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「第二王太子妃殿下…お見舞いの品にございます……」
エルレントを部屋から追い出しにかかっている所へ、お見舞いを持ってきたと侍女が入室してくる。その表情はまるでお葬式の様なのだが、ラシーリアは全く意に介さない。
「まぁ、どなたから?」
多分このタイミングで見舞いを下さると言うことは……
「第一王太子妃殿下にございます。」
「やっぱりそうなのですね!」
まだラシーリアのベッドサイドにいたエルレントを押しのける様にして、ラシーリアは侍女が運んできた薔薇の花束の方へと歩を進める。
いつもいつも、シェルツはラシーリアの動向を注視してくれていて、こんな短時間の間にも見事な薔薇を送って寄越してくれる。第一王太子妃宮と第二王太子妃宮は少しばかり離れているので本人は中々来れない様なのだが、この少しの心遣いがラシーリアには物凄く嬉しいのだ。
薔薇は大輪の赤い薔薇だ。薔薇の香りはまだ心にグッと来るものがあるし、切り立ての棘の取られていない薔薇で指を切る事もあるが、それもシェルツの配慮だろう。
初心忘るるべからず…自分達がどんな目にあったか…王太子に心を求めようとしてもどれだけ無駄だったか…シェルツもラシーリアもどの様に死んでいったのか…この薔薇の棘に刺される度にラシーリアは思い起こす事にしているのだ。
「妃殿下…御血が出ますゆえ……」
エルレント王太子がまだ部屋にいる時には、侍女達は声を殺してラシーリアに注意する様に進言してくる。ラシーリアにとってはシェルツの友愛と受け取っていると言うのに、心配症な侍女達にはそうは見えないらしいのだ。
「妃殿下におかれましては薔薇の香りは苦手でございましょうに……」
薔薇の香りが苦手であると知っている侍女は眉根を寄せる。
「ええ、大丈夫よ。こんなの何ともないわ…さ!殿下、こんなお優しいシェリーの所に行って差し上げてくださいませ。きっと首を長くして待ってらっしゃるわ!」
ラシーリアはニッコニコである。王太子が来た時よりも明らかに機嫌も体調もよろしい様だった。
「分かったよ…ラシー、僕の愛…シェルツ妃の所に顔は、出してこよう。」
「行って、らっしゃいませ~!」
シェルツは違う様だがラシーリアは出来るだけ王太子とは離れていたい。以前と見た目も人も何もかもが同じ王妃宮で蘇るのは当時の嫌な記憶なのだから。
月に一度の義務を果たす日は特に地獄だった…好きでもない相手と、それも全くこちらに関心も無いような相手と閨を共にしなければならない…関心もないのだから、こちらに対する労りも無く、それは本当に義務の一環として行われていた。あの冷たい視線はベッドの中でも変わることはなく、一連の行為はまるでただの運動の様であった。そこには愛情も尊敬も無く、ただの道具の様にしか見て貰えない寂しさは、グッと胸に刺さるものがあった。
初めての時、シェルツと抱き合って泣いた。先に済ませていたシェルツの時も同じ様にラシーリアと泣いた……お互いが居なかったら、10代と言う若さで王家に嫁した自分達にはきっと耐えられなかったかもしれない…
それなのに、今のシェルツは気丈である。エルレントに関心を示してもらえる事に全力を賭してくれているから、こちらに来る実害が非常に少なく済んでいる。実を言うと今回の結婚においても、未だにエルレントと共に閨を過ごしてはいないのだ。機会があればその旨の連絡が来るのだが、その様な時にはどうしてかラシーリアの体調が悪くなる。前触れもなく急に来訪して来ても、今度はシェルツの体調が悪くなると言う、グッジョブな対応をしてくれるのだ。そして今朝の様にエルレントがラシーリアのところに来ていると分かると、こうして薔薇を送って寄越してくれたりする。その度毎にラシーリアは初心を思い出し、忘れる事はないのだから…
「ふふふ。シェリーにお花を貰っちゃったわ!」
「ご気分は如何ですか?第二妃王太子妃殿下…本日は慰問が有りますのに…」
