上 下
79 / 144

79.婚約者の訪問 4

しおりを挟む
 野良犬……これは紛れもないアーキンの事だろう。さて、忠実な僕としてはこれを主人リリーに正直に伝えるかどうか迷うところだ。

「怒り狂いますよね…?」

 なんて言ったって自分の番を野良犬と罵られたのだから…



「まさかもう入国しているとは……」

 αの騎士達を相手にしていたと言うのに隊服も乱さない涼しい様相で対魔法第3騎士団長ヨルマー・ノベンは困惑顔である。

 会議室に集まった騎士団団長の面々もリリーの婚約者候補となるランクース国第4王子の件はつい先程耳にしたばかりの真新しい情報に過ぎないのに…

「なんとも、動きが速すぎますね。どうせムーブラン侯爵が水面下で事を推し進めていたのでしょうね。」

 対魔法第2騎士団団長グレイル・バンシルーのポーカーフェイスも歪んで眉根が寄っている。

「そうだろうな。で、リリー?嫌な事は十分にわかっているから、そろそろ雷撃を弱めないか?」

 不意に顔面に飛んできた稲妻を片手で簡単に弾き飛ばして対魔法第1騎士団団長ジーン・ショーバンはやれやれと言った顔だ。
 
 相手はなんと言っても他国の王族…嫌だと思っていてもはっきりとそう拒絶できないのが外交というものだ。アーキンが剣を投げて寄越した様に、身体に触れられた瞬間にリリーは一撃なりとも攻撃を入れてやりたい心情だった。それができないのが非常にもどかしくリリーは今その苛立ちをこの会議室で若干発散させていたりする…流石の騎士団長たちの集まりで、各自自身と重要書類やら貴重な調度品やらに保護魔法をかけるのを怠らないでいる。

「申し訳ありませんでした、リリー。」

 壁やら天井やら、当たってもさして問題なさそうな所にビリッ、パリッと火花が飛ぶ中、言いつけを終えて早々に帰ってきたヤリスが側にひざまづいて居る。

「構わん…」

 そもそもヤリスの仕事はランクース国第4王子ダバルの情報を集めてくる事だ。ダバルの足止めでは無い。

「何か分かったか?」

「情報を得られた時には王子殿下は既に城内においででした。バンシルー卿が仰った様にムーブラン侯爵が帰国すると同時に来られていた様です。」

「おいおい…国境警備の意味は……?」

「仕方が無いさ…ジーン…彼らもしがない一兵卒だ。目上の者に金でも積まれれば断れないだろう…」

「おい…それじゃ本当に警備の意味が無いぞヨルマー?」

「そうだな…こちら側の息のかかった者達を各所に忍ばせるしか手立ては無いような気がするがね?それは追々、国境を回る隊に仕込ませるとして…ジーン、ランクースの方はどうするんだい?」

 ランクース国で起こっているΩの失踪事件…ランクース国軍が絡んでいる疑念が上がってきている。ジーンは自分の番を囮としてランクース国に忍ばせようとしているのだ。

「無理があるでしょう?ジーン…」

 自分の番なのに…それは命よりも大切なはず…

「それを言うなよ、グレイル…レイの望みなんだ…」
 
 ジーン・ショーバンは清々しい程にαの性質を前に出してきた。番が全て、そしてその番の望みが自分の全て…

 ジーンの番であるΩのレイも故郷から誘拐され売り捌かれそうになった所を運良くリリー達に保護された口だ。大きな売買グループに目をつけられた様でレイが産まれ育った村はΩを根こそぎ拐かされるばかりでは終わらず焼き討ちにされた。対して裕福な村ではなかったのだ。対抗しようにもなす術もなくレイ達Ωの前で残虐非道な略奪は繰り返されたそうだ。全てを無くし何処へ連れていかれるのかもわからず、決して一般人の様に愛し愛される様な未来もない…全てを諦めて絶望に落ちても自死も出来ない、そんな地獄にレイはいた。
 だから今、誰彼憚らずにここは天国だとレイは言っているのだ。愛する事ができて愛してもらえて、文字通り番からは命懸けで護って貰えるこの幸福感を、どうやって返したらいいのか分からなくてそれが目下の悩みであったくらいなのだから。こんな自分でも使えるものならば使って欲しい。地獄の様なあの場所から自分の様なΩを一人でも助け出して欲しい…これがレイの望みだ。

「レイを使う事は許可しない。」

 小さな雷撃を沈めたリリーがはっきりとそう宣言した。

「ジーン、レイに恩返しがしたいなら誰が見ても羨む様な家庭を作れと言っておけ。」

「リリー!だが!」

「攫われるのは夜間だそうだ。それもランクースの上が絡んでる。」

「国絡み?」

「そうだ。いいなジーン?早急にランクース内陸地のΩの所在を探れ。αの騎士を送り込むのだから難しくは無いだろう?」

「そして夜半に行われる拐かしを阻止するのですね?」

「ああ。グレイルそのつもりでいる。が、悪魔で現地の者達の抵抗と見せかける。」

「ランクースはΩを尊重しない国ですが、住民が抵抗すると見せかけてその後村に影響はないでしょうか?」

「私が出るさ。」

「「「リリー!」」」

 三者共に揃って声を上げた。

「顔を晒して回るわけじゃなし、戦闘に入る前に全員眠らせる。Ωを頂いた事にしてな…!」

「「「!?」」」












しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません

八神紫音
BL
 やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。  そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。

