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15.演習試験2

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「なん、だったんだ…今の……」

 ポツリと誰かがそう呟くのみで周囲は他に音を立てる者もおらずシン、と静まり返る…空中からの攻撃が止んだ訓練場は誰もが微動だにせず次なる攻撃に供えていた。

「………」

 ここにいる者に対し一斉に放たれた光の矢…幸いな事は光の矢が対人追跡型ではなかった事だろうか。だからアーキンも逃げ遅れそうになっている見習い騎士を時に引き倒して避けさせることが出来た。

「うむ、ここまで!!」

 緊張が走るこの場の空気を切り裂く様な大声でハガイは本日の訓練の終了を告げた。

「これより騎士団本隊より伝令が降りる!今現在その場に起立している者のみをこの場に残し、後の者は宿舎へ帰還する様に!!」

 緊張が解ける間も無く各々その場でポカンとしつつハガイを見る。立って得物を構えている者、片膝をついて身を低くしている者、体制を崩して転んでしまっている者、既に気を失って倒れ伏している者……

「……これ、昇格試験か!?」

「…マジで……?」

 やっと誰かがそう叫んだ。訓練中に騎士団長がチャチャを入れてくる事は皆十分理解していたが、それがこんなに大掛かりで全員を対象にされた事は今までまだなかった事であった。気がついた時には既に全員が光の矢にボコボコにされていると言う現実を突きつけられたあと、他からの襲撃ではないということが分かってやっと試験であることに気がついた。
 寝転んでいた者、膝をついていた者達は呆然としてしまう。皆いつ試験が行われても良い様に気を張りながら訓練に臨んでいたのだからそれも仕方ないことではあった。

「あ~~まじかぁ~まさかこんな大掛かりでくるとはなぁ…」

 アーキンの視界の片隅に片膝をついたマルスが盛大に項垂れているのが映る。ゾロゾロと気を失った者を抱え上げて宿舎に引き上げていく見習い騎士達を見送りつつアーキンは自分の得物を鞘に収めた。まだ側には転がっている見習い騎士がいる。怪我の状態を見極める為にマルスや他の見習い達と共に介抱に努めた。

「マルス・オークス!お前もここに残れ!」

 ハガイに呼び止められマルスも訓練場に残ることになる。ハガイの隣にはいつの間にかノルーの姿があった。

 リリー…?

 ノルーはリリーの側近の侍従だ。戦闘時は一番多くリリーと共にいると言っていた。では、今日ノルーがいると言うことは………
 アーキンはバッと周囲を見渡す。あのフードの人物がいないかどうか。



「おや、気づいたかな?」

 また楽しそうなジーンの声。

「………」

 塔の中のフードの人物は何も言わない。

「リリー?今夜は相手が必要ですか?」

「そうだね…」

「了解です。お付き合いしますよ。」

「ふ……お前の番に、いつか殺されるな。」
 
「みくびらんで下さいよ。俺のレイはそんなに狭量じゃない。何処のΩだってリリーを憎む者なんて居ないでしょうに。何卑屈になってるんです?………あの、坊主のせいかな?」

 リリーの視線は下に居る見習い騎士に注がれたままだ。先程から一度たりともジーンへと視線をあげない。

 レイはジーンの番だ。劣悪な環境下で監禁されていた所をゼス国で保護したΩの1人だった。その際にもリリー率いる対魔法騎士団が無法者達を制圧したのだ。そもそもゼス国でΩの保護を始めたのもまだ幼かったリリーが起こした事業の一つ。それまではゼス国内であってもΩの地位は決して高いものではなかった。劣悪な環境で身を売らされたり、望まないαと掛け合わされたり、他国に売られて行ったり…力が無い彼らは搾取され放題の立場が常だったはず。それが今ではどうだ?リリーが管理する白の邸宅では現在30名程のΩが贅沢とは言わないまでも一般家庭以上の生活水準と教育を誰にも搾取されない安全な状況下で享受することが出来ているのだ。これに感謝すればこそ、恨むなんてΩは決して出てこないだろう。レイだってそうだ。助け出されリリーの管轄下に置かれなければジーンとも会えたか分からないのだから。それにレイは常日頃からジーンに言っていることがある。自分の全てを超えてジーンが大切だけどリリーの為ならば貴方を裏切る、と。一番大切な番に会える機会を作ったリリーは保護したΩ達から絶大な信頼を得ているのだから。

「分かっている……私には必要ないものだってことも……」

「貴方…規格外に強いから。そこが禍ですよねぇ。」

 αは自分の番がわかると言う。誰に教えられなくても身体と心で感じるんだそうだ。今まで番を得たαに聞いても皆んな同じことを言っていた。自分の番を欲し、囲い、守りに入る。これは自分の物だと命をかけて守り抜く。劇場で観るような恋の夢物語かと思うような現象が自分に降りかかるんだそうな。魂自身が燃え上がるようでそれからは決して逃げられない。でもそれが全く不快じゃないと言うからまた不思議なもの…
 では、Ωは?自分のαを見つけたならば力無いΩはどうする?気がついて貰えるまで身を潜めていなければならないのだろうか?それとも、フェロモンに引き寄せられるαのごとくこの手を伸ばせば良いのだろうか…

 それが運命の様に誰にでも分かる、そして誰も逃げられない。

 ではそれを欲しない者だったら?必要ないとかなぐり捨てようとしている者はどうすれば良い……………?



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