上 下
59 / 144

59.番の証明 4

しおりを挟む
「番にはなってないんだろう?」

 トントンとジーンは自分の首を指差す。
生きていれば世にも珍しいものは起こるようで、ジーンの言っている意味がわかったリリーはカッと赤面する。ベッドの中では肌を見せあってそれ以上だってやっているって言うのにこんなリリーの初心な反応はジーンも始めて見るものだ。

 番っているならばその番の跡がΩの首筋にはっきりと残されるはずだから…色白のリリーの首筋は仄かに朱に染まってはいても傷一つなく綺麗なものだった。

「それがどうした?私には必要のないものだ。だから…」

 だから、誰に縛られることもない。

「そうじゃないリリー。番を持たないΩを行かせる事ができないのは当たり前だが、貴方は相手がいるだろう?もし、間違えが起こったら?少数のみしかこっちの手の者は入れられないんだ。起こったら、では遅い…」

 自分の番が自分以外のαに取られる。その苦痛はαを狂気の沙汰に追いやるものだ。そんな地獄に番を落としたいのかと、だから浅慮はするなと釘を刺された。

「………………」

「セロントから連れてきた奴からの情報を待ってこちらも動くつもりだ。それでいいな?」

「後で…ここにレンを呼べ…」

「あぁ、そのつもりだ。挨拶はしたいと言っていたからな。時間を作ろう。」

「分かった…ノルー城へ向かう!」

 リリーは騎士団隊服の上に騎士団のマントではなくマントと同色のフードを被るとグッと深く引き下げた。

 どうのような状況にあるΩであっても助けるつもりではいるが、だからと言って番を持つΩを囮にするつもりもない。そしてリリー自分が単身乗り込むわけにも行かない……

「水面下で繋がっている事を祈るか…」

 西と北、国は違えど犯罪を犯す者達にとってはそんなものは障害にもならないだろう。西側ランクース国と北側ヨメイニ国、セロント領も近接しているものだから何某か手がかりがありそうなものだ…

 城まで騎士団の馬車が2人を送迎する為に白の邸宅前で待機しているはずである。普段ならば何の障害もなく既に城への道のりを移動しているはずであった…

 なのに、今朝は別邸から出たところでなぜか足止めを食らう羽目になった。

「アーキン……?」

 まさかと思った…けれど番の匂いや体温、聞いただけで心を揺さぶる声質も番となるべく者の全ては決して忘れるはずがないもので…
 だからこそ信じ難いのだが、確かにリリーの相手であるアーキンが今リリーの目の前でジーンによって地面に押さえつけられているとは…


 白の邸宅別邸を出た瞬間、直近からリリーを呼ぶ声がした。幻聴かとも思える番の声を確かめる間も無く、逞しいアーキンの両腕にリリーはスッポリと包まれてしまう。

 忘れるはずもない先日直に接していた匂いに体温…直ぐにアーキンのものだと確信したが、リリーには何故アーキンがここに居るのかと疑問しか浮かんでこない。

「アーキン…」

 ポツリと愛しい者の名前を呼べば、一気に心が満たされるような温かい気持ちになった…

「どうした?」

 だがしかし、今は2人だけの逢瀬の時ではないだろう。アーキンは結界を張った白の邸宅に侵入してきているし、別邸前には見送りに出ているノルーやら他の侍女達やらジーンがいるからだ。明らかにアーキンの様子がおかしい事にリリーは気付く。アーキンがまだ若さ故リリーへ思いを遂げた残り火がまだその身に燻っているとしても、一介の騎士である事を忘れるほど前後不覚になる様な性格ではないと理解しているつもりであった。
 
 だから、おかしいと思ったのだ。

「………見つからないんだ………」
 
 アーキンは名前を呼ばれて尚更にギュッとリリーを抱きしめる腕に力をこめてくる。まるで縋り付いてくる様にも何かに怯えているかのようにも見えて、リリーには力任せに振り払う事ができそうにも無かった。

「何があった…」

 少しだけ顔を動かして見えたアーキンの表情は明らかに憔悴していて目の下には隈も見える。きっと一睡もしていないだろうと思われた。遠征から帰った翌日の今日、新騎士達は非番であるはずで本来ならば
ゆっくりと自分の時間を過ごしているはずである。

「…………」

「アーキン……?」

 少し体をずらし正面からちゃんと顔を見ようとした所でアーキンの身体が音も立てずに浮かび上がる。

「…!?」

 そしてあっという間もなくジーンによってアーキンは地面に沈められる事になった。



「おいこら坊主。この方はまだお前のものじゃ無いだろう?っとに、番にもしてないくせに図々しいと思わんか?これだと不法侵入にΩへの暴行罪もつくぞ?」

「…………」

 強引に白の邸宅敷地内に入ってくる強行手段は取るのにアーキンは意外な程大人しく押さえつけられたまま顔も上げなかった。

「アーキン…」

 リリーはジーンに離すように手振りをし、アーキンには静かに声をかけた。白の邸宅に入れた事ならばリリーの匂いと気配が濃厚にアーキンに染み付いていた所為だろうと想像がつく。それよりもアーキンの様子がおかしいのが気にかかるのだった。

