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73 静かな戦い
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「サウスバーゲン国王陛下にはまだ正妃が決まっておられぬご様子。無謀な話では有りますまい。」
ボウシュ皇太子の生誕祭も恙無く終了した翌日早朝に、カザンシャル王国宰相ザコールより、シガレットへ懇談と言う名の場で、カザンシャル側から婚約申し込みが正式に提示された。
ザコールは60代程、ダークグレーの髪は白髪混じりで顔には若干皺も目立つ。次代は御子息が継ぐそうで今政務のほとんどはその子息が担っている。が、表向きは代替わりした様にも見えてまだまだ現役の御仁である。他国との重要な会談や交流の場には必ずと言って良いほどこの者が出る。
「サウスバーゲンは側妃を持つ事を禁じてはおられぬ。ならば両国の和平の為に前向きに考えてみる案件なのでは?」
再三書面にて断りを入れているにもかかわらず奥の手の人物を持って来るとはカザンシャル側もそれだけ本気という事だろう。それも年若い宰相のシガレットから陥落させようとは。
目の付け所は良いかも知れないが、シガレットも宰相だ。ただ正論を言われて肯くだけなら宰相など誰にでもできる。
「御大自らこの場に来られるとは自分が大物にでもなったかと勘違いしてしまいますね、ザコール殿。」
「何をいう、其方はサウスバーゲンの宰相ではないか。十分交渉相手としての価値がある大物だがね。」
「私をその様に買ってくださるとは嬉しい限りですね。」
いつもの微笑みを貼り付けつつザコールの本来の目的を探りたいシガレットであるがザコールの瞳は揺らぎもせず堂々としている。紛うこと無き交渉術に長けた者の佇まいだ。
「この書面は陛下にお待ちしましょう。」
ゆっくりと書面の内容を確認していく。
「しかし、俄には信じがたいのですが、貴国にとって神託の巫女姫は国の象徴でございましょう。それをこうも他国へと嫁がれる様急がれるとは…聞けば、次代の巫女姫は決まっては居られないとか。」
ゆっくりと書類から目をあげるシガレット、ザコールと視線をしっかりと合わせる。
「貴国は自らの象徴を手放されるおつもりか?」
国の象徴、それを失う事は国のある意味をも失いかねない。そんな危うい事を自ら国家の中枢が押し進めるのか?
ザコールの視線は揺るがずしっかりとシガレットを受け止める。
「巫女姫の事ではまだまだ世に出していない物が多いのですよ。シガレット殿、貴方なら象徴を捨てるかね?」
「まさか、代わりを立てるか、代りになる者を探してからでしょうね。」
「そう言う事ですな。」
なる程、次代は決まっていると言うことか。
「番殿がいる事は喜ばしい事と存じていますがね。王妃としては荷が重いのでは無いかとも考えられるでしょうな。これから妃教育には貴国も骨が折れましょう。」
「なる程、そうなると巫女姫はお飾りの王妃と言う事に成りますが、それをカザンシャル国王はお認めになっておられるのですか?」
「飾りの王妃と?」
「ザコール殿、貴殿も長年国の中枢に居られた方だ。サウスバーゲンの番の意味は良く分かっておられるでしょう。」
少し身を乗り出しシガレットは続ける。
「番に出会う前ならいざ知らず、出会ってしまえば番で無ければだめなのです。全てにおいて。」
「存じているが…それでも王の務めは果たせるだろうに。」
「それが出来ぬから厄介なのですよ。」
もう苦笑と言う表情を隠しもせずに後を続ける。
「はっきりと言いますが、陛下の意思に反して巫女姫が嫁がれてきても決して、陛下は振り向きもしないでしょう。それのどこに貴国の巫女姫に対する敬愛が含まれましょうか?他国にてただ侘しく過ごすだけです。カザンシャル国王は本当にそれをお望みで?」
自国の象徴とも言える姫の幸せは考えないのかと問われしばし黙するザコール、国民も黙ってはいないのではあるまいか。だが彼に動揺は見られない。
「おかしな事を言いますな、シガレット殿。元々貴族、王族の婚姻とはその様なものでございましょう?」
「一理有りますな。されど我が国では少々事情が違うのです。番の立場はどの様な立場よりも上に見られます。例え番となる者が1番低い身分である者であったとしてもです。」
「それでは周りの重鎮が黙ってはいまい。」
「いいえ、ザコール殿。逆ですよ。一番に番を求めるのは王なのです。そしてその王の国を守る力を求めているのが力ある重鎮であり、貴族です。」
王の力が崩れれば、国の結界は綻ぶ。魔力持ち狩りの不届き者が溢れ狙われるのは魔力を多く持つ貴族も同じだ。自らの身が大事ならば王を立てるのは当たり前のことなのだ。
「そして番を得た王の元から番を除き、王妃の座に収まろうとする者を我が国民は両手をあげて受け入れるとは思えません。」
「そこをどうこうするのが中枢の重鎮の役目でしょう。」
半ば呆れた様にザコールは言う。それが政治的手腕では無いかと。
いいえ、と首を振るシガレット。
「ザコール殿、我が国にそこまでするメリットがありません。和平の為ならば仲睦まじやかなボウシュ皇太子とセーラン様だけで十分に事足ります。」
