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106.消えない熱 5

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 慌ただしく食事が済めばアーキンは贈り物と称して小さな箱を熱い口付けの後にリリーの執務机の上に置いていった。それはなんだか既視感を覚える大きさの箱である…

「なんです?それは?」

 2人の食事を邪魔しない為にか丁度アーキンが部屋から出ていった後にリリーの元へと戻ってきたノルーが箱を見つめているリリーに声をかけてきた。

「これもお前の差し金?」

 良い加減、自分の周りにいる者は手回しが良すぎやしないだろうか?

「いえ、何の事でしょう?その小箱の事ならば私は関わってはおりませんよ?リリー。」

 どうやらノルーは本当に知らない物らしい。ではアーキンの独断ということになる。箱の中身はやはりと言うか思い当たるものがあり過ぎる、真新しい革製のガードだった。現在のリリーのガードをボロボロにしてしまった張本人にもその自覚があったらしい。悪いと思ったのかその他の意思があるのか…そのガードを見つめるリリーの首筋がジワジワと赤く染まって行くのをノルーは見逃さなかった。

「おや、どんなデザインかと思ったら…フフフ…愛されてますねぇ、リリー?」

「……五月蝿い…………」

 これは革製の一見今のガードとは変わりはないものだ。変わったのはノルーが用意してくれた現在のガードには黒翡翠が埋め込まれているのだがその宝石が深い緋を輝かせている柘榴石になっていた事だろうか……

 真っ赤な深い緋の石はアーキンの瞳と同じ色…このΩは自分のものだから誰も手を出すなと匂いに置いても視覚においても周囲を牽制しているアーキンの意志に他ならない。

 カチッ…

 ガードを付け替えればそんな筈は無いのにアーキンに首筋を噛まれている時に感じる様な、甘いもどかしさが首筋を伝って来る気がするのはなんでだろう。つ…と触ったリリーの指先にはつるりとした革の冷んやりとした感触が伝わってくる。それが少し寂しいなんて贅沢な感想だ…

「……これをつけて騎士団で闊歩しろと…?」

「フフ…そうなるでしょうね?」

 現在リリーのガードはアーキンの持ってきた柘榴石のものだけだ。今更そんな色を出さなくても既に騎士団内では色々とバレているというのに、追い打ちをかける様にを強調しなくても良いだろうと思うのだ。

「統率が取れなくなる。」

 ゼス国ではαとΩは身分に関係なく番ると言えども、仮にも自分達は騎士団の総司令という上官とただの一騎士でこれでは周囲の者達にも示しがつかないのでは無いか。

「何を言っているんです?今更…?あり得ないと言ったら貴方がΩとしてαばかりの騎士団にいる事自体あり得ない事じゃありませんか。それを全く気にしておられないのに今更ご自分の番を表明するのに恥ずかしがっておられるので?あんまり可愛らしいことばかり言うようでしたらそっくりそのままアーキン殿にお伝えしますよ?」

 こんな可愛らしい反応にアーキン殿はどんな反応するでしょうね?

 最後のノルーの言葉にリリーは完全に言葉を噤む…今まで純情な日々を送ってきた訳では無いリリーにとって、アーキンの瞳の色のガードを付ける事で番になったも同然という態度を示すのがただ恥ずかしいだけだなんて…口が裂けても言いたくはなかったからだ。

「リリー、貴方の隣に立てる様な実力者もましてや貴方以上の能力の持ち主なんて居られないんですよ?だから堂々となさってて下さいね。」
 
「わかった、わかったよ…!」

 そうリリーが言った後のノルーの笑顔は、この全てはノルーの仕込んだ事なんじゃないかと疑ってしまいそうになるくらい良い笑顔だった。


 ノルーにはああ言ったがやはり無用な動揺の種は撒かない方が良い。リリーは軽くガードの柘榴石に魔法をかける。

「まあ!まぁ、まぁ!それはそれは熱烈な方なんですのね?」

 それもここ、ゼス国王太子の後宮では見事に通用しなかったわけであるが……それもその筈である。王と王太子が住う後宮には王自らが魔法防御をかけている。王城の主要部分の魔法防御にはリリーも携わってはいるがここはその王城の奥の奥、王と王太子のプライベートな空間だからだ。その魔法防御の前には小手先騙しの小細工は通用しなかったのである。よって早々にリリーは王太子妃にガードはリリーの番からの贈り物と把握されてしまった。

 お互いに数年ぶりに顔をしっかりと合わせた筈であろうに、兄である王太子の妻はそれはそれは砕けた調子でリリーに送った最初の挨拶がこれであった。

「……お久しぶりにござます。義姉上。」

「王太子妃殿下、少々はしたのうございます。」

 王太子妃はしっかりと側役の侍女長にお小言を言われてしまっていた。

「分かっていてよ?だって本当にお久し振りだわ。お母様の御葬儀依頼だから数年ぶりですものね?」

 母ミライエの慎ましい葬儀には父や兄は参列しなかったにもかかわらず、王家代表として王太子妃が花をたむけてくれたのだ。






















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