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56.番の証明 1
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「大変だったのですよ?リリー」
王都へと向かう最後の道行の馬車の中で少しだけノルーがリリーに愚痴る。事実大変は大変だったのだ。他人を浮かす浮遊魔法は得意では無いし、アーキンを他の者の目に留まらない様にアーキンの宿泊テントまで運ばなければならない。幸いにもアーキンのテント同室の者達は早々に寝入ってくれていたから助かったが、見回りに回っている勘のいい騎士達の目を掻い潜るのに一苦労を要した。
「仕方あるまい。私と共にいるのだから。」
「えぇ、勿論です。その為に私がいる様なものですから。些細な苦労など負担にもなりません。」
実際負わされる苦労を心底苦労とも思ってはいない、そんな事はどうでもいい程ノルーにとってはリリーが大切だ。問題はそんなことでは無い。番をぞんざいに扱うリリーの心根だ。
「えっと、あの~?」
「どうしました?イルン殿?」
ここしばらく大人しくこの旅路を楽しんでいる様にも見えたイルンだ。
「ノルーさんでも苦労するんですね?それって痛いやつですか?僕、痛いのは嫌だなぁ…」
「イルン殿?」
「あ!お勉強は楽しみですよ!ずっと本も読んでみたかったし…でも、リリー様と一緒に居ると大変な事があるんでしょう?僕…縛られるのはいいんですけど…痛い事はちょっと、ちょっとだけ怖くて…必要なら我慢しますけど…」
「イルン殿………」
どっと脱力してしまいそうだ。一体ラークの館では何をさせていたのやら………
「ノルー、ミルカの尋問には手を抜くなよ?イルンお前は余計な事を考えなくていい。これから行く白の邸宅はお前の様なΩの集まりだ。痛い事もないし食事も我慢しなくていい。身を守れと言ったろう?好きな事を見つけてそれに打ち込むのもいい。イルン、幸せを見つけようとしてもいいんだ。分かるか?」
コク、コクコク…俯きながらイルンは一生懸命頷いて見せる。長い間きっと自分の幸せが何であるかさえ考えて来れなかったΩは多い。だがちゃんと考えて掴み取ってほしいのだ。
「リリー…貴方にもです…」
しっかりと声には出せずそれでもノルーは呟く様に言ってみる。
「はぁ…尋問にはハガイ殿を召集しようかなぁ…」
「それじゃ見習い騎士達の教育がおろそかになるだろ?」
「そうですよねぇ…仕方ない、頑張りますか。という事でイルン殿、もう少しで白の邸宅に着きますよ。貴方のここでの家はそこになります。リリーが言った様にまずは身体を休めて健康を取り戻しましょうね?まずは好きな料理を探すのなんてどうです?」
「そうだな。王都には旨いものも多いだろ?うちの料理人も腕は確かだ。」
「ええ、お口に合うといいですね?」
「僕、好き嫌いないですから何でも食べます!」
「ふふふ。ならきっと早く番を見つけることができる様になりますね。」
夕刻になる前に王都へと辿り着く。イルンを乗せた馬車はそのまま白の邸宅へ、ミルカを乗せた護送車は城へと向かう。
「見えるかイルン?あれが白の邸宅、お前の家だ。」
「僕の…家………」
夕刻の夕日に照らされた白の邸宅…夕日を浴びて輝く白い壁面が夕焼け色に染まっている。
「さ、降りる準備をしましょう。これから忙しくなりますよ?館の皆さんはきっと貴方に興味深々ですから。ちゃんと疲れたら休みたいと言うんですよ?」
「はい。」
「あの館はリリーの所有です。私とカルトン・リーゲ、ラークの館であったヤリスの誰かしらがリリーの侍従として常勤していますし、リリーの妹殿のサシュ様が皆さんの世話役の代表者となります。後で紹介いたしましょうね。」
「はい……楽しみだなぁ…僕以外のΩの人ってあんまり会った事ないから…」
「皆さん優しいいい子ばかりですよ。ここからαの番を見つけて嫁いで行く者もいるんです。イルン殿も頑張りましょうね?」
「はい…!」
ラークの館から助け出された時に比べ格段に表情が明るくなったイルン。まだ時折以前の生活の片鱗を伺わせる様な言動があるものの持ち前の明るく素直な性格はきっと白の邸宅のΩ達にも直ぐに打ち解けるだろう。サシュを始め館で働く者達は皆んな慈愛に満ちている様な優しさがある。しばらくゆっくりと傷ついた心も身体も休めればいい。番探しはそれからでも遅くはないのだから。
「僕もリリー様みたいに番に会いたいなぁ…」
「……っ!」
窓の外に見えている白の邸宅を見つめながらイルンはポツリと呟く。それが本当に夢の様に幸せな事のようにうっとりとした表情で……
バレていますよ、リリー……
声なき声を持ってノルーはリリーに目で語る。βのノルーにさえはっきりとわかるのだから更にαの匂いに敏感なΩのイルンにわからない筈がないのだった。夢心地になっている所を複雑な事情で持って壊したくはない為、リリーは唇に指を当ててノルーに黙っているようにと合図した。
「ノルー…ガードだけ、用意してて…」
白の邸宅に着きイルンが馬車から降りた所でリリーがポツリと呟いた。
リリーはもう知ってしまっている。番に対する抑えられない情欲、その熱さと甘さ…離れ難い程の渇望…そしてそれを得た時の信じられない程の幸福を…
