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67.思いがけない縁談 3

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「ノルー大きな声を出さなくても聞こえている。」

 手を打たれた事には何も言及せずに王太子はノルーに向き直る。

「失礼いたしました、王太子殿下。しかしながら…」

「分かっている。付いてきなさい…」

 そう言うとリリーの肩をポンと叩き供を連れ立ってスタスタと謁見の間へ進んでいってしまった。

「リリー…!」

 ノルーは急いでリリーの元に駆け寄ると捲れたフードを直してやる。フードを取られたリリーの紫金色の髪も瞳もその美しい顔立ちも周囲の者達にさらけ出されてしまったから。

「何もお隠しになる事はないでしょう殿下?宝の持ち腐れというものですよ?然るべきところに精々ご自分を売り込めば宜しいのに…折角のΩが…」

 ブツブツと未だにムーブラン侯爵はリリーに対して苦言を述べる。

「ムーブラン卿、陛下は時間を疎かにするものを酷く嫌うが道草をしていて良いのかね?」

 ブルブルとリリーの両手が震えていた。リリーやノルーが次に何かを言う前に先に行く王太子がムーブラン侯爵に先を促す。

「おおっと!これはいけませんな!折角の喜ばしい謁見が…」

 そんな言葉を残してムーブラン侯爵は小走りで王太子の後を追って行った。

「リリー…大丈夫ですか?リリー?」

 あの男はリリーにお前はΩなのだからその見目良い外見と愛想を振りまいてどこぞの国の王族でも捕まえてこいと言ったも同然だった。

「……………」

 リリーの衣類を整えながらノルーは心底安堵のため息を吐く。

「ヤリスが居なくてよかった、本当に…」

 冷静沈着なリリーの侍従は珍しく背筋に冷や汗をかいている。幼い時ならばいざ知らず、今やリリーの実力を知っていてあの様な侮辱の言葉を投げかけて来る輩がいる事にも驚きだ。
  
「ノルー…私に縁談でも持ち上がっているのか……?」

 気のせいでは無くリリーの声は沈んでいく…

「いいえ、私はまだ聞いてはおりません。貴方の事ならばまずは私に入って来るはずですから。大臣が言ったものの真偽を確かめねばなりませんね…」

「…………行こう……」

 王の謁見の間、本日は王太子と王の落胤に有力な大臣まで呼ばれているそうだ。集まっている要人はこれだけではないだろう。ノルーの言う通り行かなければ事の真偽を見定める事などできはしないだろうから。

 アーキン………

 柄にも無くリリーは番の名を呼んでみる…



 謁見の間には案の定国王の他に先に向かった王太子にムーブラン侯爵、大臣数名が揃っていて何やらリリーの過去の記憶を掘り起こそうとしているかのようだ。

「リーシュレイト様のお越しです。」

 謁見の間の護衛騎士が告げるのを聞きつつリリーはノルーと共に室内へと進み行く。

「謁見の申し出があった様だが?」

 父王の姿は幼き日初めてここで目の前に対峙した時に比べて随分と老けて見える。琥珀色の瞳の鋭さ、声の冷たさは変わらないが身体の筋肉はやや衰えて見えて月日が経った事を実感させた。

「陛下にリーシュレイトがご挨拶申し上げます。此度、ランクース王国にて起きております件についてご相談を…」

「ほっ!丁度良いではありませんか、陛下!」

 リリーが全てを言い切る前にムーブラン侯爵が声を上げた。

「ムーブラン卿…」

 それに眉を顰めたのは王太子だ。ゼス国に置いては身分の上の者にそう易々と声をかける事はあまり礼儀の良い事とはされていない。にも拘らずムーブラン侯爵はリリーの身分を知りつつも度々非礼を働いている。

「まぁ、待て…ムーブラン…それとて目的があるのだ。して?」

「………はい。お許し頂けるのでしたら…」

「構わん、申せ。」

「はい。昨今ランクース王国にてΩの拐かしが多発しております。」

「…確かか?」

「騎士数名の報告の元、そう判断いたしました。」

「ふむ……それでお前はどうしたいのだ?」

 やや気怠そうに国王は聞き返す。いつもそうなのだ。リリーが申し出る事には頭ごなしに反対はしないものの興味を示す事もない…だから諦める事を覚えてしまった………

「勿論、拐かされているΩが居るのでしたら救出致します…!」
 
 スッと上げられたリリーの顔。フードを被りその表情の機微は見て取れないがしっかりと国王を見据えて意志の強さを視線で表していた。

「ふ…其方が言うと全てが現実になりそうで恐ろしいの…」

 対し、苦笑なのか嘲笑なのか…国王はどちらとも取れる笑みを浮かべている。

「策は?」

 王太子が声をかけてきた。

「まだございません…」

 本当ならば単身でも乗り込んで自身の持てる魔力で持ってゴリ押しをしたい所だが。これが表に出てしまえば国際問題となるのだ。

「ホッホッホッ!陛下!ですから申し上げましたでしょ?良い機会ですと。なんとなんとリーシュレイト殿下は殊勝なお方ですな。」

「どの様な意味でございましょう?」

 本来ならムーブラン侯爵に敬語を使う必要はないのだがここはリリーを王子と認めていない国王の前なので分別はつけなければ。

「リーシュレイト殿下自らランクース王国に嫁いで下さろうとは!」

「…!?」

 咄嗟に顔を上げそうになったノルーは必死に声を噛み殺して堪えた。

 リリーが嫁ぐとは婚姻を結ぶと言うことか?まさか……!

 本人は至って静かなものだった。ムーブラン侯爵に対して意見する事も是も非も訴えさえしない。

 リリー?

 嫌な汗がノルーの背筋と両掌を湿らせていく……








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