る。
数日前、捉えられて来た騎士の一人がこの男の隙をつき縛られたままでも魔法で攻撃をすると言う英断をした。が、恐ろしい事に放たれた火炎系の魔法は男の前で掻き消えたのだ。防いだのでも、避けたのでもなく、跡形もなく消え失せた。その後騎士は皆の目の前で、表情の一つも変えぬ男の剣によって呆気なく切り刻まれてしまった。
他の者には興味無さげにこの男は直ぐに出て行ってしまったが…
魔法が効かない…魔力を持つサウスバーゲンの人々にとって、信じ難いものを目の前で見せられてはすっかりと反意を削がれてしまうのも無理はない。
「公爵、貴方とゆっくり話す為にこの倉庫を選んでもらったけど、これらは余計な者だったね。本当臭くてたまらないよ…切り刻んだって無くならないんだから厄介だね。」
「は?臭いとは?」
「君、腐臭が好きなの?腐った物と生活できる?」
「腐った…ですか?」
明らかにこの場に腐臭は漂ってはいない。田舎特有の草や土の匂いなら分かるのだが。
「僕らには腐臭の様に漂ってくるのさ。そこらに居る魔力持ちの奴らからね。」
顎でクイッと壁際に縋り付く人々を指す。年若い者から中年に至るまで男女様々な人々だ。涙で濡れそぼっている者もいる。
「公爵話すつもりがあるのなら場所を移そう。こんなんなら外でも良いや。」
数名外に仲間がいる。人気が無ければどこも同じだろう。
「いえ、人目に着くのは得策ではありません。直ぐに新たな場所をご用意しましょう。どうか其方にお移りください。」
急いで従者らしき者がそばに来る。何事か伝えると慌てた様子で倉庫を出て行った。
「パザン国王も何をしているのやら。旨味を楽しみたいならばそれ相応の努力は必要だろうに。」
男は若い顔に似つかわしく無い苦々しい顔を惜し気もなく晒す。
「何度もアプローチはされている様なのですが、何分彼方が全く取り付く暇もない状態でして…」
公爵の顔からは汗が落ちる。
「その様だね。侍らす者を多く持とうとは思わない方の様だ。面倒くさいなぁ。」
「はっ誠に…しかし我が王はまだ諦めてはおらぬ様でして何とか、側室なりとに姫君を差し出したいと仰せでありました。」
「出しただけじゃダメでしょう?王の心を掴んでもらわなきゃ。男なら何人も侍らせたくなるもんじゃないのかな?」
ま、そんなの興味ないけど、とつまらなそうに言い捨てる。
「それぞれ好みというものもありましょうから…」
「正攻法が駄目なら力技で行く事もできるでしょ?脅しは効かないにしても寝込みを襲うとか?」
「サウスバーゲンの居城に居られる王に寝込みですと?側妃を召し上げてもらうことよりも難しい事ですぞ!」
物を知らぬのかこの若者は、大陸のやんごとなき身分の者と聞いているが、何とも無謀なことを言う。自らはその大国を敵に回す行為をしているにも関わらず、この男の無謀さには目を瞑れ無かったらしい。
「では、公爵。もっとスムーズに王に近づける道を探さないとね…」
先程の不機嫌な表情とは打って変わり目を細め輝くばかりの顔で微笑まれれば最早否やとは言えぬものを感じていた。
日の光が小さな窓から差し込む広い空間には、家具という家具は無い。ここは穀物を一時保管して置く倉庫であるが、今は穀物の代わりに広い空間には古ぼけた机と椅子のセットが無造作に置いてあり、その机の上に一人の青年と言うにはまだまだ若いであろう金髪碧眼の男が足を組んで座っている。
整った顔立ちにサラリとかかる金髪の髪。街中で有れば周囲の目を奪ってやまない端正な顔立ちだが、今はその顔には似つかわしく無い眉間の皺を深く刻み付けてしまっている。
その男の前には、公爵と呼ばれる壮年の男が立位で首を垂れ畏っていた。公爵が首を垂れる程の身分の高い者となるとこの男の正体は限られてくるだろう。
ここ東の地パザンではその気候から穀物が主な作物とする程実り良い地でもある。貴族たちはこぞって開拓し、大きな倉庫や蔵を持ち代々他国への輸出にも力を入れて来た。
何十年、何百年と継いできた物のうち打ち捨てられて久しい倉庫や蔵もこうしてまだ立派に地方には立ち並んでいる事も珍しくは無い。
