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101.香りの行方 5
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遊学する分には王族という立場は非常に有利だ。友好国ならば尚のこと歓待されること間違えなしの身分である。
「さて……リーシュレイト殿はどんな手を使ってくれるのやら?」
闇夜に紛れてあてがわれた自室に戻ってくる事などダバルにとっては大した手間ではない。お付きになっている臣下もそれはよくわかっている様で暗黙の了解とばかりにほぼ自由にさせてもらっていたりする。ここゼス国でもダバルはその様に振る舞ってきた。だから他国の城内であっても自由気ままに闊歩できたのだ。それに今回はゼス国王の落胤リーシュレイトの婚約者という立場も相まって城下に置いて王家に詳しくない民衆達からも歓迎とお祝いを兼ねたお祭り騒ぎまでが巻き起こっている。
「殿下……」
「何だ?」
「殿下宛に招待状を預かっております。」
「招待…?」
歓迎会ならぬ夜会ならばなぜか婚約者であるリーシュレイトの出席しないものに何度か招待をされているが…
「どこからだ?」
「婚約者様にございます。」
「リーシュレイト殿?」
なんだろうか?手は考えてある様であるが、普通の夜会ならば件のΩを王族と同じ場に出席させる名分がないだろう。ダバルは招待状を読み進める。
「はっ!…なる…!」
「殿下?」
「街へ出る。勿論お忍びでだ…!」
現在城下では大きな祭りが行われているのだ。ランクース王国からダバルの訪問は正式なものでは無いにしても、他国からの王族が滞在しているという事実を耳聡く耳に入れただけで商魂逞しい商人達にとっては祭りを開く十分な理由であった。連日の様に歓迎ムードを醸し出した露天商が出回り、もしや新たな祝い事へとつながるかの様に宣伝しては観光客を呼び込むのである。各国から観光に仕事にとやたらと人々が集まる王都であるからその人混みたるや時には道を歩けない程の混み合いである。
「これなら、誰が誰だかわからんな…」
何しろ各国から人々が流れ込んでくるのだ。顔を隠す様な面を付けている者もいて身分を隠す事への抵抗感すら感じない。
「ダバル様でございますね?」
目を隠す面を付けて辺りを散策しながら歩くダバルに声をかけてくる者があった。ダバルを敢えて王族の敬称を付けて呼ばないのは誰が聞いているか分からないからだ。その男は焦茶の髪と金の瞳の持ち主で名をカルトン・リーゲと名乗った。
「お前が案内人か?」
今ならばよくわかる…リリーが言っていた勘違いというものが…このカルトンという男は明らかにβだ。しかし彼からは懐かしい番の香りがするのだから。
「はい。リリーから言いつかっております。お相手はΩの方でありますから、まずは個室を用意いたしました。」
その香りを嗅いだだけで心臓が跳ねる。この男はリリーよりもイルンと接していた様だ。リリーに着いた残り香よりもさらに濃い香りを感じることができるから。
カルトンに通されたのは表通りの喧騒からやや離れた奥まった立地にある一見普通の小食堂にしか見えない店だ。しかし中に入れば店内は品の良い調度品で整えられ食堂に見られる様な雑多な感じは見受けなかった。
「こちらはリリーや騎士団幹部の方々も利用なさる料理屋です。全て個室ですので外に声が漏れることもありません。」
カルトンの説明の通り、店の中には小さ目の扉がついた部屋が3つ程確認できた。
「なるほど…密談にももってこい、と…」
時に城の中や例え自分の屋敷であったとしてもしない方がいい話というものもあるのだから。
「ふ……ご想像にお任せいたします。」
カルトンは少し困った顔で微笑む。リリーより言いつかって来たカルトンはきっとイルンをここまで連れて来た。リリーの側近中の側近だろう。抜け目ないリリーの従者であるにも拘らずカルトン自身には裏がなさそうで、思っている事が手に取るようにわかる素直さを持つ男の様だ。
「こちらにございます…が、ダバル様一つだけ。こちらの方はゼス国で普通に過ごした時間がまだ短いのです。勿論、貴方様の身分も伏せております。私は夕刻にまたここに戻りますので、それまでお願いできますでしょうか?」
やはりカルトンという男は素直な男だとダバルは思った。全面的にダバルとリリーには協力を惜しまないだろうにその顔には心配とはっきり書いてある。
「お前には俺がまともな立場に見えるのか?国を出るにしても単独を選ぶ程だぞ?リーシュレイト殿に安心する様に伝えてくれ、定刻までにはここに連れ帰るし無体な真似は誓ってしない。」
やっと恋焦がれた番をこの手に抱きしめる事ができるのだから。後少しの辛抱位なんてことはないだろう。
「では、ご案内いたします。」