王子様のご帰還です

小都
BL
目が覚めたらそこは、知らない国だった。 平凡に日々を過ごし無事高校3年間を終えた翌日、何もかもが違う場所で目が覚めた。 そして言われる。「おかえりなさい、王子」と・・・。 何も知らない僕に皆が強引に王子と言い、迎えに来た強引な婚約者は・・・男!? 異世界転移 王子×王子・・・? こちらは個人サイトからの再録になります。 十年以上前の作品をそのまま移してますので変だったらすみません。

白金の花嫁は将軍の希望の花

葉咲透織
BL
義妹の身代わりでボルカノ王国に嫁ぐことになったレイナール。女好きのボルカノ王は、男である彼を受け入れず、そのまま若き将軍・ジョシュアに下げ渡す。彼の屋敷で過ごすうちに、ジョシュアに惹かれていくレイナールには、ある秘密があった。 ※個人ブログにも投稿済みです。

アデルの子

新子珠子
BL
僕が前世の記憶を取り戻したのは13歳の時だった。 生まれ変わったこの世界には男性しか存在しない。 しかも、この世界の人口の9割は妊娠ができる男性で、子種を作る事ができる男性は一握りしかいなかった。子種を作ることができる男性に生まれた僕は、沢山の男性からセックスを求められる立場だった。 トラウマを抱えた男の子が子作りができる男性となるために少しずつ成長し、愛を育む物語。 ※主人公は攻め、複数の相手がいます。真面目なふりをしたエロゲーのような世界観です。 ※男性妊娠や近親相姦などの表現があります。 ※ムーンライトノベルズ様へも掲載をしております。

【完結】悪妻オメガの俺、離縁されたいんだけど旦那様が溺愛してくる

古井重箱
BL
【あらすじ】劣等感が強いオメガ、レムートは父から南域に嫁ぐよう命じられる。結婚相手はヴァイゼンなる偉丈夫。見知らぬ土地で、見知らぬ男と結婚するなんて嫌だ。悪妻になろう。そして離縁されて、修道士として生きていこう。そう決意したレムートは、悪妻になるべくワガママを口にするのだが、ヴァイゼンにかえって可愛らがれる事態に。「どうすれば悪妻になれるんだ!?」レムートの試練が始まる。【注記】海のように心が広い攻(25)×気難しい美人受(18)。ラブシーンありの回には*をつけます。オメガバースの一般的な解釈から外れたところがあったらごめんなさい。更新は気まぐれです。アルファポリスとムーンライトノベルズ、pixivに投稿。

【完結】酔った勢いで子供が出来た?!しかも相手は嫌いなアイツ?!

愛早さくら
BL
酔って記憶ぶっ飛ばして朝起きたら一夜の過ちどころか妊娠までしていた。 は?!!?なんで?!!?!って言うか、相手って……恐る恐る隣を見ると嫌っていたはずの相手。 えー……なんで…………冷や汗ダラダラ 焦るリティは、しかしだからと言ってお腹にいる子供をなかったことには出来なかった。 みたいなところから始まる、嫌い合ってたはずなのに本当は……?! という感じの割とよくあるBL話を、自分なりに書いてみたいと思います。 ・いつも通りの世界のお話ではありますが、今度は一応血縁ではありません。 (だけど舞台はナウラティス。) ・相変わらず貴族とかそういう。(でも流石に王族ではない。) ・男女関係なく子供が産める魔法とかある異世界が舞台。 ・R18描写があるお話にはタイトルの頭に*を付けます。 ・頭に☆があるお話は残酷な描写、とまではいかずとも、たとえ多少であっても流血表現などがあります。 ・言い訳というか解説というかは近況ボードの「突発短編2」のコメント欄からどうぞ。

5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません

くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、 ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。 だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。 今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。

帝国皇子のお婿さんになりました

クリム
BL
 帝国の皇太子エリファス・ロータスとの婚姻を神殿で誓った瞬間、ハルシオン・アスターは自分の前世を思い出す。普通の日本人主婦だったことを。  そして『白い結婚』だったはずの婚姻後、皇太子の寝室に呼ばれることになり、ハルシオンはひた隠しにして来た事実に直面する。王族の姫が19歳まで独身を貫いたこと、その真実が暴かれると、出自の小王国は滅ぼされかねない。 「それなら皇太子殿下に一服盛りますかね、主様」 「そうだね、クーちゃん。ついでに血袋で寝台を汚してなんちゃって既成事実を」 「では、盛って服を乱して、血を……主様、これ……いや、まさかやる気ですか?」 「うん、クーちゃん」 「クーちゃんではありません、クー・チャンです。あ、主様、やめてください!」  これは隣国の帝国皇太子に嫁いだ小王国の『姫君』のお話。

処理中です...