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17 王の心中

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 「逃げられた。」

 午後の執務室の中である。各国からの親書、上がって来た各所からの報告書、至急を要する懸案、催し物の招待状等をシガレットが振り分け、執務机の上に差し出して行く。

 書類を手に持ちポツリと呟くのはルーシウスだ。ポツリと呟いたつもりかも知れないが、低く良く通る声は室内に響く。

「何か捕り物などありましたか?」
いつもの表情に声である。シガレットが知りうる限り王城内にて本日捕り物劇は起こっていない。

「ふむ。今朝なんだがな。」

 サウラは今日、いつもよりは訪室が遅かった。サウラは朝も早いので、いつもはルーシウスが起きてくる前より早く部屋にいる。けれども、今日はいつもの時間になっても一向に来ないのだ。

 サウラに対しては、王の私室への訪室の取り次ぎは固く禁止にした(王の希望で)いつでも来て良いと言う事なのであるが、あの娘は1日の内決まって早朝一度しか来ないのである。

 朝しか会えないならば、その時間を充実させたいが為に、サウラ訪室時は侍女達は下がるようにしてある(王の希望で)
 
 決して押し付けは何もしていないし、いつも笑顔で接しているし、嫌な態度はとっていないはずだが?

「今朝はそのまま逃げられた。」

 ああ、サウラ様のことか。何か、あったんですね…

 訪室時から一度も声を聞く事なく、目も合わせてはくれなかった。

 魔法をかけ終わると脱兎の如くに部屋から出て行ってしまった。せっかく朝食を一緒に取ろうと思ったのだが、伝えられないまま逃げられてしまった。

「何をしたんです?」
 書類整理の手は止めずチラリとだけ目線を送り、シガレットが尋ねる。

「昨日の昼にな、南の庭園で泣きながら昼食を取っていたのを見つけて、つい声をかけた。」
 ルーシウスは書類をぴらぴらと弄びながら頬杖を突く。

 おや、昨日はそんなに暇ではなかったはず。
 西の事をどうするか、急使が持ってくる書状の対処が急がれていたはず。まあ結局、緊急性はそれ程までには上がってはいなかったが、軽視はできない問題である。

 南の庭園でランチをする余裕がおありだったんですね。
 ニッコリと微笑むシガレットの笑顔に圧がかかる。
 
 フラッといなくなったと思ったら、そこでしたか。
 まあ、南の庭園ならば使用のない事か、とシガレットは小さくため息を付く。


 南の庭園の奥に広がる、海が見渡せる広い丘は王家の墓地だ。
 ルーシウスは時折フラッと墓地に赴くことがある。体調を崩す前は良く足を運んでいたのだ。シガレットもよく知っていること故、これ以上は踏み込まない。

「まさか、泣いてしまうまで何もせず、放って置かれたんですか?」

 サウラ自身に番であると言う自覚がない事はルーシウスにも報告してある。
 寂しい思いをさせたのかと思ったが、親睦を深める為にも毎朝お二人の時間を持っていると聞いている。
 微笑ましい事だと思ったが、この人は番であるサウラを毎朝見ていただろうに、何か悩んでいた事に気がつかなかったのだろうか?

 しかし、泣いていた理由に心当たりがないと言う。

「まさか城の者が何か不届きな事を?」
 スッと2人の眉が寄せられ、室内にピリッとした空気が流れる。

「それとなく、侍女達から事情を聞いておきましょう。」
 心なしかシガレットの瞳が鋭い。ルーシウスも静かに肯く。

「ただの里心が出ただけでしょう?」
 突然シエラの声がかかる。今日のシエラはハイネックに濃紺のタイトなロングドレスだ。

 シエラは城の中なら、王の私室以外に自由に転移出来る様に魔法陣を張っている。

 用事が有れば突然この様に現れるのだ。つい先程ルーシウスの顔を見に執務室に来てみれば、男2人で何やら見当違いの会話が聞こえてきた。

「ルーシュ、サウラは村から届いた小包みを持っていなかった?」

 南の庭園へなら小包みを受け取った後に送った場所だ。今にも泣き出しそうなサウラに静かな場所を提供したのだが。

 一人にはしてあげられなかったのね。

「持っていた。泣きながら中に入っていた料理を食べていたから声をかけたのだが。」

「その後はどうしたの?」
 まるで子供に問い詰めているみたいだ。間違いなくここにいるのは一国の王なのだが。

「共に食事をして、泣き止むまでずっとそばに居たな。」
 それ以上の事は誓って一切していない。

「泣き止むまで、ずっとか。」
 やや呆れ混じりの笑顔でシエラが言う。

 恥ずかしかっただけなんじゃないの?と。

それには2人共、キョトンとした顔でシエラを見る。

「ああ、なるほど。泣き顔を見られた事が恥ずかしかったと。」
 納得が行きました、と肯くシガレット。

「それなら、平和的に解決できそうですね。」

 平和的ではなかったら、どんな解決策を講じるのかこの人達は。呆れを通り越して苦笑が漏れる。

「時間が解決してくれるかも知れないけど、里心が出てるなら城内より街へ出たほうが落ち着くのではない?
あの子にとってはここは、きっと気が休まらないわよ。」
 やれやれとため息を付きシエラが消える。

「なるほど、気分転換も時には必要という事でしょうか?」
 
 シエラが突如現れたり消えたりしても動じないこの人達は、思春期女子の心の動きまでは察する事ができ無かった様である。

「男って本当にだめねぇ。」

 シエラの愚痴が聞こえてくる様であった。
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