公爵や身分の高い者がいるには決して相応わしいとは思えない人気のない林の中にこの打ち捨てられた倉庫は建っていた。
「この者達を卿への手土産としてお受け取り頂きたく存じます。」
「え?要らないよ?どうやって持ち帰るのさ?確かに公爵の後ろ盾の見返りに魔力持ち狩りを提案はしたけど?」
ザザッ倉庫壁際で何かが土を擦り動く音が際立った。倉庫の壁に沿い何十人もの人間が蹲って寄り添っている。その誰もが後ろ手に手を縛られ、猿轡を噛まされ話す事は出来ない。
どの人も怯えた目で話す二人を見つめ、中には涙を流す者もいる。
「何でこんなに集めちゃったのさ?始末するにしても、運ぶにしても大した手間だよ?」
始末との言葉にまたザザザッと身を竦める身動きをする音が広がる。
「では、この者達は必要では無いので?」
公爵と呼ばれた者もその威厳は無くたじたじと言を紡ぐ。
「この僕にこの場で解体ショーでも始めろと?」
若干おちゃらけていた雰囲気の卿と呼ばれた男の目つきが変わる。
「ひっ」
「うぐっ」
話すこと叶わない者が呻き声で恐怖を語る。
数日前、捉えられて来た騎士の一人がこの男の隙をつき縛られたままでも魔法で攻撃をすると言う英断をした。が、恐ろしい事に放たれた火炎系の魔法は男の前で掻き消えたのだ。防いだのでも、避けたのでもなく、跡形もなく消え失せた。その後騎士は皆の目の前で、表情の一つも変えぬ男の剣によって呆気なく切り刻まれてしまった。
他の者には興味無さげにこの男は直ぐに出て行ってしまったが…
魔法が効かない…魔力を持つサウスバーゲンの人々にとって、信じ難いものを目の前で見せられてはすっかりと反意を削がれてしまうのも無理はない。
「公爵、貴方とゆっくり話す為にこの倉庫を選んでもらったけど、これらは余計な者だったね。本当臭くてたまらないよ…切り刻んだって無くならないんだから厄介だね。」
「は?臭いとは?」
「君、腐臭が好きなの?腐った物と生活できる?」
「腐った…ですか?」
明らかにこの場に腐臭は漂ってはいない。田舎特有の草や土の匂いなら分かるのだが。
「僕らには腐臭の様に漂ってくるのさ。そこらに居る魔力持ちの奴らからね。」
顎でクイッと壁際に縋り付く人々を指す。年若い者から中年に至るまで男女様々な人々だ。涙で濡れそぼっている者もいる。
「公爵話すつもりがあるのなら場所を移そう。こんなんなら外でも良いや。」
数名外に仲間がいる。人気が無ければどこも同じだろう。
「いえ、人目に着くのは得策ではありません。直ぐに新たな場所をご用意しましょう。どうか其方にお移りください。」
急いで従者らしき者がそばに来る。何事か伝えると慌てた様子で倉庫を出て行った。
「パザン国王も何をしているのやら。旨味を楽しみたいならばそれ相応の努力は必要だろうに。」
男は若い顔に似つかわしく無い苦々しい顔を惜し気もなく晒す。
「何度もアプローチはされている様なのですが、何分彼方が全く取り付く暇もない状態でして…」
公爵の顔からは汗が落ちる。
「その様だね。侍らす者を多く持とうとは思わない方の様だ。面倒くさいなぁ。」
「はっ誠に…しかし我が王はまだ諦めてはおらぬ様でして何とか、側室なりとに姫君を差し出したいと仰せでありました。」
「出しただけじゃダメでしょう?王の心を掴んでもらわなきゃ。男なら何人も侍らせたくなるもんじゃないのかな?」
ま、そんなの興味ないけど、とつまらなそうに言い捨てる。
「それぞれ好みというものもありましょうから…」
「正攻法が駄目なら力技で行く事もできるでしょ?脅しは効かないにしても寝込みを襲うとか?」
「サウスバーゲンの居城に居られる王に寝込みですと?側妃を召し上げてもらうことよりも難しい事ですぞ!」
物を知らぬのかこの若者は、大陸のやんごとなき身分の者と聞いているが、何とも無謀なことを言う。自らはその大国を敵に回す行為をしているにも関わらず、この男の無謀さには目を瞑れ無かったらしい。
「では、公爵。もっとスムーズに王に近づける道を探さないとね…」
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