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79.婚約者の訪問 4
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野良犬……これは紛れもないアーキンの事だろう。さて、忠実な僕としてはこれを主人に正直に伝えるかどうか迷うところだ。
「怒り狂いますよね…?」
なんて言ったって自分の番を野良犬と罵られたのだから…
「まさかもう入国しているとは……」
αの騎士達を相手にしていたと言うのに隊服も乱さない涼しい様相で対魔法第3騎士団長ヨルマー・ノベンは困惑顔である。
会議室に集まった騎士団団長の面々もリリーの婚約者候補となるランクース国第4王子の件はつい先程耳にしたばかりの真新しい情報に過ぎないのに…
「なんとも、動きが速すぎますね。どうせムーブラン侯爵が水面下で事を推し進めていたのでしょうね。」
対魔法第2騎士団団長グレイル・バンシルーのポーカーフェイスも歪んで眉根が寄っている。
「そうだろうな。で、リリー?嫌な事は十分にわかっているから、そろそろ雷撃を弱めないか?」
不意に顔面に飛んできた稲妻を片手で簡単に弾き飛ばして対魔法第1騎士団団長ジーン・ショーバンはやれやれと言った顔だ。
相手はなんと言っても他国の王族…嫌だと思っていてもはっきりとそう拒絶できないのが外交というものだ。アーキンが剣を投げて寄越した様に、身体に触れられた瞬間にリリーは一撃なりとも攻撃を入れてやりたい心情だった。それができないのが非常にもどかしくリリーは今その苛立ちをこの会議室で若干発散させていたりする…流石の騎士団長たちの集まりで、各自自身と重要書類やら貴重な調度品やらに保護魔法をかけるのを怠らないでいる。
「申し訳ありませんでした、リリー。」
壁やら天井やら、当たってもさして問題なさそうな所にビリッ、パリッと火花が飛ぶ中、言いつけを終えて早々に帰ってきたヤリスが側にひざまづいて居る。
「構わん…」
そもそもヤリスの仕事はランクース国第4王子ダバルの情報を集めてくる事だ。ダバルの足止めでは無い。
「何か分かったか?」
「情報を得られた時には王子殿下は既に城内においででした。バンシルー卿が仰った様にムーブラン侯爵が帰国すると同時に来られていた様です。」
「おいおい…国境警備の意味は……?」
「仕方が無いさ…ジーン…彼らもしがない一兵卒だ。目上の者に金でも積まれれば断れないだろう…」
「おい…それじゃ本当に警備の意味が無いぞヨルマー?」
「そうだな…こちら側の息のかかった者達を各所に忍ばせるしか手立ては無いような気がするがね?それは追々、国境を回る隊に仕込ませるとして…ジーン、ランクースの方はどうするんだい?」
ランクース国で起こっているΩの失踪事件…ランクース国軍が絡んでいる疑念が上がってきている。ジーンは自分の番を囮としてランクース国に忍ばせようとしているのだ。
「無理があるでしょう?ジーン…」
自分の番なのに…それは命よりも大切なはず…
「それを言うなよ、グレイル…レイの望みなんだ…」
ジーン・ショーバンは清々しい程にαの性質を前に出してきた。番が全て、そしてその番の望みが自分の全て…
ジーンの番であるΩのレイも故郷から誘拐され売り捌かれそうになった所を運良くリリー達に保護された口だ。大きな売買グループに目をつけられた様でレイが産まれ育った村はΩを根こそぎ拐かされるばかりでは終わらず焼き討ちにされた。対して裕福な村ではなかったのだ。対抗しようにもなす術もなくレイ達Ωの前で残虐非道な略奪は繰り返されたそうだ。全てを無くし何処へ連れていかれるのかもわからず、決して一般人の様に愛し愛される様な未来もない…全てを諦めて絶望に落ちても自死も出来ない、そんな地獄にレイはいた。
だから今、誰彼憚らずにここは天国だとレイは言っているのだ。愛する事ができて愛してもらえて、文字通り番からは命懸けで護って貰えるこの幸福感を、どうやって返したらいいのか分からなくてそれが目下の悩みであったくらいなのだから。こんな自分でも使えるものならば使って欲しい。地獄の様なあの場所から自分の様なΩを一人でも助け出して欲しい…これがレイの望みだ。
「レイを使う事は許可しない。」
小さな雷撃を沈めたリリーがはっきりとそう宣言した。
「ジーン、レイに恩返しがしたいなら誰が見ても羨む様な家庭を作れと言っておけ。」
「リリー!だが!」
「攫われるのは夜間だそうだ。それもランクースの上が絡んでる。」
「国絡み?」
「そうだ。いいなジーン?早急にランクース内陸地のΩの所在を探れ。αの騎士を送り込むのだから難しくは無いだろう?」
「そして夜半に行われる拐かしを阻止するのですね?」
「ああ。グレイルそのつもりでいる。が、悪魔で現地の者達の抵抗と見せかける。」
「ランクースはΩを尊重しない国ですが、住民が抵抗すると見せかけてその後村に影響はないでしょうか?」
「私が出るさ。」
「「「リリー!」」」