ふむ、と肯き顎に手を当てしばし何かを考える様なザコールが、更に1枚の書類をシガレットに提示する。
"サウスバーゲン王国に開戦の意思あり"
ボウシュ皇太子の生誕祭も恙無く終了した翌日早朝に、カザンシャル王国宰相ザコールより、シガレットへ懇談と言う名の場で、カザンシャル側から婚約申し込みが正式に提示された。
ザコールは60代程、ダークグレーの髪は白髪混じりで顔には若干皺も目立つ。次代は御子息が継ぐそうで今政務のほとんどはその子息が担っている。が、表向きは代替わりした様にも見えてまだまだ現役の御仁である。他国との重要な会談や交流の場には必ずと言って良いほどこの者が出る。
「サウスバーゲンは側妃を持つ事を禁じてはおられぬ。ならば両国の和平の為に前向きに考えてみる案件なのでは?」
再三書面にて断りを入れているにもかかわらず奥の手の人物を持って来るとはカザンシャル側もそれだけ本気という事だろう。それも年若い宰相のシガレットから陥落させようとは。
目の付け所は良いかも知れないが、シガレットも宰相だ。ただ正論を言われて肯くだけなら宰相など誰にでもできる。
「御大自らこの場に来られるとは自分が大物にでもなったかと勘違いしてしまいますね、ザコール殿。」
「何をいう、其方はサウスバーゲンの宰相ではないか。十分交渉相手としての価値がある大物だがね。」
「私をその様に買ってくださるとは嬉しい限りですね。」
いつもの微笑みを貼り付けつつザコールの本来の目的を探りたいシガレットであるがザコールの瞳は揺らぎもせず堂々としている。紛うこと無き交渉術に長けた者の佇まいだ。
「この書面は陛下にお待ちしましょう。」
ゆっくりと書面の内容を確認していく。
「しかし、俄には信じがたいのですが、貴国にとって神託の巫女姫は国の象徴でございましょう。それをこうも他国へと嫁がれる様急がれるとは…聞けば、次代の巫女姫は決まっては居られないとか。」
ゆっくりと書類から目をあげるシガレット、ザコールと視線をしっかりと合わせる。
「貴国は自らの象徴を手放されるおつもりか?」
国の象徴、それを失う事は国のある意味をも失いかねない。そんな危うい事を自ら国家の中枢が押し進めるのか?
ザコールの視線は揺るがずしっかりとシガレットを受け止める。
「巫女姫の事ではまだまだ世に出していない物が多いのですよ。シガレット殿、貴方なら象徴を捨てるかね?」
「まさか、代わりを立てるか、代りになる者を探してからでしょうね。」
「そう言う事ですな。」
なる程、次代は決まっていると言うことか。
「番殿がいる事は喜ばしい事と存じていますがね。王妃としては荷が重いのでは無いかとも考えられるでしょうな。これから妃教育には貴国も骨が折れましょう。」
「なる程、そうなると巫女姫はお飾りの王妃と言う事に成りますが、それをカザンシャル国王はお認めになっておられるのですか?」
「飾りの王妃と?」
「ザコール殿、貴殿も長年国の中枢に居られた方だ。サウスバーゲンの番の意味は良く分かっておられるでしょう。」
少し身を乗り出しシガレットは続ける。
「番に出会う前ならいざ知らず、出会ってしまえば番で無ければだめなのです。全てにおいて。」
「存じているが…それでも王の務めは果たせるだろうに。」
「それが出来ぬから厄介なのですよ。」
もう苦笑と言う表情を隠しもせずに後を続ける。
「はっきりと言いますが、陛下の意思に反して巫女姫が嫁がれてきても決して、陛下は振り向きもしないでしょう。それのどこに貴国の巫女姫に対する敬愛が含まれましょうか?他国にてただ侘しく過ごすだけです。カザンシャル国王は本当にそれをお望みで?」
自国の象徴とも言える姫の幸せは考えないのかと問われしばし黙するザコール、国民も黙ってはいないのではあるまいか。だが彼に動揺は見られない。
「おかしな事を言いますな、シガレット殿。元々貴族、王族の婚姻とはその様なものでございましょう?」
「一理有りますな。されど我が国では少々事情が違うのです。番の立場はどの様な立場よりも上に見られます。例え番となる者が1番低い身分である者であったとしてもです。」
「それでは周りの重鎮が黙ってはいまい。」
「いいえ、ザコール殿。逆ですよ。一番に番を求めるのは王なのです。そしてその王の国を守る力を求めているのが力ある重鎮であり、貴族です。」
王の力が崩れれば、国の結界は綻ぶ。魔力持ち狩りの不届き者が溢れ狙われるのは魔力を多く持つ貴族も同じだ。自らの身が大事ならば王を立てるのは当たり前のことなのだ。
「そして番を得た王の元から番を除き、王妃の座に収まろうとする者を我が国民は両手をあげて受け入れるとは思えません。」
「そこをどうこうするのが中枢の重鎮の役目でしょう。」
半ば呆れた様にザコールは言う。それが政治的手腕では無いかと。
いいえ、と首を振るシガレット。
「ザコール殿、我が国にそこまでするメリットがありません。和平の為ならば仲睦まじやかなボウシュ皇太子とセーラン様だけで十分に事足ります。」
ふむ、と肯き顎に手を当てしばし何かを考える様なザコールが、更に1枚の書類をシガレットに提示する。
"サウスバーゲン王国に開戦の意思あり"
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