「メリーが見つからない……」

「メリー?」

 アーキンがゼス王国王都へやってきた理由は妹のメリアンを見つけ出すことだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

嫌われ者の僕はひっそりと暮らしたい

りまり
BL
 僕のいる世界は男性でも妊娠することのできる世界で、僕の婚約者は公爵家の嫡男です。  この世界は魔法の使えるファンタジーのようなところでもちろん魔物もいれば妖精や精霊もいるんだ。  僕の婚約者はそれはそれは見目麗しい青年、それだけじゃなくすごく頭も良いし剣術に魔法になんでもそつなくこなせる凄い人でだからと言って平民を見下すことなくわからないところは教えてあげられる優しさを持っている。  本当に僕にはもったいない人なんだ。  どんなに努力しても成果が伴わない僕に呆れてしまったのか、最近は平民の中でも特に優秀な人と一緒にいる所を見るようになって、周りからもお似合いの夫婦だと言われるようになっていった。その一方で僕の評価はかなり厳しく彼が可哀そうだと言う声が聞こえてくるようにもなった。  彼から言われたわけでもないが、あの二人を見ていれば恋愛関係にあるのぐらいわかる。彼に迷惑をかけたくないので、卒業したら結婚する予定だったけど両親に今の状況を話て婚約を白紙にしてもらえるように頼んだ。  答えは聞かなくてもわかる婚約が解消され、僕は学校を卒業したら辺境伯にいる叔父の元に旅立つことになっている。  後少しだけあなたを……あなたの姿を目に焼き付けて辺境伯領に行きたい。

【完結】お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません

八神紫音
BL
 やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。  そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。

王子様のご帰還です

小都
BL
目が覚めたらそこは、知らない国だった。 平凡に日々を過ごし無事高校3年間を終えた翌日、何もかもが違う場所で目が覚めた。 そして言われる。「おかえりなさい、王子」と・・・。 何も知らない僕に皆が強引に王子と言い、迎えに来た強引な婚約者は・・・男!? 異世界転移 王子×王子・・・? こちらは個人サイトからの再録になります。 十年以上前の作品をそのまま移してますので変だったらすみません。

白金の花嫁は将軍の希望の花

葉咲透織
BL
義妹の身代わりでボルカノ王国に嫁ぐことになったレイナール。女好きのボルカノ王は、男である彼を受け入れず、そのまま若き将軍・ジョシュアに下げ渡す。彼の屋敷で過ごすうちに、ジョシュアに惹かれていくレイナールには、ある秘密があった。 ※個人ブログにも投稿済みです。

【完結】悪妻オメガの俺、離縁されたいんだけど旦那様が溺愛してくる

古井重箱
BL
【あらすじ】劣等感が強いオメガ、レムートは父から南域に嫁ぐよう命じられる。結婚相手はヴァイゼンなる偉丈夫。見知らぬ土地で、見知らぬ男と結婚するなんて嫌だ。悪妻になろう。そして離縁されて、修道士として生きていこう。そう決意したレムートは、悪妻になるべくワガママを口にするのだが、ヴァイゼンにかえって可愛らがれる事態に。「どうすれば悪妻になれるんだ!?」レムートの試練が始まる。【注記】海のように心が広い攻(25)×気難しい美人受(18)。ラブシーンありの回には*をつけます。オメガバースの一般的な解釈から外れたところがあったらごめんなさい。更新は気まぐれです。アルファポリスとムーンライトノベルズ、pixivに投稿。

【完結】酔った勢いで子供が出来た?!しかも相手は嫌いなアイツ?!

愛早さくら
BL
酔って記憶ぶっ飛ばして朝起きたら一夜の過ちどころか妊娠までしていた。 は?!!?なんで?!!?!って言うか、相手って……恐る恐る隣を見ると嫌っていたはずの相手。 えー……なんで…………冷や汗ダラダラ 焦るリティは、しかしだからと言ってお腹にいる子供をなかったことには出来なかった。 みたいなところから始まる、嫌い合ってたはずなのに本当は……?! という感じの割とよくあるBL話を、自分なりに書いてみたいと思います。 ・いつも通りの世界のお話ではありますが、今度は一応血縁ではありません。 (だけど舞台はナウラティス。) ・相変わらず貴族とかそういう。(でも流石に王族ではない。) ・男女関係なく子供が産める魔法とかある異世界が舞台。 ・R18描写があるお話にはタイトルの頭に*を付けます。 ・頭に☆があるお話は残酷な描写、とまではいかずとも、たとえ多少であっても流血表現などがあります。 ・言い訳というか解説というかは近況ボードの「突発短編2」のコメント欄からどうぞ。

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません

くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、 ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。 だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。 今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。

処理中です...