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42.疑惑 1

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「以上がこの事件の顛末だ。何か質問は?」

 王都への帰還の為の最終会議にて騎士団員全員に此度の事件の顛末が説明された。番のΩを襲った悲しい事件を発端としてΩの性を歪曲させたセロント領主子息ミルカの独断によりΩを監禁し娼夫として働かせていたと。今後ミルカ・セロントは王城の貴族牢へと繋がれて人身売買ルートの詳しい情報を聴取されて行く予定である。保護されたΩの娼夫イルンは予定通りリリーが管理する白の邸宅預かりとなるはずだ。



「番持ちのΩがねぇ……」

 帰途を前にした就寝前の騎士達はそれぞれに寛ぐ。ある者は軽く酒を煽りそのまま寝てしまうしある者は剣を持って素振りをしだす、ある者は愛しい者への手紙を認め、ある者は語り合う。

 安宿の窓を全開にすれば月明かりが部屋に差し込み気持ちの良い風が吹き抜けて行く。娼館のΩ囲い込み事件の真相となる裏には更に胸糞悪い事件が絡んでいて、事件の頭となる者を捉えたと言っても何だかスッキリとはしない。

「他のαを誘うって…そんなことあると思うか?」

 夜食の干し肉を齧りながらマルスは言う。

「さあ、知らん。」

 この部屋にいる者で番を持っている者はいないから番を持った時の発情と持たない時の発情の差が良くわからない。今は番を持たない者には抑制剤もあるのだろうし。

「もし、俺だったらどうするかなぁ…」
 
 自分の番探しの為にこの対魔法騎士団に入ったと言っても過言ではないマルスにとっては番を持ったその後の事も他人事ではない。

 自分だったら…もし、自分の番が襲われていたら……例え番本人がそれを喜んでいたとしても、俺はきっと……

「助けるさ…必ず…!」

 乾いた肉を引きちぎりながらアーキンははっきりと言い切った。

「だよなぁ?だよな!気持ちが冷めたなんて言われたら死ぬほどの大打撃だろうけどさ…やっぱ生きてて欲しいわな…」

 仲睦まじく暮らしていても発情期となるとその関係性は崩れるのか?今回の事件がそんな様相を呈していたから番を持つ今後の未来に大きな不安が紛れ込む…

「仕方ないんだろうな…発情中は理性なんてぶっ飛ぶって言うし…」
 
 新人騎士の中で一番気が弱そうなレインが控えめにそんな事を言う。レインは各自の果実酒のグラスに掌から氷を出して継ぎ足してくれる。

 リリーはどうなのだろうか?
 
 アーキンが意識を失ってしまったあの場所で確かにリリーは発情していた。あの後抑制剤を飲んだのか?番を持たないΩの場合、大抵は発情期をその様にして過ごす事は珍しくも無い。

 だが、こんな所で?

 確か上官も一般騎士も同じ宿のはず。警備も万全とは言えない上に此処は花街だ…国中から娼婦を買いにαも多く集まっているのに…リリーのあのフェロモンが漏れ出したら…

「マルス…俺が倒れた時側に誰がいた?」

「あん?さぁな?謹慎しとくように言い渡しに来たのは司令の侍従ダーウィン殿だ。」

「そうか……」

「何かあったのか?」

「ん……あの人、どうやって鎮めたのかと思って……」

「あ?誰…?あ!お前の匂いの相手か!?」

 アーキンが倒れた時微かにΩの残り香がした。だから他のαや騎士を刺激しないように意識を失っているアーキンと共に匂い消しを渡されたのだ。

「…………」

「どこの誰か知らないけどさ?勤務中によくやるよな~?でも、ここは花街だぜ?沈める方法なんていくらでもあるだろうさ。ここには俺らみたいなαも多いしな?」

 すっかりアーキンは誰かとの逢瀬を楽しんでいた風に捉えられているが実情はそうじゃ無い。

「他の……α……?」

「かも知れないってこった。本物のΩだったら大問題だけどな?Ω用の香料なんてワンサカあるだろ?お前の事を気に入った子がちょっかいかけて来たのかと思ったんだけどな?覚えてねぇの?」

 Ωの熱を治める為にはαの体液が1番有効だ。だからΩを偽る娼婦(夫)達はフェロモン臭に似た香料を使う。

 早く私に貴方を注いで、と無言のアピールだ。

「娼婦じゃ、ない……」

 リリーは娼夫なんかでは無い。

「そぅ?まさか、知り合いにばったり会ったとか言うなよ?」

 勤務中に気まずいだろ?

「司令もΩじゃ……?」

 ふとレインがポツリと呟く。

「え?あ~~~、まぁ、ね?ん~~そうね?」

 ノリノリで話を掘り下げていたマルスが非常に気まずそうに視線を逸らす。

「何?何を知ってる?」

 何をどう考えてもマルスの挙動はおかしい。

「ほら!明日は早いぞ諸君!寝坊なんてしたらどんな罰を受けるか分からんからね?さっさと寝るぞ!」

「マルス……話の逸らし方に無理があるぞ?」

 寡黙な方のレインが今夜はやけに突っ込んでくる。

「アーキン、司令もΩだろ?」

「あぁ、そうだ。」

「じゃ、聞くけど、君の身体にリリー総司令官の匂いが染みついついたのは何で?」

「は?」

「レイン……」

 あちゃ~とマルスが顔を顰める。

「俺、めちゃくちゃ鼻がいいんだよね?大抵の人のフェロモンを嗅ぎ分けることができる。訓練の時のフェロモンも司令のだろう?」

「………覚えてないんだよ………」

 自分が何をしたか…情けないほどに……


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