「問題ないわ。参りましょう?」
月に一度の孤児院への慰問。王太子妃となったからには国の為にその身を粉にして働くべし、と言うのは実家の侯爵家の家訓である。第一王太子妃シェルツは主に外交やら公的な席へとエルレントと共に出席しているのだから、国民への奉仕はこちらがやるべき事だろう。
ラシーリアは急いで湯浴みをし、身支度を整えた。簡単に朝食を取れば直ぐにも王太子妃宮を離れたいのだ。
前回は、城を出る事がほとんどと言っていいほど叶わなかった。エルレントの対応が余りにも冷たくぞんざいであって、王太子妃と言えど、自分達の意見など自由に通らなかったのだ。当時はそれはそれで問題もなかった。国王が大の女好き…エルレントの母の王妃に加え、側妃は何人もおり、それだけでは飽き足らず侍女に手を出し、登城してくる貴族の令嬢はもちろんのこと、お忍びで町娘には手を出し、視察先でもその騒ぎ…あまつさえ、王太子エルレントの家庭教師にまで手をつけて至る所に子供ができると言う始末……王位継承云々よりも、溢れかえる様に生まれて来てしまった子供達をどう面倒見るかが一時議会の最大関心事にもなったほどだ。その有り余った子供達が慈善事業を大いに頑張ってくれていたおかげで、ラシーリアとシェルツは城から一歩も出る事なく、この世を去ってしまうこととなったのだ…
国王に多数の側妃に愛妾ができてしまった事によって、王太子妃には最初から王妃を二人据える事になった。たった一人の王妃ではこの事態を収集することができずに、現にエルレントの母は一度倒れてしまったからだ。
これは現在も変わらず、女好きの国王ではあるが、周りにいる良くできた重鎮達の監視によってこれ以上エルレントには兄弟姉妹は増えそうにはない。
城から出ること叶わなかったラシーリアにとって、王城を離れ、少しばかり自由に視察ができることはこの上も無い喜びでもある。結婚してから城の中しか知らななった鬱憤を大いに晴らす絶好のチャンスだからであった。
エルレントを部屋から追い出しにかかっている所へ、お見舞いを持ってきたと侍女が入室してくる。その表情はまるでお葬式の様なのだが、ラシーリアは全く意に介さない。
「まぁ、どなたから?」
多分このタイミングで見舞いを下さると言うことは……
「第一王太子妃殿下にございます。」
「やっぱりそうなのですね!」
まだラシーリアのベッドサイドにいたエルレントを押しのける様にして、ラシーリアは侍女が運んできた薔薇の花束の方へと歩を進める。
いつもいつも、シェルツはラシーリアの動向を注視してくれていて、こんな短時間の間にも見事な薔薇を送って寄越してくれる。第一王太子妃宮と第二王太子妃宮は少しばかり離れているので本人は中々来れない様なのだが、この少しの心遣いがラシーリアには物凄く嬉しいのだ。
薔薇は大輪の赤い薔薇だ。薔薇の香りはまだ心にグッと来るものがあるし、切り立ての棘の取られていない薔薇で指を切る事もあるが、それもシェルツの配慮だろう。
初心忘るるべからず…自分達がどんな目にあったか…王太子に心を求めようとしてもどれだけ無駄だったか…シェルツもラシーリアもどの様に死んでいったのか…この薔薇の棘に刺される度にラシーリアは思い起こす事にしているのだ。
「妃殿下…御血が出ますゆえ……」
エルレント王太子がまだ部屋にいる時には、侍女達は声を殺してラシーリアに注意する様に進言してくる。ラシーリアにとってはシェルツの友愛と受け取っていると言うのに、心配症な侍女達にはそうは見えないらしいのだ。
「妃殿下におかれましては薔薇の香りは苦手でございましょうに……」
薔薇の香りが苦手であると知っている侍女は眉根を寄せる。
「ええ、大丈夫よ。こんなの何ともないわ…さ!殿下、こんなお優しいシェリーの所に行って差し上げてくださいませ。きっと首を長くして待ってらっしゃるわ!」
ラシーリアはニッコニコである。王太子が来た時よりも明らかに機嫌も体調もよろしい様だった。
