上 下
73 / 143

73 静かな戦い

しおりを挟む
「サウスバーゲン国王陛下にはまだ正妃が決まっておられぬご様子。無謀な話では有りますまい。」

 ボウシュ皇太子の生誕祭も恙無つつがなく終了した翌日早朝に、カザンシャル王国宰相ザコールより、シガレットへ懇談と言う名の場で、カザンシャル側から婚約申し込みが正式に提示された。

 ザコールは60代程、ダークグレーの髪は白髪混じりで顔には若干しわも目立つ。次代は御子息が継ぐそうで今政務のほとんどはその子息が担っている。が、表向きは代替わりした様にも見えてまだまだ現役の御仁である。他国との重要な会談や交流の場には必ずと言って良いほどこの者が出る。
 
「サウスバーゲンは側妃を持つ事を禁じてはおられぬ。ならば両国の和平の為に前向きに考えてみる案件なのでは?」

 再三書面にて断りを入れているにもかかわらず奥の手の人物を持って来るとはカザンシャル側もそれだけ本気という事だろう。それも年若い宰相のシガレットから陥落させようとは。
 目の付け所は良いかも知れないが、シガレットも宰相だ。ただ正論を言われて肯くだけなら宰相など誰にでもできる。

「御大自らこの場に来られるとは自分が大物にでもなったかと勘違いしてしまいますね、ザコール殿。」

「何をいう、其方そなたはサウスバーゲンの宰相ではないか。十分交渉相手としての価値がある大物だがね。」

「私をその様に買ってくださるとは嬉しい限りですね。」
 いつもの微笑みを貼り付けつつザコールの本来の目的を探りたいシガレットであるがザコールの瞳は揺らぎもせず堂々としている。紛うこと無き交渉術に長けた者のたたずまいだ。

「この書面は陛下にお待ちしましょう。」
ゆっくりと書面の内容を確認していく。

「しかし、にわかには信じがたいのですが、貴国にとって神託の巫女姫は国の象徴でございましょう。それをこうも他国へと嫁がれる様急がれるとは…聞けば、次代の巫女姫は決まっては居られないとか。」
 ゆっくりと書類から目をあげるシガレット、ザコールと視線をしっかりと合わせる。

「貴国は自らの象徴を手放されるおつもりか?」
 国の象徴、それを失う事は国のある意味をも失いかねない。そんな危うい事を自ら国家の中枢が押し進めるのか?
 ザコールの視線は揺るがずしっかりとシガレットを受け止める。

「巫女姫の事ではまだまだ世に出していない物が多いのですよ。シガレット殿、貴方なら象徴を捨てるかね?」

「まさか、代わりを立てるか、代りになる者を探してからでしょうね。」

「そう言う事ですな。」
 なる程、次代は決まっていると言うことか。

「番殿がいる事は喜ばしい事と存じていますがね。王妃としては荷が重いのでは無いかとも考えられるでしょうな。これから妃教育には貴国も骨が折れましょう。」

「なる程、そうなると巫女姫はお飾りの王妃と言う事に成りますが、それをカザンシャル国王はお認めになっておられるのですか?」

「飾りの王妃と?」

「ザコール殿、貴殿も長年国の中枢に居られた方だ。サウスバーゲンの番の意味は良く分かっておられるでしょう。」
 少し身を乗り出しシガレットは続ける。

「番に出会う前ならいざ知らず、出会ってしまえば番で無ければだめなのです。全てにおいて。」

「存じているが…それでも王の務めは果たせるだろうに。」

「それが出来ぬから厄介なのですよ。」
もう苦笑と言う表情を隠しもせずに後を続ける。

「はっきりと言いますが、陛下の意思に反して巫女姫が嫁がれてきても決して、陛下は振り向きもしないでしょう。それのどこに貴国の巫女姫に対する敬愛が含まれましょうか?他国にてただわびしく過ごすだけです。カザンシャル国王は本当にそれをお望みで?」

 自国の象徴とも言える姫の幸せは考えないのかと問われしばし黙するザコール、国民も黙ってはいないのではあるまいか。だが彼に動揺は見られない。

「おかしな事を言いますな、シガレット殿。元々貴族、王族の婚姻とはその様なものでございましょう?」

「一理有りますな。されど我が国では少々事情が違うのです。番の立場はどの様な立場よりも上に見られます。例え番となる者が1番低い身分である者であったとしてもです。」

「それでは周りの重鎮が黙ってはいまい。」

「いいえ、ザコール殿。逆ですよ。一番に番を求めるのは王なのです。そしてその王の国を守る力を求めているのが力ある重鎮であり、貴族です。」
 王の力が崩れれば、国の結界は綻ぶ。魔力持ち狩りの不届き者が溢れ狙われるのは魔力を多く持つ貴族も同じだ。自らの身が大事ならば王を立てるのは当たり前のことなのだ。

「そして番を得た王の元から番を除き、王妃の座に収まろうとする者を我が国民は両手をあげて受け入れるとは思えません。」
 
「そこをどうこうするのが中枢の重鎮の役目でしょう。」
 半ば呆れた様にザコールは言う。それが政治的手腕では無いかと。

いいえ、と首を振るシガレット。

「ザコール殿、我が国にそこまでするメリットがありません。和平の為ならば仲睦まじやかなボウシュ皇太子とセーラン様だけで十分に事足ります。」

 ふむ、と肯き顎に手を当てしばし何かを考える様なザコールが、更に1枚の書類をシガレットに提示する。


"サウスバーゲン王国に開戦の意思あり"



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

彼はもう終わりです。

豆狸
恋愛
悪夢は、終わらせなくてはいけません。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

婚約破棄?それならこの国を返して頂きます

Ruhuna
ファンタジー
大陸の西側に位置するアルティマ王国 500年の時を経てその国は元の国へと返り咲くために時が動き出すーーー 根暗公爵の娘と、笑われていたマーガレット・ウィンザーは婚約者であるナラード・アルティマから婚約破棄されたことで反撃を開始した

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

処理中です...