三者共に揃って声を上げた。
「顔を晒して回るわけじゃなし、戦闘に入る前に全員眠らせる。Ωを頂いた事にしてな…!」
「「「!?」」」
「怒り狂いますよね…?」
なんて言ったって自分の番を野良犬と罵られたのだから…
「まさかもう入国しているとは……」
αの騎士達を相手にしていたと言うのに隊服も乱さない涼しい様相で対魔法第3騎士団長ヨルマー・ノベンは困惑顔である。
会議室に集まった騎士団団長の面々もリリーの婚約者候補となるランクース国第4王子の件はつい先程耳にしたばかりの真新しい情報に過ぎないのに…
「なんとも、動きが速すぎますね。どうせムーブラン侯爵が水面下で事を推し進めていたのでしょうね。」
対魔法第2騎士団団長グレイル・バンシルーのポーカーフェイスも歪んで眉根が寄っている。
「そうだろうな。で、リリー?嫌な事は十分にわかっているから、そろそろ雷撃を弱めないか?」
不意に顔面に飛んできた稲妻を片手で簡単に弾き飛ばして対魔法第1騎士団団長ジーン・ショーバンはやれやれと言った顔だ。
相手はなんと言っても他国の王族…嫌だと思っていてもはっきりとそう拒絶できないのが外交というものだ。アーキンが剣を投げて寄越した様に、身体に触れられた瞬間にリリーは一撃なりとも攻撃を入れてやりたい心情だった。それができないのが非常にもどかしくリリーは今その苛立ちをこの会議室で若干発散させていたりする…流石の騎士団長たちの集まりで、各自自身と重要書類やら貴重な調度品やらに保護魔法をかけるのを怠らないでいる。
「申し訳ありませんでした、リリー。」
壁やら天井やら、当たってもさして問題なさそうな所にビリッ、パリッと火花が飛ぶ中、言いつけを終えて早々に帰ってきたヤリスが側にひざまづいて居る。
「構わん…」
そもそもヤリスの仕事はランクース国第4王子ダバルの情報を集めてくる事だ。ダバルの足止めでは無い。
「何か分かったか?」
「情報を得られた時には王子殿下は既に城内においででした。バンシルー卿が仰った様にムーブラン侯爵が帰国すると同時に来られていた様です。」
「おいおい…国境警備の意味は……?」
「仕方が無いさ…ジーン…彼らもしがない一兵卒だ。目上の者に金でも積まれれば断れないだろう…」
「おい…それじゃ本当に警備の意味が無いぞヨルマー?」
「そうだな…こちら側の息のかかった者達を各所に忍ばせるしか手立ては無いような気がするがね?それは追々、国境を回る隊に仕込ませるとして…ジーン、ランクースの方はどうするんだい?」
ランクース国で起こっているΩの失踪事件…ランクース国軍が絡んでいる疑念が上がってきている。ジーンは自分の番を囮としてランクース国に忍ばせようとしているのだ。
「無理があるでしょう?ジーン…」
自分の番なのに…それは命よりも大切なはず…
「それを言うなよ、グレイル…レイの望みなんだ…」
ジーン・ショーバンは清々しい程にαの性質を前に出してきた。番が全て、そしてその番の望みが自分の全て…
ジーンの番であるΩのレイも故郷から誘拐され売り捌かれそうになった所を運良くリリー達に保護された口だ。大きな売買グループに目をつけられた様でレイが産まれ育った村はΩを根こそぎ拐かされるばかりでは終わらず焼き討ちにされた。対して裕福な村ではなかったのだ。対抗しようにもなす術もなくレイ達Ωの前で残虐非道な略奪は繰り返されたそうだ。全てを無くし何処へ連れていかれるのかもわからず、決して一般人の様に愛し愛される様な未来もない…全てを諦めて絶望に落ちても自死も出来ない、そんな地獄にレイはいた。
だから今、誰彼憚らずにここは天国だとレイは言っているのだ。愛する事ができて愛してもらえて、文字通り番からは命懸けで護って貰えるこの幸福感を、どうやって返したらいいのか分からなくてそれが目下の悩みであったくらいなのだから。こんな自分でも使えるものならば使って欲しい。地獄の様なあの場所から自分の様なΩを一人でも助け出して欲しい…これがレイの望みだ。
「レイを使う事は許可しない。」
小さな雷撃を沈めたリリーがはっきりとそう宣言した。
「ジーン、レイに恩返しがしたいなら誰が見ても羨む様な家庭を作れと言っておけ。」
「リリー!だが!」
「攫われるのは夜間だそうだ。それもランクースの上が絡んでる。」
「国絡み?」
「そうだ。いいなジーン?早急にランクース内陸地のΩの所在を探れ。αの騎士を送り込むのだから難しくは無いだろう?」
「そして夜半に行われる拐かしを阻止するのですね?」
「ああ。グレイルそのつもりでいる。が、悪魔で現地の者達の抵抗と見せかける。」
「ランクースはΩを尊重しない国ですが、住民が抵抗すると見せかけてその後村に影響はないでしょうか?」
「私が出るさ。」
「「「リリー!」」」
三者共に揃って声を上げた。
「顔を晒して回るわけじゃなし、戦闘に入る前に全員眠らせる。Ωを頂いた事にしてな…!」
「「「!?」」」
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