ホッとした表情を見せたカルトンが先導してドアを開く。少し狭い様に感じる部屋の中のソファーには、整えられた金の髪とクルリとした大きな青い瞳を持つまだ少年と思わしき者が小首を傾げてこちらを見つめているのが見えた。
「さて……リーシュレイト殿はどんな手を使ってくれるのやら?」
闇夜に紛れてあてがわれた自室に戻ってくる事などダバルにとっては大した手間ではない。お付きになっている臣下もそれはよくわかっている様で暗黙の了解とばかりにほぼ自由にさせてもらっていたりする。ここゼス国でもダバルはその様に振る舞ってきた。だから他国の城内であっても自由気ままに闊歩できたのだ。それに今回はゼス国王の落胤リーシュレイトの婚約者という立場も相まって城下に置いて王家に詳しくない民衆達からも歓迎とお祝いを兼ねたお祭り騒ぎまでが巻き起こっている。
「殿下……」
「何だ?」
「殿下宛に招待状を預かっております。」
「招待…?」
歓迎会ならぬ夜会ならばなぜか婚約者であるリーシュレイトの出席しないものに何度か招待をされているが…
「どこからだ?」
「婚約者様にございます。」
「リーシュレイト殿?」
なんだろうか?手は考えてある様であるが、普通の夜会ならば件のΩを王族と同じ場に出席させる名分がないだろう。ダバルは招待状を読み進める。
「はっ!…なる…!」
「殿下?」
「街へ出る。勿論お忍びでだ…!」
現在城下では大きな祭りが行われているのだ。ランクース王国からダバルの訪問は正式なものでは無いにしても、他国からの王族が滞在しているという事実を耳聡く耳に入れただけで商魂逞しい商人達にとっては祭りを開く十分な理由であった。連日の様に歓迎ムードを醸し出した露天商が出回り、もしや新たな祝い事へとつながるかの様に宣伝しては観光客を呼び込むのである。各国から観光に仕事にとやたらと人々が集まる王都であるからその人混みたるや時には道を歩けない程の混み合いである。
「これなら、誰が誰だかわからんな…」
何しろ各国から人々が流れ込んでくるのだ。顔を隠す様な面を付けている者もいて身分を隠す事への抵抗感すら感じない。
「ダバル様でございますね?」
目を隠す面を付けて辺りを散策しながら歩くダバルに声をかけてくる者があった。ダバルを敢えて王族の敬称を付けて呼ばないのは誰が聞いているか分からないからだ。その男は焦茶の髪と金の瞳の持ち主で名をカルトン・リーゲと名乗った。
「お前が案内人か?」
今ならばよくわかる…リリーが言っていた勘違いというものが…このカルトンという男は明らかにβだ。しかし彼からは懐かしい番の香りがするのだから。
「はい。リリーから言いつかっております。お相手はΩの方でありますから、まずは個室を用意いたしました。」
その香りを嗅いだだけで心臓が跳ねる。この男はリリーよりもイルンと接していた様だ。リリーに着いた残り香よりもさらに濃い香りを感じることができるから。
カルトンに通されたのは表通りの喧騒からやや離れた奥まった立地にある一見普通の小食堂にしか見えない店だ。しかし中に入れば店内は品の良い調度品で整えられ食堂に見られる様な雑多な感じは見受けなかった。
「こちらはリリーや騎士団幹部の方々も利用なさる料理屋です。全て個室ですので外に声が漏れることもありません。」
カルトンの説明の通り、店の中には小さ目の扉がついた部屋が3つ程確認できた。
「なるほど…密談にももってこい、と…」
時に城の中や例え自分の屋敷であったとしてもしない方がいい話というものもあるのだから。
「ふ……ご想像にお任せいたします。」
カルトンは少し困った顔で微笑む。リリーより言いつかって来たカルトンはきっとイルンをここまで連れて来た。リリーの側近中の側近だろう。抜け目ないリリーの従者であるにも拘らずカルトン自身には裏がなさそうで、思っている事が手に取るようにわかる素直さを持つ男の様だ。
「こちらにございます…が、ダバル様一つだけ。こちらの方はゼス国で普通に過ごした時間がまだ短いのです。勿論、貴方様の身分も伏せております。私は夕刻にまたここに戻りますので、それまでお願いできますでしょうか?」
やはりカルトンという男は素直な男だとダバルは思った。全面的にダバルとリリーには協力を惜しまないだろうにその顔には心配とはっきり書いてある。
「お前には俺がまともな立場に見えるのか?国を出るにしても単独を選ぶ程だぞ?リーシュレイト殿に安心する様に伝えてくれ、定刻までにはここに連れ帰るし無体な真似は誓ってしない。」
やっと恋焦がれた番をこの手に抱きしめる事ができるのだから。後少しの辛抱位なんてことはないだろう。
「では、ご案内いたします。」
ホッとした表情を見せたカルトンが先導してドアを開く。少し狭い様に感じる部屋の中のソファーには、整えられた金の髪とクルリとした大きな青い瞳を持つまだ少年と思わしき者が小首を傾げてこちらを見つめているのが見えた。
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