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39.残り香2
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「ミルカ・セロント、面を上げよ。」
ゼス国北方を守護するセロント領。寒冷地で肥沃ではない土地柄か華美な物を好まぬ風習があり、その領主の館も質が良いが質素にも見える家具や調度品で設られていた。領主の人柄を表しているのか無駄な物が一切ない様な執務室の中央では、少しばかり厳つい風貌をした一人の紳士が拳を震わせ怒りの声を抑えながら目の前に跪かされた黒髪、灰色の瞳を持つ男に憤怒の視線を投げかける。
「この……馬鹿息子が……!」
押し殺した声に全ての感情を詰め込んだ様な苦々しい声を発しているのはここセロント領の領主である。
「…………」
対し跪かされているこの男は無言で答える。
「セロント伯、ご子息にて間違えはありませんな?」
「いかにも……我が家の次男にございます…」
絞り出される様なセロント伯の声にそれだけの苦悩が偲ばれる。次男と認められた男は貴族の子息とは思えないような出立に縄で縛られ、今セロント領主の前にΩを始めとする人身売買組織の頭として引き出されているのだ。セロント伯と共にこの執務室に在室するのは対魔法第2騎士団団長グレイルとそこ副官タブロットに騎士数名、セロント側と騎士団側からそれぞれ出された書記官達だ。
「監督不行届でありますな?セロント伯。」
感情を表さぬタブロットの声が続いていく。
「面目もございません……」
北部を護る立派な領主の身分であるはずなのに、大きな身体をこれ以上無いほど小さくしてセロント伯は項垂れている。
「己が父親がここまで頭を下げていると言うのに…セロントの貴族としての誇りさえも失ったのかな?子息殿?」
タブロットに反しグレイルの声はまだ柔らかい。
「誇り……?そんなんで飯が食えるんですか?」
「ミルカ!!!」
執務室に領主の怒号が響き渡った。
「お前は……!自分が何をしたのかわかって言っておるのか!?」
あくまでもミルカ・セロントは貴族である。兄がいる為に次期領主にはなれなくてもまだ一般市民よりは条件が良い職などいくらでもあったはずだ。良家に婿に入る事も難しくはなかった。
なのに、ある日ミルカは突然姿を消したのだ。その後セロント伯が必死で探したにも拘らずとうとうその行方は分からずじまいだったのに、現実はセロント伯の目と鼻の先、領内でも最も賑わいを見せ付けている花街の裏を牛耳っていた者であったとは父であるセロント伯も思い至る事などできなかった。
「花街で一つ店を持った…」
「ミルカ!?」
「そこに本物のΩをぶち込んでな?ま、お偉方には喜ばれたんじゃねぇの?」
「ミルカ!!!」
「セロント伯落ち着いてください。」
ゆっくりとグレイルがミルカに近付いて行く。
「セロントの若君の噂は聞いたことがあります。が、ここまで腐った方ではなかった様に思うのですがね?」
王都にいれば地方から来る貴族達から色々な噂話が入ってくるものだ。そして対魔法騎士団は国中を駆け巡る職である為に表裏問わず細かい情報まで嫌でも耳に入ってくる。その中にはセロントの子息について弟が特異なαとして名を馳せていたのだがその兄もまたβであるにも拘らずαの弟に負けず劣らず優秀な若者であると近隣諸侯にはこの兄弟の優秀さは専らの評判であった。悪い事と言えばその弟が現在行方知らずということだけで……
「おたく様に何か関係があるですかね?」
「……あるだろうね?私達は君達がしてくれた事のために王都から離れなければならないし、解決までここに拘束されることになるだろうから。」
「はっ!立派な騎士様も番が恋しいってか?」
「良く分かっているではないですか。子息殿?貴方もαならば番と離れる事の苦しみがわかるでしょう?」
ゆったりとしたグレイルの発言はαならばそれも番持ちのαならば決して反論できない無いような内容だ。
「そうだ、ミルカ……お前にも番がいたではないか…!それはこんな事をお前に望んだのか!」
Ωが貴族の番になる…身分が釣り合えばなんら問題なく結婚まで進んでいけるが、いくら番となっても身分が釣り合わなければ精々が側室、それも家督を継げない者ならばそのΩは貴族位と認められず妾とするか自らが貴族籍を抜けなければならない…
土地柄によっては未だにこんな煩わしい考え方も残っていたりするところもあるのだ。ミルカの番も勿論Ωである。そしてゼス国のΩではなくゼス国の北に接するヨメイニ国の者だった。ヨメイニ国は好戦的な民族からなる国でしばしばセロント領とも小競り合う関係にあった。
だからだろう。セロント領の者達を攻撃してくる様な国の自分の番が、領民には認められるはずが無いと番を護るためにミルカは家を出て、きっと二人仲良く暮らしているんだとミルカの失踪の原因をそう信じ込んでセロント領主は泣く泣くミルカの捜索を打ち切ったのだった…
しかし失踪からやっと会えたと思った次男は、Ωを護るどころか売り物にする者達の筆頭として縛り上げられて、引きずられながら帰ってきたのであるからセロント領主はしばし言葉を失う程の有様であったという。
