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119.不穏な気配 1
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王太子の言った通りであった。その日の内に早馬が後宮に喜ばしい知らせを運んできたのだ。
「お兄ちゃんも来るのよね!お兄ちゃんにも会える!やだ、どうしよう!ここでの格好変じゃ無いかしら?」
まだ実際に家族の誰も後宮に到着していないというのに、メリアンは立ちあがって今の自分の姿を確認する。村にいた時にはこんなに素敵なおしゃれもできなかったのだ。いきなりお姫様の様な格好を見たら家族の皆んなはなんて言うんだろう?
「テグリス嬢、落ち着かれます様に。お兄様とお呼び下さいませね?ご容姿におかしな所はございません。大変可愛らしくございますわ。」
「本当?本当ですか?お母様、達はこんな私を見たことないのです…!だから驚いて腰を抜かしてしまったらどうしましょう?」
「ふふふ…お可愛らしい悩みですわ。大丈夫ですわ。ご家族の方々にはちゃんと説明されておりますから。さ、ごゆるりとお待ち致しましょう?お茶をお入れしますわ。読書をなさっていても宜しいですわね。」
教育の良く行き届いた侍女達はメリアンの動揺を軽くしようと支えてくれる。だから彼女達のおかげで少しの緊張とそれに勝る喜びでメリアンは興奮しすぎずに済んだ。
「来たか…」
後宮の入り口付近で王太子夫妻は来客を待つ。その隣には明らかに落ち着きのないメリアンが今にも外に走り出して行きそうな雰囲気でジッと後宮に入ってくる者達を見つめていた。本来ならば王太子が自ら客人を迎える様なことはしない。が、待ちきれないメリアンにどうしても入り口で待っていたいと乞われ王太子は了承したのだ。
「兄上、私まで呼ばれるとは…良かったのですか?」
メリアンの両親が到着するだろう日に、王太子の後宮にリリーはアーキンを連れて来訪した。王太子両夫妻から正式に招待されてしまえば断る事もできなかったのだが。
「何をいう。この度の功労者はリーシュレイトではないか。メリアンが礼を言いたそうにしていたのだ。それに王太子妃もお前に会いたがっていたぞ?」
「ええ、そうでしてよリーシュレイト様。私もテグリス嬢もお待ちしていましたわ。そうでしょう?テグリス嬢?」
「はい…!はい、それは…もう…!」
アーキンそっくりな赤い瞳は既に涙で潤んでいて、来賓客に挨拶するよりもリリーの後ろから着いてきていたアーキンに視線は釘付けになっていた。
「アーキン、メリアン嬢。堅苦しい挨拶はやめよう。」
リリーの言葉と同時にメリアンは走り出す。驚きの後に直ぐに優しく少し困った様に照れ臭そうに微笑む兄アーキンの胸の中に飛び込むためだ。
「お兄様…!お兄……お兄ちゃん!!」
ぎゅうっとアーキンに抱きしめられると同時にまだ幼さの残るメリアンの鳴き声が後宮に響き渡った。
「メリー……良く、無事で……」
もう何も言わなくてもいい…無事でいてくれただけで良い…守ってやれなくて済まない…!
アーキンの中にも積もり積もった思いがあるのだ。多くは語らなくてもメリアンを抱きしめるその両腕が思いの強さを物語ってくれる。
「うぅ…ぅ…っうぅぅぅぅ…」
泣き崩れるメリアンを抱き止めてアーキンはポンポンと背中を叩いてやる。小さい頃からメリアンを宥める時にしていた癖だ。
「お初にお目にかかるで良いか?義兄殿?」
「……王太子殿下……」
ここは後宮で王太子の私室の様な所。いくら妹と言ってもメリアンは恐れ多くもその王太子の番で既にその膝元で匿われている。本来ならば気安くメリアンと名前さえも呼ぶことはできないだろうという存在になってしまった。
アーキンはメリアンを手離すとその場にザッと片膝を付き礼を取る。
この方が護って下さった。
「…畏れ多くもこのメリアン・テグリスが貴方様の番であろうとは…ご迷惑をかけました謝罪と共に保護していて下さった事に感謝を…」
「良い…自分の番ともなれば当然のことだろう?…ん?それにしても私は其方を義弟と呼べば良いのか?」
「兄上…」
感動的な兄妹の再会なのにリリーは密かに眉を顰める。アーキンがここまで騎士らしい態度を取っている姿は新鮮でその凛々しい姿を見ているだけならばリリーには申し分なかった。が、王太子は余計な事まで口にしてくる。
「兄上も知っておられる様に、私に番はおりません。ここにいるアーキン・テグリスは兄上の番殿メリアン嬢の兄上です。」
「それで良いのか?義兄殿?」
「………………」
良いか悪いか…アーキン側から言ったら勿論不服であって悪いとも言えるだろう。だが掛け替えの無いリリーの望みなのだ。それも自分の命を賭けたリリーの望み……
「はい。十分です。」
側に居られる…思いを拒否されず、この手を弾かれることはない。それで十分じゃないか………
「……互いに強情なものだ…」
フッと表情を崩す王太子が苦笑を漏らす。
「お付きになりました。」
後宮付きの侍女がテグリス夫妻の到着を告げる。どれだけこの時を待ち望んで来たのか…!侍女の声と共にバッと勢いよく入り口の方に向き直ったメリアンの行動が雄弁に語っていた。
「お兄ちゃんも来るのよね!お兄ちゃんにも会える!やだ、どうしよう!ここでの格好変じゃ無いかしら?」
まだ実際に家族の誰も後宮に到着していないというのに、メリアンは立ちあがって今の自分の姿を確認する。村にいた時にはこんなに素敵なおしゃれもできなかったのだ。いきなりお姫様の様な格好を見たら家族の皆んなはなんて言うんだろう?