要らないと思っていたのに………
王都へと向かう最後の道行の馬車の中で少しだけノルーがリリーに愚痴る。事実大変は大変だったのだ。他人を浮かす浮遊魔法は得意では無いし、アーキンを他の者の目に留まらない様にアーキンの宿泊テントまで運ばなければならない。幸いにもアーキンのテント同室の者達は早々に寝入ってくれていたから助かったが、見回りに回っている勘のいい騎士達の目を掻い潜るのに一苦労を要した。
「仕方あるまい。私と共にいるのだから。」
「えぇ、勿論です。その為に私がいる様なものですから。些細な苦労など負担にもなりません。」
実際負わされる苦労を心底苦労とも思ってはいない、そんな事はどうでもいい程ノルーにとってはリリーが大切だ。問題はそんなことでは無い。番をぞんざいに扱うリリーの心根だ。
「えっと、あの~?」
「どうしました?イルン殿?」
ここしばらく大人しくこの旅路を楽しんでいる様にも見えたイルンだ。
「ノルーさんでも苦労するんですね?それって痛いやつですか?僕、痛いのは嫌だなぁ…」
「イルン殿?」
「あ!お勉強は楽しみですよ!ずっと本も読んでみたかったし…でも、リリー様と一緒に居ると大変な事があるんでしょう?僕…縛られるのはいいんですけど…痛い事はちょっと、ちょっとだけ怖くて…必要なら我慢しますけど…」
「イルン殿………」
どっと脱力してしまいそうだ。一体ラークの館では何をさせていたのやら………
「ノルー、ミルカの尋問には手を抜くなよ?イルンお前は余計な事を考えなくていい。これから行く白の邸宅はお前の様なΩの集まりだ。痛い事もないし食事も我慢しなくていい。身を守れと言ったろう?好きな事を見つけてそれに打ち込むのもいい。イルン、幸せを見つけようとしてもいいんだ。分かるか?」
コク、コクコク…俯きながらイルンは一生懸命頷いて見せる。長い間きっと自分の幸せが何であるかさえ考えて来れなかったΩは多い。だがちゃんと考えて掴み取ってほしいのだ。
「リリー…貴方にもです…」
しっかりと声には出せずそれでもノルーは呟く様に言ってみる。
「はぁ…尋問にはハガイ殿を召集しようかなぁ…」
「それじゃ見習い騎士達の教育がおろそかになるだろ?」
「そうですよねぇ…仕方ない、頑張りますか。という事でイルン殿、もう少しで白の邸宅に着きますよ。貴方のここでの家はそこになります。リリーが言った様にまずは身体を休めて健康を取り戻しましょうね?まずは好きな料理を探すのなんてどうです?」
「そうだな。王都には旨いものも多いだろ?うちの料理人も腕は確かだ。」
「ええ、お口に合うといいですね?」
「僕、好き嫌いないですから何でも食べます!」
「ふふふ。ならきっと早く番を見つけることができる様になりますね。」
夕刻になる前に王都へと辿り着く。イルンを乗せた馬車はそのまま白の邸宅へ、ミルカを乗せた護送車は城へと向かう。
「見えるかイルン?あれが白の邸宅、お前の家だ。」
「僕の…家………」
夕刻の夕日に照らされた白の邸宅…夕日を浴びて輝く白い壁面が夕焼け色に染まっている。
「さ、降りる準備をしましょう。これから忙しくなりますよ?館の皆さんはきっと貴方に興味深々ですから。ちゃんと疲れたら休みたいと言うんですよ?」
「はい。」
「あの館はリリーの所有です。私とカルトン・リーゲ、ラークの館であったヤリスの誰かしらがリリーの侍従として常勤していますし、リリーの妹殿のサシュ様が皆さんの世話役の代表者となります。後で紹介いたしましょうね。」
「はい……楽しみだなぁ…僕以外のΩの人ってあんまり会った事ないから…」
「皆さん優しいいい子ばかりですよ。ここからαの番を見つけて嫁いで行く者もいるんです。イルン殿も頑張りましょうね?」
「はい…!」
ラークの館から助け出された時に比べ格段に表情が明るくなったイルン。まだ時折以前の生活の片鱗を伺わせる様な言動があるものの持ち前の明るく素直な性格はきっと白の邸宅のΩ達にも直ぐに打ち解けるだろう。サシュを始め館で働く者達は皆んな慈愛に満ちている様な優しさがある。しばらくゆっくりと傷ついた心も身体も休めればいい。番探しはそれからでも遅くはないのだから。
「僕もリリー様みたいに番に会いたいなぁ…」
「……っ!」
窓の外に見えている白の邸宅を見つめながらイルンはポツリと呟く。それが本当に夢の様に幸せな事のようにうっとりとした表情で……
バレていますよ、リリー……
声なき声を持ってノルーはリリーに目で語る。βのノルーにさえはっきりとわかるのだから更にαの匂いに敏感なΩのイルンにわからない筈がないのだった。夢心地になっている所を複雑な事情で持って壊したくはない為、リリーは唇に指を当ててノルーに黙っているようにと合図した。
「ノルー…ガードだけ、用意してて…」
白の邸宅に着きイルンが馬車から降りた所でリリーがポツリと呟いた。
リリーはもう知ってしまっている。番に対する抑えられない情欲、その熱さと甘さ…離れ難い程の渇望…そしてそれを得た時の信じられない程の幸福を…
要らないと思っていたのに………
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