[完]蝶の精霊と思っていたら自分は龍でした 皆んなとお別れするのは寂し過ぎるのでもう一度殻に閉じこもりますから起こさないでください

小葉石

文字の大きさ
上 下
65 / 72

65 スルジー男爵令嬢

しおりを挟む
「ここにも種を…!そう、間隔を守ってね?」

 見晴らしのいい丘…晴れ渡った青空に新しく芽吹いてきた新芽の緑がよく映える。その丘一面はよく耕され馴らされてどこの土も柔らかそうだ。

「お嬢様、こんなに沢山の種類を植えちまって良いんですかい?」

 少し小綺麗な格好をしているだけの女性に向かって一人の農夫は何やら訴えている。

「いいのよ!今までの損失も取り戻さなくては。皆んなの分の借金も返せなくなっちゃうわ…!」

 カシュクール国を襲った干魃でもれなくここにも打撃は与えられ…丹精込めて植え、育ててきた花の株という株全てが枯れてしまう大惨事だった。農民を飢えさせない為、家畜を死なせない為に何とか借金をしてみんなが食べられる分の食料と水を確保して……これ以上村人が多かったら、多分この領地では死人が出ていたに違いなかった。余りにも人口が少なく、人の出入りも少ない領地だったから飢えと疫病から免れたに過ぎなかった。皆生き残れたけど、借金は残るのだ。動けるものは総出で次なる投資をしなくてはいけない。

「頑張って!今年は少し無理をしてでも蜂蜜の量を増やさないと…直ぐに花をつける種を中心に何度か撒き直しましょう…!」

 土造りをしっかりして、その土地に合う皆に愛される蜂蜜が自慢だったけど、今回ばかりは背に変えられぬ事態なんだから。

「へぇ…ですが、お嬢様はお嫁に行かれちまうのでは?」

「何を言うの?この地の畑地もまだまだ本調子じゃないのに、お前達まで捨て去って行けと言うの?」

 幼い頃から住んでいた土地だ。農民一人一人の顔と名前さえ全て頭に入っている。そんな懐かしい土地を人々を捨てて?どこに行けと?

「ですが……ルアナ様お婿さん探しにお城へ行かれたのでは?」

 農夫の言う事も最もだが、あれは婿にはならない人だ。なんて言ったって王妃候補を探していたものだったから…国王命令なのだから、こんな貧乏貴族とて出席しない訳にはいかなかった。ただそれだけの為に出席したに過ぎない。それ以外ルアナには全く関係ないものだ。
 ルアナはこの土地が大切だ…皆で育てたこの大地と、花畑……病気にもならずに育ってくれた時などは天から地に向かって感謝の大雨を降らせたくなるほど嬉しいものだった。

「私は行かないわ。安心なさいな。見てみて!やらなくては行けないことが今日も沢山あってよ?お天気が良い内に種を撒き切っちゃいましょう?この子達にも頑張って大きくなってもらわなきゃね?」

「へい!!」

 元気よく農夫は返事をし余った種を小脇に抱えて種まきを再開していった。

 そんな時に、丘の下からルアナを呼ぶ声が聞こえてきた。

「ルアナ様ーー!お嬢様!大変でございますぞ!!」
 
「ん?あれはセスね?」

 ほぼ屋敷内の事を中心に執り仕切っているセスは滅多に畑地での作業はしに来ないのだが…

 珍しいものがあるものね?小首を傾げてルアナはセスの元へと降りていった。

「一大事で御座います!今直ぐ!今直ぐに屋敷にお戻りを!!」

 そして、セスのこんなに取り乱す姿も見た事はない…何か、もう取り返しのつかない事が起こったとか?借金の返済を迫られた?まだ、猶予があったのに?セスの取り乱しようにルアナの顔色も悪くなる。

「何があったの?」

「大変な事が起こりましたです!とにかくお戻りを!!旦那様がお待ちですから!」

「お父様が?お疲れになっていてきっとお昼まで起きなくてよ?」

 何と言っても弱小貴族でありながら、国王両陛下の主催する夜会に数年ぶりに出席してみれば、周囲は高位貴族ばかり…針の筵の様な夜会日程を消化して領地に帰った時には魂が抜けた様にグッタリとベッドに沈んだほどだった。

「いいえ!それを吹き飛ばすほどのことでございますから!」

 何だと言うのか?国王を前にするほどの大仕事をこなしてきた父にそこまでさせる様なことって……?


