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93.異国の王子 4

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 この後の展開が非常に危ぶまれる…ここにいるゼス国の騎士達は既に本隊の上官と騎士団総司令であるリリーにこの事を報告済みなのだから。番を奪われたαは決死の行動を見せるものだ。自分達の上官が理性を無くしてこのランクースで、そしてランクースの王族相手に暴れ回ったらと思うと全員生きた心地はしないのである。

 確実に死人が出る…そして生き残れたとしても、ランクースとの戦争を免れることは出来ないだろう……

 騎士達の緊張は凄まじいものだった。出来れば、総司令のリリーのみここに到着して欲しいと心底願いながらゆっくりと通り過ぎる馬車を見送るしか出来ないでいる。

「……ご苦労……」

 バッと勢いよく振り返る。

「リリー…総司令……」

 ほぅ~~と言う深いため息が騎士達から漏れてきた。

「お早いお付きでしたね?」

「ああ。急ぎに急いだ…」

 リリーはフードを被ったいつものスタイルだ。急いだと言う割にはいつもと変わらぬ乱れぬ姿に信憑性はない様に見えるが、先程のレイのことも伝わっているのならばリリーの行動も頷ける。

「ダーウィン卿は如何されました?」

「置いてきた。」

「……」

 いつも行動を共にしているノルーを置いてくるほどの急ぎぶりだった。

「さて?」

「Ωの住民はあちらの端にある小屋にいます。今来た者達はランクースの軍所属の者達かと…」

「それにしては隙だらけだな?」

 こちらの気配を消していると言っても馬車の周囲を警戒する様子もないのだから。ランクース国内で自国軍の馬車を襲おうと言う酔狂な者達はそういないのかもしれないのだが。

「ですね。行きますか?」

「行った方がいいな。来た…」

「来た…?」

 リリーがそう言うが早いか辺りは急に濃霧に包まれた。

「霧…?まさか…」

 ランクースは内陸地で森林も多いが標高も高くなければ気温の格差も大きくはない。霧が出ること自体珍しいことであった。

 パチン…リリーが指を鳴らす。

「周囲一帯に保護魔法をかけた。兵の人命優先で動くぞ。」

「は?リリー司令!誰の命ですか?」

「ランクース国の兵だ。」

 そう言うとリリーは音もなく茂みを飛び出して行く。後に続けとばかりにゼス国騎士達も従うが誰が来てランクースの兵を狙っているのか掴めない。

「霧…?」

「どうなってる?」

 異変はランクース国の兵達にも不安と驚きを与えたようだ。

「はん?」

 ザザザザザザ………

 濃霧の中で雨も降ってはいないのに雨音がするのは何故なのか…?

「な?何が起こってます?殿下!一先ず馬車の中に!」

 慌てるランクースの兵がダバルを馬車へと誘導しようとする。

「あ?そんな事より周囲を警戒しろ!」

 異常な濃霧に雨の異音…確実に魔力持ちが側にいる……

「ちっ…!預かり物があるってのについてねぇな?」

 この周囲の状態を作り出している奴を探そうと周囲を見渡せば……

「ん…?結界?」

 まさか…!魔法探知はしていたはずなのに…いつの間に……!

「預かり物とはどれの事だ?」

 地を這うとはこの事だろうか?視界が悪く周囲の状況が掴めずなおかつ誰が張ったかもわからない結界の中でいきなり地獄のような声…恐怖を覚えないわけがない。

「…!?」

 ダバルは咄嗟に数歩飛び退いて馬車の側へと立ちはだかる。

 ここに、不本意だが途中で拾ったΩがいる。それも他国の王子の側近の番だと思われる者だ。それを置いて逃げたとなれば外交問題待ったなしになる。

「……誰だ…?」

 この濃霧に結界…見事な程の魔力の持ち主だろう。

「ダバル様?」

「出てくるなよ?レイ!」

「誰に断ってその名を呼んでいる?」

 ザァァァァァァ……

 間違えない…あの雨音はこの目の前の男の魔力が成したものだ。男の周囲に何処から湧き出したのか大量の水が男の体を包み込む様に渦を巻いて蠢いている。

 こいつ…このαか…?

 しっかりとレイの体から香っていたαの香り…間違えなくレイの番のαは目の前のこの男だろう。ゼス国王城で何度か見かけた事がある騎士団長だったと記憶している。その男は余程急いで来たと見えて髪は乱れに乱れ隊服が汚れて着崩れてしまっていても気にしていない。男は死んだ様な無表情を顔面に貼り付けているのに琥珀の瞳だけはありありと殺意の色を隠そうともしない。

 ヤベェ奴だ…

 はっきり言ってダバルは敵ではない。道行の中でΩのレイを拾って保護していたのだから。そして何よりもリリーの番となろうとする婚約者になったのならば主人の伴侶ともなる人物のはず。それを知ってか知らずかここまでの敵意を剥き出しで来られると同じαとしての本能が疼く…

「どうなさったのです?」

 先程からなんだか外の雰囲気がガラッと変わってしまっている。村は目と鼻の先と言っていたのにその村さえ視界から消えてしまった。それにこの水音、この気配…?酷く見知っていて知りすぎていて、まさかと言う思いでレイは窓に張り付いて目を凝らす。そこの水の渦の中心で闇夜の月明かりに照らされているのは間違え様もない愛しい自分の番だった……















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