「テグリス嬢、落ち着かれます様に。お兄様とお呼び下さいませね?ご容姿におかしな所はございません。大変可愛らしくございますわ。」
「本当?本当ですか?お母様、達はこんな私を見たことないのです…!だから驚いて腰を抜かしてしまったらどうしましょう?」
「ふふふ…お可愛らしい悩みですわ。大丈夫ですわ。ご家族の方々にはちゃんと説明されておりますから。さ、ごゆるりとお待ち致しましょう?お茶をお入れしますわ。読書をなさっていても宜しいですわね。」
教育の良く行き届いた侍女達はメリアンの動揺を軽くしようと支えてくれる。だから彼女達のおかげで少しの緊張とそれに勝る喜びでメリアンは興奮しすぎずに済んだ。
「来たか…」
後宮の入り口付近で王太子夫妻は来客を待つ。その隣には明らかに落ち着きのないメリアンが今にも外に走り出して行きそうな雰囲気でジッと後宮に入ってくる者達を見つめていた。本来ならば王太子が自ら客人を迎える様なことはしない。が、待ちきれないメリアンにどうしても入り口で待っていたいと乞われ王太子は了承したのだ。
「兄上、私まで呼ばれるとは…良かったのですか?」
メリアンの両親が到着するだろう日に、王太子の後宮にリリーはアーキンを連れて来訪した。王太子両夫妻から正式に招待されてしまえば断る事もできなかったのだが。
「何をいう。この度の功労者はリーシュレイトではないか。メリアンが礼を言いたそうにしていたのだ。それに王太子妃もお前に会いたがっていたぞ?」
「ええ、そうでしてよリーシュレイト様。私もテグリス嬢もお待ちしていましたわ。そうでしょう?テグリス嬢?」
「はい…!はい、それは…もう…!」
アーキンそっくりな赤い瞳は既に涙で潤んでいて、来賓客に挨拶するよりもリリーの後ろから着いてきていたアーキンに視線は釘付けになっていた。
「アーキン、メリアン嬢。堅苦しい挨拶はやめよう。」
リリーの言葉と同時にメリアンは走り出す。驚きの後に直ぐに優しく少し困った様に照れ臭そうに微笑む兄アーキンの胸の中に飛び込むためだ。
「お兄様…!お兄……お兄ちゃん!!」
ぎゅうっとアーキンに抱きしめられると同時にまだ幼さの残るメリアンの鳴き声が後宮に響き渡った。
「メリー……良く、無事で……」
もう何も言わなくてもいい…無事でいてくれただけで良い…守ってやれなくて済まない…!
アーキンの中にも積もり積もった思いがあるのだ。多くは語らなくてもメリアンを抱きしめるその両腕が思いの強さを物語ってくれる。
「うぅ…ぅ…っうぅぅぅぅ…」
泣き崩れるメリアンを抱き止めてアーキンはポンポンと背中を叩いてやる。小さい頃からメリアンを宥める時にしていた癖だ。
「お初にお目にかかるで良いか?義兄殿?」
「……王太子殿下……」
ここは後宮で王太子の私室の様な所。いくら妹と言ってもメリアンは恐れ多くもその王太子の番で既にその膝元で匿われている。本来ならば気安くメリアンと名前さえも呼ぶことはできないだろうという存在になってしまった。
アーキンはメリアンを手離すとその場にザッと片膝を付き礼を取る。
この方が護って下さった。
「…畏れ多くもこのメリアン・テグリスが貴方様の番であろうとは…ご迷惑をかけました謝罪と共に保護していて下さった事に感謝を…」
「良い…自分の番ともなれば当然のことだろう?…ん?それにしても私は其方を義弟と呼べば良いのか?」
「兄上…」
感動的な兄妹の再会なのにリリーは密かに眉を顰める。アーキンがここまで騎士らしい態度を取っている姿は新鮮でその凛々しい姿を見ているだけならばリリーには申し分なかった。が、王太子は余計な事まで口にしてくる。
「兄上も知っておられる様に、私に番はおりません。ここにいるアーキン・テグリスは兄上の番殿メリアン嬢の兄上です。」
「それで良いのか?義兄殿?」
「………………」
良いか悪いか…アーキン側から言ったら勿論不服であって悪いとも言えるだろう。だが掛け替えの無いリリーの望みなのだ。それも自分の命を賭けたリリーの望み……
「はい。十分です。」
側に居られる…思いを拒否されず、この手を弾かれることはない。それで十分じゃないか………
「……互いに強情なものだ…」
フッと表情を崩す王太子が苦笑を漏らす。
「お付きになりました。」
後宮付きの侍女がテグリス夫妻の到着を告げる。どれだけこの時を待ち望んで来たのか…!侍女の声と共にバッと勢いよく入り口の方に向き直ったメリアンの行動が雄弁に語っていた。
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