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94.異国の王子 5

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「ジーン!?」

 まさか、ここにいるわけない…!けどこの香りにこの気配…身体も心も惹きつけられる。

「出て来んなよ!?」

 まさか自分の番もろとも吹き飛ばしはしないだろうが、目の前のジーンの魔力によって作り出されている水柱は明らかにダバルを狙っているものだろう。ここで一緒に吹き飛ばされるわけにはいかない。

 パチンッ! ドサッ…ドサドサ…小さな音と同時に何か落ちる物音がいくつか聞こえた…馬車が止まる。

「は?何が…」

 一瞬気を取られた隙に目の前にはもう水柱が迫ってきていた。

「うんお!!」

 圧倒的な水圧とスピードでたかが水と言えども正面から当たったら無傷ではいられないだろう。

「ちょ、まっ…!おま…」

 何かを話し合うより身を守る方が先だ。防御魔法を張らないと後ろの馬車も持っていかれる!

「ダバル殿下!!バンシルー卿!!」

 見知った声がすぐ横から聞こえてくるがもう構っていられる余裕は無かった…

「良い加減にしろ!」

 バシ!

 何かを弾く音と共に水の柱は消えて行く。

「お怪我はありませんか?ダバル殿下。」

 ダバルの目の前には両手を広げたノルー・ダーウィンがダバルを庇う体で目の前に立っていた。

「は…?お前…」

「お怪我は?」

 怪我と言えばノルーの肩から血が流れている。どうやらノルーがダバルのすぐ目の前に飛び出してきた様だった。が、あの水柱を受けてそれだけの怪我では済まなかったはずだ。

「お怪我はありませんね!?」

 ノルーは自分の怪我を棚に上げてパタパタとダバルの体に触れて怪我の有無を調べている。

「怪我ならばお前の方だろう!?」

「あぁ!こちらはかすり傷です。リリーがほぼ相殺してましたから!」

 ホッとした様な安堵の顔をダバルに向けた後ノルーは馬車の中を確認しようとしていた。

「ジーン!!」

 こちらから馬車を開ける前に中にいた者が外に飛び出してくる。その者は一目散にジーン、今何故か雷撃で拘束されているゼス国の対魔法第1騎士団団長に駆け寄って行った。

「何故お前がここにいる?」

 落ち着いた声がレイにかかる。

「あ!リリー様………」

 そっとレイががジーンに寄り添うと雷撃の拘束は跡形もなく消え去った。

「レイ!!」
 
 レイがリリーに何かを言う前にレイはジーンに思い切り抱きすくめられた。大切な自分の番…命よりも大切な…

「ジーン…」

 番の腕の中はやっぱり安心する…

「レイ…」

 低いリリーの声が一気にレイを現実に押し戻す。

「あ、あの!リリー様!」

「お前が拐ったのか…?」

 ざわりとゆらめくジーンの魔力。番をこの手に戻したものの、まだ拐かしたと思しき者への警戒と復讐心は解けていない。

「ま、まさか!!ジーン、違うんです!ダバル様は僕を保護してくださって!」

 バシッ!

 今度は風のかまいたちのような物がダバルの目の前で霧散する。

「落ち着けジーン…!」

 ダバルの周囲には簡易だがしっかりとした保護魔法がいつの間にか展開されていてかまいたちを防いだのはこの保護魔法だ。

「ちょ……と、こっちも色々聞きたいんだが?」

 やっと自分の身の安全は守られているものと確信したダバルが声を上げた。

「ここにいる奴らみんな殺ったのか?」

 ここにいる奴らとは先程の水柱に襲われる前に地面に倒れ伏して行ったランクース国の兵士たちだ。顔見知りがいたわけではないがダバルにとっては自国民。守らなければならない民だ。そしてΩのレイ一人を連れ戻しに来るためにリリーと騎士団長率いる精鋭を送り込んだわけではないだろう。きっとリリー達一行は他に目的があるに違いない。兵士達を瞬時に殺せるくらいならばきっとダバルも命を取られているはずだからだ。

「勘違いしてもらっては困る、ダバル殿。彼らは眠ってもらっているだけだ。」

「一瞬で?じゃ、俺を眠らせなかった理由は?」
 
「レイを拐ったのではないのだな?」

「命にかけて違うと誓う。」

「そうです!リリー様違います!」

「恐れながらリリー、ランクース国の王子殿下とレイ殿の仰っている事に間違えありません。」

 今の今まで一言も喋りもせずについてくるだけだったヤリスがいつの間にか姿を表してリリーの側に傅いていた。

「だそうだ。ジーン、わかったな?」

 警戒を解こうともしないジーンに再度リリーが声をかける。

「ジーン、次に手を出せばお前だとて問答無用で沈めるから覚悟しておくように。」

「…………は……」

 渋々、本当に渋々とジーンは了承する。

「さて、と…我が婚約者殿?何故ゼス国切っての騎士団と共に我が国におられるのか聞いてもいいか?」

 ランクース国の兵士は眠らされ今ここはリリーが張った保護魔法の結界の中。外からは何が起こっているのかも見えはしないだろう。自分の国にいて反乱が起こったわけでもないのに王族がこんなに身の危険を感じる展開になるとは誰も思わない事だ。しかしダバルは動揺することもなくむしろ楽しそうにそう聞いてきたのである。









 
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