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66.思いがけない縁談 2

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 何を言っている?

 王謁見の間までの長い廊下をムーブラン侯爵が話す戯言を聞き流しつつ急ぎ歩いて行く内に、徐々にその話の不可解さが際立ってきてついにはノルーの眉まで寄っている。

「ムーブラン侯爵…勘違いをされているようだ。」

 リリーはもちろんノルーだとて祝われるような事に思い当たるものはない。騎士団を率いてΩを保護回収こそすれそれは自分達の業務範囲の言わば当然の責務だ。今あえて取り上げられて称賛を頂くようなものではないと理解している。

「何を申します!これが祝わずにおられましょうか!さぁ!さぁ!お早く陛下の元に参りましょうぞ!」

「失礼ですが!」

 一人で浮かれて跳ねるようにして謁見の間に向かおうとしているムーブラン侯爵に向かってノルーが我慢できずに声をかけた。

「ムーブラン侯爵は何をご存じなのです?今日リーシュレイト様がこちらへ来る前触れは申し上げていなかったのです。しかもリーシュレイト様にも連絡はございませんでした!」

 ノルーの言葉に非常に嫌そうな表情を作って見せてムーブラン侯爵は大仰に語り出した。

「あぁ…やはりこの者は駄目ですな。殿下の側付きには似つかわしくは無い…こんなにも主人の僥倖を素直に心より祝わぬ者がどの世界いるのです?」

 ムーブラン侯爵の芝居ががかった物言いが非常に鼻に付く………

「侯爵……」

 リリーだとて聖人君子では無いのだ。自分の大切な落ち度もない侍従をこうも貶されては黙っていられない。

「侍従の良し悪しはその主人が決めるべきではないのか?それとも、貴方は私が善悪の判断もつけられぬ愚か者とでも…?」

 リリーの声のトーンが落ちる…もうこの者ムーブラン侯爵からの戯言はうんざりだった。3人の周囲に渦を描くようにフワリと風が流れる。

「何をしているのだ…!」

 後方よりしばらく聞くことのなかった声が響いてきた。

「…!?」

「……これは!王太子殿下!!」

 振り返るまでもなくこの声の主はゼス国次期王となる王太子、リリーの異母兄のものだった。

 バッとノルーは頭を下げつつ廊下の隅に身を引きムーブラン侯爵は礼を取りつつ親しげに声をかける。

「……………兄上……」

 いつぶりであろうか。兄弟と言えども、幼き頃から真面に顔を合わせた回数は数えるくらいしかないはずだ。

「この様に朝からご尊顔を拝しました事恐悦至極にございます…して、王太子殿下も陛下への謁見でございましょうか?」

 おかしな事である。身分の高い者の謁見が決まっているのならばリリーは当然後回しにされる。だがしかし、先程先触れを出した者からは王太子の謁見がある事などこちらは伝え聞いていないのだ。

 怪訝な顔でリリーは王太子を見つめつつもノルーと同じく通路を譲る。王太子は王妃譲りの華やかな金の髪を丁寧に整えて撫で付けてある。瞳は王と同じく琥珀色で外見はどちらかと言えば見目麗しい王妃に良く似ていた。

「朝から威勢のいい事だな?ムーブラン卿。」

「左様でしょうとも!これ程の喜びには何を置いても祝わずにおられましょうぞ?」

「ふん…喜びか…?本人は全く分かっていないようだがな?」

「それはそうでございましょう!しかし喜ばぬ方がおかしいというもの!」

「自分の従者を貶されて、心から喜べる者がいるのか?」

 整った美貌の主に冷たく見つめられると少しばかり背筋が寒くなる。

「滅相もございません、王太子殿下!私はただ今後リーシュレイト殿下の元にはもっと相応しい者が仕えるべきと思っているだけでございます。」

 ピキ……今度は周囲の温度が下がる。

「はぁ…何をしているのかと、そう言ったばかりだろう?」

 王太子はムーブラン侯爵の言葉に返答もせずに軽く会釈をしているリリーの元へと近づいて来る。

「久しいな?陛下に呼ばれたのか?」

 王太子は今年28になる。流石はαで頭脳明晰、剣技も武道も周りの騎士団長達と比べても遜色無いものと国中に知れ渡ってもいる。魔力こそ現国王から見ると若干劣るが洞察力に統率力、先見の明に秀でており次期国王として申し分ないとも認められている。番はいるがまだ子宝にはめぐまれてはいない。

「いえ、此度の件にて相談があり参りました。」

 ジッと人の顔を見るのはこの人の癖なんだと思うようにしたのはいつだったか…王太子は時々対峙するリリーをこの様にジッと見つめて来るのだ。特に何か言われる事などないのだが、見つめられ続けている方は些か居心地は良くない。

「相談…ね…?」

 スッと出された王太子の手がリリーの顎を掴む。

「このまま出て相談も何もないものだと思うのだがな?」

 このまま…………

 王太子は断りも無くリリーのフードを下ろしリリーの後頸に触れてきた。

「まだ番にはなっていないのか?」

「王太子殿下!」

 ノルーがそう叫ぶのと同時にリリーは王太子の手を打ち払った。

 
















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