「ルアナが戻りましたよ?お父様?お母様?」

 この屋敷には家令のセスと乳母だったばあやに村から来ているメイドが一人だけ…こじんまりとしている。玄関から声をかけて二階にある両親の部屋へとルアナは駆け上がって行く。部屋のドアをノックする前に、ドアが押し開けられた。

「きゃっ!」

「おお!すまないルアナ!」

 こんな無作法な事をする父ではなかった。部屋から迎え出たスルジー男爵はまだ寝衣姿で髪も整えられてはいなかった。

「お父様!?」

 父のあまりの姿に気でも狂ったのか、と一瞬疑ったくらいだ。

「貴方!落ち着いてくださいませ!」

 部屋の中には母も居る。その母も普段あげない様な声を上げて父を諫めていた。

「どうなさったの?二人とも…まるで世界が終わるかの様でしてよ?何があったのです?」

 ただ事ではない両親の姿にルアナは知らず身構える。ルアナは父スルジー男爵に手を引かれて部屋の中に引っ張り込まれ、両肩に手を置いてジッと見つめてくる父の目を見つめ返す…

「お父様……?」

 不安そうなルアナに、大きく肯く父スルジー男爵。

「良く、聞きなさい……!ルアナ、お前は選ばれたのだよ?…………皇太子妃に……!未来の、王妃になるのだ!!」
 
 興奮冷めやまぬ、父の声だけが部屋の中に響き渡った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

カランコエの咲く所で

mahiro
BL
先生から大事な一人息子を託されたイブは、何故出来損ないの俺に大切な子供を託したのかと考える。 しかし、考えたところで答えが出るわけがなく、兎に角子供を連れて逃げることにした。 次の瞬間、背中に衝撃を受けそのまま亡くなってしまう。 それから、五年が経過しまたこの地に生まれ変わることができた。 だが、生まれ変わってすぐに森の中に捨てられてしまった。 そんなとき、たまたま通りかかった人物があの時最後まで守ることの出来なかった子供だったのだ。

皇帝陛下の精子検査

雲丹はち
BL
弱冠25歳にして帝国全土の統一を果たした若き皇帝マクシミリアン。 しかし彼は政務に追われ、いまだ妃すら迎えられていなかった。 このままでは世継ぎが産まれるかどうかも分からない。 焦れた官僚たちに迫られ、マクシミリアンは世にも屈辱的な『検査』を受けさせられることに――!?

陛下の前で婚約破棄!………でも実は……(笑)

ミクリ21
BL
陛下を祝う誕生パーティーにて。 僕の婚約者のセレンが、僕に婚約破棄だと言い出した。 隣には、婚約者の僕ではなく元平民少女のアイルがいる。 僕を断罪するセレンに、僕は涙を流す。 でも、実はこれには訳がある。 知らないのは、アイルだけ………。 さぁ、楽しい楽しい劇の始まりさ〜♪

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

兄のやり方には思うところがある!

野犬 猫兄
BL
完結しました。お読みくださりありがとうございます! 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 第10回BL小説大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、そしてお読みくださった皆様、どうもありがとうございました!m(__)m ■■■ 特訓と称して理不尽な行いをする兄に翻弄されながらも兄と向き合い仲良くなっていく話。 無関心ロボからの執着溺愛兄×無自覚人たらしな弟 コメディーです。

狂わせたのは君なのに

白兪
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。 完結保証 番外編あり

処理中です...