「分かったよ…ラシー、僕の愛…シェルツ妃の所に顔は、出してこよう。」
「行って、らっしゃいませ~!」
シェルツは違う様だがラシーリアは出来るだけ王太子とは離れていたい。以前と見た目も人も何もかもが同じ王妃宮で蘇るのは当時の嫌な記憶なのだから。
月に一度の義務を果たす日は特に地獄だった…好きでもない相手と、それも全くこちらに関心も無いような相手と閨を共にしなければならない…関心もないのだから、こちらに対する労りも無く、それは本当に義務の一環として行われていた。あの冷たい視線はベッドの中でも変わることはなく、一連の行為はまるでただの運動の様であった。そこには愛情も尊敬も無く、ただの道具の様にしか見て貰えない寂しさは、グッと胸に刺さるものがあった。
初めての時、シェルツと抱き合って泣いた。先に済ませていたシェルツの時も同じ様にラシーリアと泣いた……お互いが居なかったら、10代と言う若さで王家に嫁した自分達にはきっと耐えられなかったかもしれない…
それなのに、今のシェルツは気丈である。エルレントに関心を示してもらえる事に全力を賭してくれているから、こちらに来る実害が非常に少なく済んでいる。実を言うと今回の結婚においても、未だにエルレントと共に閨を過ごしてはいないのだ。機会があればその旨の連絡が来るのだが、その様な時にはどうしてかラシーリアの体調が悪くなる。前触れもなく急に来訪して来ても、今度はシェルツの体調が悪くなると言う、グッジョブな対応をしてくれるのだ。そして今朝の様にエルレントがラシーリアのところに来ていると分かると、こうして薔薇を送って寄越してくれたりする。その度毎にラシーリアは初心を思い出し、忘れる事はないのだから…
「ふふふ。シェリーにお花を貰っちゃったわ!」
「ご気分は如何ですか?第二妃王太子妃殿下…本日は慰問が有りますのに…」
「問題ないわ。参りましょう?」
月に一度の孤児院への慰問。王太子妃となったからには国の為にその身を粉にして働くべし、と言うのは実家の侯爵家の家訓である。第一王太子妃シェルツは主に外交やら公的な席へとエルレントと共に出席しているのだから、国民への奉仕はこちらがやるべき事だろう。
ラシーリアは急いで湯浴みをし、身支度を整えた。簡単に朝食を取れば直ぐにも王太子妃宮を離れたいのだ。
前回は、城を出る事がほとんどと言っていいほど叶わなかった。エルレントの対応が余りにも冷たくぞんざいであって、王太子妃と言えど、自分達の意見など自由に通らなかったのだ。当時はそれはそれで問題もなかった。国王が大の女好き…エルレントの母の王妃に加え、側妃は何人もおり、それだけでは飽き足らず侍女に手を出し、登城してくる貴族の令嬢はもちろんのこと、お忍びで町娘には手を出し、視察先でもその騒ぎ…あまつさえ、王太子エルレントの家庭教師にまで手をつけて至る所に子供ができると言う始末……王位継承云々よりも、溢れかえる様に生まれて来てしまった子供達をどう面倒見るかが一時議会の最大関心事にもなったほどだ。その有り余った子供達が慈善事業を大いに頑張ってくれていたおかげで、ラシーリアとシェルツは城から一歩も出る事なく、この世を去ってしまうこととなったのだ…
国王に多数の側妃に愛妾ができてしまった事によって、王太子妃には最初から王妃を二人据える事になった。たった一人の王妃ではこの事態を収集することができずに、現にエルレントの母は一度倒れてしまったからだ。
これは現在も変わらず、女好きの国王ではあるが、周りにいる良くできた重鎮達の監視によってこれ以上エルレントには兄弟姉妹は増えそうにはない。
城から出ること叶わなかったラシーリアにとって、王城を離れ、少しばかり自由に視察ができることはこの上も無い喜びでもある。結婚してから城の中しか知らななった鬱憤を大いに晴らす絶好のチャンスだからであった。
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