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 ルーチェリア…ごめんね?緋香子、ごめんね……


 何に対して謝るのか自分でもよくわからない…けれどもし戻れないとしたらと考えると、やはり口から出てくるのは謝罪の言葉だった。

「アールスト…」

 ルーチェリアは小さく自分の護衛騎士を呼ぶ。暖かな温もりはしっかりと覚えておこう。こう思うだけで身体の熱だけではなく心の底からホカホカとしてくる気がする。

「何です?忙しいのですよ?戯言でしたら聞きません!!」

「アールスト。」

「…………」

 離すまじ、とアールストはルーチェリアを抱く腕に力を込めた。

「アールスト、ゴメンね?」

 アールストの腕に抱かれているルーチェリアは上を見上げる格好だ。瘴気の濁流に集中して意識の大半を持っていかれているアールストに小さく謝り優しく微笑んだルーチェリアの表情が見えたかどうだか分からない。

「何を…?」

 
 ごめんね…?

 
 アールストの銀の髪が煽られ乱される。その瞳は強い意志で前を向き生気に満ちた光は揺るがない。
 
 しっかり目に焼き付けておこう。自分の為に必死になっているアールストの姿を…しっかりと覚えておこう。身体を包むアールストの熱を、鼓動を…覚えておこう……


 バシュウッ………!!!


 次の瞬間アールストはルーチェリアの金の光で、アールストに纏わりつこうとしている瘴気を浄化するその光に包まれてレストール神官長の所まで弾き飛ばされた。

「ルーチェリア様!!」

 流石は騎士である。体勢を崩したものの瞬時に身構え整える。が、瘴気の勢いの方が僅かに速かった。最早暴風の様な勢いでアールストとレストール神官長に襲いくるのだ。

「駄目だ!ルーチェリア!!!」
 
 瘴気の渦の合間からこちらを振り向くルーチェリアの姿が見える。手を伸ばしてルーチェリアを誘導する聖女カナールの方にルーチェリアは手を伸ばしつつ歩を進めて行く。

「くっ………!!!」

 どんなに踏ん張ろうとも、どんなに瘴気を切り刻もうとも、アールストはこの場からは一歩も歩む事さえ出来ずにただ前を向くしかなかった。

「ごめんなさい!アールスト。私が戻らなかったら…手紙は貴方にあげるわ。」


 世界が…終わった…一瞬が永遠にも感じるほど長いのだ。愛しい者が奈落の底に落とされて行くのを永遠に見ていなくてはならない罰とは、どれほどの罪を犯したとというのか……………





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