ゼス国北方を守護するセロント領。寒冷地で肥沃ではない土地柄か華美な物を好まぬ風習があり、その領主の館も質が良いが質素にも見える家具や調度品で設られていた。領主の人柄を表しているのか無駄な物が一切ない様な執務室の中央では、少しばかり厳つい風貌をした一人の紳士が拳を震わせ怒りの声を抑えながら目の前に跪かされた黒髪、灰色の瞳を持つ男に憤怒の視線を投げかける。
「この……馬鹿息子が……!」
押し殺した声に全ての感情を詰め込んだ様な苦々しい声を発しているのはここセロント領の領主である。
「…………」
対し跪かされているこの男は無言で答える。
「セロント伯、ご子息にて間違えはありませんな?」
「いかにも……我が家の次男にございます…」
絞り出される様なセロント伯の声にそれだけの苦悩が偲ばれる。次男と認められた男は貴族の子息とは思えないような出立に縄で縛られ、今セロント領主の前にΩを始めとする人身売買組織の頭として引き出されているのだ。セロント伯と共にこの執務室に在室するのは対魔法第2騎士団団長グレイルとそこ副官タブロットに騎士数名、セロント側と騎士団側からそれぞれ出された書記官達だ。
「監督不行届でありますな?セロント伯。」
感情を表さぬタブロットの声が続いていく。
「面目もございません……」
北部を護る立派な領主の身分であるはずなのに、大きな身体をこれ以上無いほど小さくしてセロント伯は項垂れている。
「己が父親がここまで頭を下げていると言うのに…セロントの貴族としての誇りさえも失ったのかな?子息殿?」
タブロットに反しグレイルの声はまだ柔らかい。
「誇り……?そんなんで飯が食えるんですか?」
「ミルカ!!!」
執務室に領主の怒号が響き渡った。
「お前は……!自分が何をしたのかわかって言っておるのか!?」
あくまでもミルカ・セロントは貴族である。兄がいる為に次期領主にはなれなくてもまだ一般市民よりは条件が良い職などいくらでもあったはずだ。良家に婿に入る事も難しくはなかった。
なのに、ある日ミルカは突然姿を消したのだ。その後セロント伯が必死で探したにも拘らずとうとうその行方は分からずじまいだったのに、現実はセロント伯の目と鼻の先、領内でも最も賑わいを見せ付けている花街の裏を牛耳っていた者であったとは父であるセロント伯も思い至る事などできなかった。
「花街で一つ店を持った…」
「ミルカ!?」
「そこに本物のΩをぶち込んでな?ま、お偉方には喜ばれたんじゃねぇの?」
「ミルカ!!!」
「セロント伯落ち着いてください。」
ゆっくりとグレイルがミルカに近付いて行く。
「セロントの若君の噂は聞いたことがあります。が、ここまで腐った方ではなかった様に思うのですがね?」
王都にいれば地方から来る貴族達から色々な噂話が入ってくるものだ。そして対魔法騎士団は国中を駆け巡る職である為に表裏問わず細かい情報まで嫌でも耳に入ってくる。その中にはセロントの子息について弟が特異なαとして名を馳せていたのだがその兄もまたβであるにも拘らずαの弟に負けず劣らず優秀な若者であると近隣諸侯にはこの兄弟の優秀さは専らの評判であった。悪い事と言えばその弟が現在行方知らずということだけで……
「おたく様に何か関係があるですかね?」
「……あるだろうね?私達は君達がしてくれた事のために王都から離れなければならないし、解決までここに拘束されることになるだろうから。」
「はっ!立派な騎士様も番が恋しいってか?」
「良く分かっているではないですか。子息殿?貴方もαならば番と離れる事の苦しみがわかるでしょう?」
ゆったりとしたグレイルの発言はαならばそれも番持ちのαならば決して反論できない無いような内容だ。
「そうだ、ミルカ……お前にも番がいたではないか…!それはこんな事をお前に望んだのか!」
Ωが貴族の番になる…身分が釣り合えばなんら問題なく結婚まで進んでいけるが、いくら番となっても身分が釣り合わなければ精々が側室、それも家督を継げない者ならばそのΩは貴族位と認められず妾とするか自らが貴族籍を抜けなければならない…
土地柄によっては未だにこんな煩わしい考え方も残っていたりするところもあるのだ。ミルカの番も勿論Ωである。そしてゼス国のΩではなくゼス国の北に接するヨメイニ国の者だった。ヨメイニ国は好戦的な民族からなる国でしばしばセロント領とも小競り合う関係にあった。
だからだろう。セロント領の者達を攻撃してくる様な国の自分の番が、領民には認められるはずが無いと番を護るためにミルカは家を出て、きっと二人仲良く暮らしているんだとミルカの失踪の原因をそう信じ込んでセロント領主は泣く泣くミルカの捜索を打ち切ったのだった…
しかし失踪からやっと会えたと思った次男は、Ωを護るどころか売り物にする者達の筆頭として縛り上げられて、引きずられながら帰ってきたのであるからセロント領主はしばし言葉を失う程の有様であったという。
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