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「我儘を言うでない。シェルツよ。」

「だって、全く朗報が聞こえてこないじゃありませんの?」

 第一王太子妃宮のサロンにて優雅に佇む第一王太子妃シェルツとその前に座るのは、今日も着飾る事に余念のない宰相である。

「事を起こすには大義名分を通さねばならないのだ。」

「ま、私の毒殺未遂の処断は当てはまらないと?」

「むむ、そうではない…」

 しかし、なんとも手応えがイマイチなのである。確かに、毒殺未遂が起こり第二王太子妃の拘束を国民に向けて周知した。それであるならば貴族間からも早々に断罪の声が上がってきても良さそうではあるのだが…貴族達からも国民からも恐ろしいほど静かな反応しか返ってこない。このまま第二王太子妃の断罪を決行すべきか悩みどころであった。

「おじ様、仰って下さったわ。私に全てを与えてやろう、と。私、まだ一つも手にしておりませんのよ?」
 
 そう、一つも…

 シェルツは自分の良く整えられた滑らかな手を見る。誰もが羨む程に恵まれた環境で生れ育ち、王太子妃にまでなったと言うのに、この手は空っぽのままなのだ。

「まぁ、待ちなさい。第一王太子妃派の者も多いのだ。明日には方をつけよう。」

 少々強引ではあるが、懸念事項を生かしたままでも武が悪くなる一方なのも確かな事だ。何しろ王太子が帰城すれば必ず第二王太子妃ラシーリアの身柄の解放を求めるだろう。だがら処断されるべき件を起こした。やるならば今だ。

「まぁ!本当?お約束してくださいませね?楽しみにしておりますわ!」

 キャッキャッと子供の様にはしゃぐ様を周囲の侍女達はどんな感情を持って見ていたのか……誰しも表情を消し、無言でその場に立ち尽くす。

「お前はこの場で、朗報を待ちなさい。」

 そう言い置くと、宰相は第一王太子妃宮を後にする。


 そうだ…処断してしまえばいい。証拠は作ってある。例え王太子が帰ってこようとも、第二王太子妃が居なければもうそれまでの事だ。

 ニヤリ、と片側の口の端のみを上げ宰相は一人笑む。そしてその足で地下牢へと向かって行った。







「何を、馬鹿な事を!!宰相殿!陛下からの命はありませんよ!?」

 地下牢に響く騎士の声…ウトウトと少しだけ微睡んでいたラシーリアは目が覚めてしまった。

「今からだなんて……」

「吐いたのか?」

「いいえ…自白もまだでございます!王太子殿下がお戻りになりましてから…!」

「それでは遅いのだよ?」

 地下牢を守る騎士達は困惑しきりだ。何が遅いものか…王族を裁くのに国王夫妻、王太子の意見も仰がず、ましてや裁判もない。異例中の異例ではないか!そう叫びたかった騎士は多いだろうが、相手はこの国の宰相である。言いたい事をグッと堪え、言葉を選びつつ抗議する。

「良く聞くが良い。王太子殿下は甚く第二王太子妃にご執心だ。殿下がここに居られたら正しい判断を行えると思うかね?」

 王家の者も人間である。だがら何よりも感情を優先にするのでは?宰相はその様に言いたいらしかった。


 まさか……あのエルレント様が?


 妻の言葉一つ聞かず、燃え盛る城の中で妻が騎士達にその命を断ち切られようとしていても、振り返りもしなかったあのエルレント様が?誰かにご執心と言うのならばシェルツこそが相応しいわ…!

 環境の変化とそれに伴う疲労で休む事もままならなかったラシーリアは少しボゥッとする頭の中でそんな事を考える。


 確かにのエルレント様は以前のご性格とは違う様にお見受けするけれども…

 でも、そんな事はラシーリアには関係ないだろう。

「王族の暗殺ぞ!?次は陛下や王太子殿下がお命狙われても良しとするか!?」

 宰相の渾身の喝が地下に響き渡った。
それに反する者はなく、ここでラシーリアの断罪が決定した……

「連れて参れ!!」

 権力の頂点にも居る宰相の喝に従わざるを得なかったのである。

「申し訳ありません。第二王太子妃殿下……お連れせよ、との命令ですので…」

 先程の会話は全て聞こえていた。連れていけ、とは処刑場にであろう。

「私は……処断されますのね…?」

 この度も無実の罪でまた………

「ご安心ください。間に合う様に王太子殿下は動かれております…!」

 例えそれがただの慰めであったとしても、この騎士の優しさが染み渡り、しばしの慰めとなった。

「良いのです。初めてではないわ…ね、貴方はシェリー、第一王太子妃がどうなったかご存じ?」

「………恙無く、お過ごしと聞き及んでおりますが、こんな時まで、貴方様は……」

 騎士の言わんとする所はよく分かる。こんな時にも自分のことよりも第一王太子妃シェルツの心配をするラシーリアにはきっと呆れ果てたことだろう。



















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