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 トルンフィス王国に入ったすぐの街でカルンシス公爵家の紋章を貼り付けた馬車が目に止まる。数台に渡る大所帯であるが、それもそのはず、この一行は聖女を乗せてマンル山に向かう道中の一行だと周辺の人々が噂していたからだ。

「へぇ、丁度よかったですね、旦那様。マンル山に登る前に合流できたとは。」

「そのようだな。では、挨拶だけでもしておこう。これ、娘!」

 今日の宿屋に泊まる準備か、馬車からは荷を運ぶ者達が忙しそうに動き回っているのだ。

 その中の一人の使用人と思われる娘に聖騎士アールストは声をかけた。この娘は側付きの侍女などでは無いだろう。見た目にも分かるほどに見窄らしい衣服に身を包んでいる。
 聖女として認められたカルンシス公爵令嬢ルーチェリアには神殿からも専属の侍女が数名派遣されて来ているはずだ。公爵家の者と神殿からの侍女が側付きになるのだからこの娘はきっと下女に違いない。

「は、はい!」

 声をかけられてびっくりしたのだろう。身体を少しびくつかせて、アールストの方に向き直る。

「この馬車はカルンシス公爵家の物とお見受けする。私は神殿より使わされた聖騎士アールストという者だ。この度、聖女となられたカルンシス公爵令嬢ルーチェリア様にご挨拶申し上げたい。上の者に取り次ぎを頼めるか?」

「え……っと、ですね…ご挨拶ですか?」

「そうだ。」

 何も言わずに直ぐに直属の侍女の元に走って行くだろうと思っていた下女は是も非も無く、辿々しく言葉を紡ぐ。

「……どうしたのか?私の身分が疑わしいのか?」

 聖騎士は世界各国で通用する職の一つ、彼らが羽織る朱のマントや真っ白な衣類には聖騎士にしか許されていない紋が刺繍されているのだ。

 だから、疑われるような物は無いはずなのだが…

「疑わしければ神殿から使わされた侍女を連れてくるがいい。彼女達ならば私の身分を明らかにしてくれるだろう。」

「あ、のですね?ルーチェリア様は、もうお休みになったと聞きました。お休みになられた所をご訪問なさってはいけないのでは?」

「なるほど…そうであったか。ご令嬢にも長旅であっただろうからお疲れなのだろう。すまなかった。こちらが礼儀知らずであったようだ。明日、また出直そう。」

「はい。お待ちしております。」

 なぜ、下女が待っていなければいけないのか、待つのならば聖女ルーチェリアだろうが、きっと学も教養も低い下女なのだから致し方ないのかもしれない。

 アールストはそれ以上何も言わずに自分達の宿を探しにその場を離れたのだった。

「すっごい、イケメンだった…びっくりしたぁ……」

 今まで会ったこともないような美男子を目の前にしては動作もきょどってしまうというもの。

「明日、また来るのよね?」

 はて?何の為だろうか?明日の山登りの準備をしていた少女には理解できなかった。





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