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80.婚約者の訪問 5

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 リリーの計画としてはこうだ。ランクース国の内部の村々に隠密騎士達を忍び込ませる。Ωを見つけしだい少人数に分かれて夜間の警護を厚くする。周囲に動きが出たらリリーがそこに赴けば良い。後はΩを保護し終えた後に速やかに撤退、これを繰り返す。地道な作業になるが目星を付けた者達が掛かればそこから新たな情報を手に入れる事ができるし、Ωを横取りしたのが他の人身売買組織とでも思わせてしまえば上部組織への揺動の一つにもなるだろう。
 しかし完全な隠密作戦になる為に人員は多く裂けない。また張り込んだ村に必ず軍に関与する者達が襲ってくるとも限らない。そして何しろリリーが出るのだからその身に架かる危険性も上がる。

「承諾致しかねます…」

 絞り出す様にグレイルが漏らす。

「この中で私に一太刀でも入れられる者はいるか?」

「…いえ…」

「では私よりも早く移動できる者は?」

「いえ、居りません…」

 魔力量に置いて現在現役のαの騎士団長でもリリーの足元には及ばない。リリーの魔力は魔力そのもののみにとどまらず、物質的にも時には精神的にも影響を及ぼせる。はっきり言って捕まりさえしなければリリー一人でもいいのでは無いかと思えるくらいには動けるだろう。

「騎士団長諸君、何の為にこの騎士団があるのか今一度考えてみる事だ。レイの時の様な暴挙をどこであっても罷り通らせてはならない。少なくとも私はその為にここに居る。」

 自分がこのゼス国にいる意味は何か…Ωとしてとか自身の幸せとか、番を持つとか…そんな小さな事の為に、ただ産まれただけと言うこの国から離れもせずに、ここまでやって来た訳では無い。

 Ωであっても幸せが望める様に、嫌、望んでも良いのだと世界に知らしめる為にここに居る………

「我らも同じでしょうな…」

 フッとジーンは苦笑を漏らす。ただ護りたいのだ。番を持ってしまってからはひたすらに、番と過ごすこの平和が続く様にとそれに命をかけられるほどに…
 
「約束してくださいリリー。御身の身柄が暴かれそうな時は我ら騎士団一同、自死する覚悟も厭いません。ですから御身第一と考えていただきたい。」

 リリーが捕まって身分が暴かれそうになる事態など考えられないような異常事態ではある。そうなれば騎士達がどれだけ抵抗しようとも何の役にも立たないだろう。役に立たないばかりかリリーに圧をかける材料として足手まといの荷物にしかならなくなる。そんな事になるよりは、自死する覚悟をすると言う。

「そうなると思うか?私が?私の騎士達が?私もお前達もそんなやわな鍛え方をしていないと思うのだが?もしそんな事態が起こっても私はお前達を信頼している。番のためにちゃんと帰ってこい。」

「「「御意…」」」

 誰も最初から失うつもりで行くつもりは毛頭ない。行くならば成果を挙げつつ全員生還だ。

 これが弱い立場と周知されているΩであるゼス国の王子リーシュレイトの騎士としての根幹なのだ。

「第1はランクース内地へ赴く者の選別を始めます。」

「では第2、第3は国境付近の警戒とランクースへ入る第1の援護、そして警備兵の躾直しでもしましょうか?」

「あぁ、ヤリスはそのままランクース第4王子に張り付いておけ。」

「御意。」

「私は第1が潜入したと同時に国境へ向かう。騎士達の居場所は随時地図上に記しておく様に。中に入ったら合図と共にそちらに動く…!」

 そして保護したΩはリリーが国境まで保護結界付きで移送する予定だ。リリーの補佐にはノルーが入る。

「グレイル、ヨルマー、どれくらいで準備が整う?」

「今は現地にいるのは第1の騎士だけですからね。幸いに第2、第3は装備の準備が整えば直ぐにでも動けますよ。」

「そうですね。第2も直ぐに動けますよ。隠密に長けた者も居りますしね、ジーン第1に合流させましょうか?」

「シジュールか?」

「はいそうです。」

 シジュール・アルトは隠密時に優れた魔法を操る事ができる事でセロント領でのΩ救出の際にもその能力を買われた者である。
 
「それは助かるな…グレイル直ぐに編成メンバーに入れても?」

「ええ、構いません。早急にジーン、貴方の元に向かわせましょう。それとリリー。」

「ん?」

「先程隊の備品の剣を、あろう事か壁に突き刺した新騎士がおりましてね。一週間の馬房掃除を命じてあります。ですから今は馬房で愛馬達の飼い葉に埋もれている事でしょうね。」

「ぶふぅ……!」

 グレイルのこの物言いに、たまらずジーンが噴き出した。壁に剣を突き刺したのは紛れもないアーキンだ。あの後拳骨を喰らうだけではなくて体力的にもきつい馬房掃除の罰まで貰ってしまったらしい。

「リリー、一週間です。一週間後に第2は国境付近にて第1に合流します。」

「一週間?もっと早く行けるのでは?」

「そうは行かないんですよ、ヨルマー。貴方も分かっているでしょうが国境沿いはまだ落ち着かないところも多いのです。東のサリーシュと北のヨメイニの国境沿いを回りながら西に合流したいと思いますがどうです?」

「そうですね。分かりました。では国境沿いの巡回は第2におまかせします。では、リリー一週間後にその新騎士と共にいらして下さい。」

 訳知り顔のαの面々に穏やかな笑みで持って押し切られてしまっては最早何も言える様な雰囲気でもなかった。

「お節介め……」

 フードを引き下げながらリリーはやっとそう呟いた。










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