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59 レギル王子の書状

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 その後のレギル王子は村々につく前の馬車の中で真剣に考えこむ。


 これを、どうやって父王に伝えたら良いものか……王家の秘宝とも言える精霊との対話が一民にも可能なものだったとは……


 視察が順調に進んでいっているのにもかかわらず、レギル王子の表情は硬い。何かを考えあぐねている様なのだが周りの者達も声をかけられずに時間が過ぎた。

「レーギル…!」

 王族仕様の領主館別館。今夜はもう休むだけと言うところで、リレランが寝台の上に仰向けに寝転んだレギル王子の顔を上からヒョイと覗き込む。今日の視察の村はとても小さな村で壊滅は逃れたものの住んでいた村人は散り散りに親戚縁者を頼って村から出て行ってしまった様だ。緑は戻ったものの、畑地は荒地と化し人々を村へ戻すことから始めなければならない。考える事はここでも山積み…

「……ラン…」

 覗き込まれた瞳の色は最初の頃と全く変わらずに、今もレギル王子を魂ごと吸い込んでしまいそう……

 リレランを見つめるときのレギル王子はいつも表情が柔らかくて優しくなる。

「…どうした?」

「どうしたのはレギルの方だ。ずっと怖い顔をしたままで周りの人間が怯えてる。」

 怯えてる?そんなに?

「…私の顔は、怖いか?」

「今は怖くは無い…優しいかな?何をそんなに考え込んでいるんだ?」

 そっとレギル王子はリレランに手を伸ばす。かつては伸ばしたくても触れたくても、自分にはその資格は無いと諦めもしたけれど。今は、容易くこの腕に抱きとめることができるなんて……奇跡としか言いようがない。

「奇跡は、そんなに起こるものではない、か………ならば、私がこれから見るものは、する事は奇跡ではなくて実現可能な現実だな。」

 ギュッと抱きしめるリレランの体温は暖かい……柔らかさも、その匂いもしっかりと感じられる。

「レギル?」

 なすがままに、抵抗もしないままリレランはレギル王子に身を任せている。嫌だと思えばレギル王子を木っ端微塵にも出来るのに…

「ラン……私に出来るだろうか?」

「…何を?大抵の事はできると思うけど…?」

 何にそんなにレギル王子が迷っているのか、リレランは見当もつかない。

「精霊とのコンタクトを、取れる人物を育てる……」

「ふ~ん…精霊語が身に付いたら大丈夫じゃない?」

 そんなに大袈裟なことではないと思うのに何故かレギル王子は躊躇している。

 リレランはそんなレギル王子をゆっくりと抱きしめた。レギル王子に抱きしめられると卵の中の様な安心感と不思議な高揚感が襲って来る。でも、圧倒的なのは安心感で…リレラン自身も抱きしめ返してあげれば、何かに悩んでいるであろうレギル王子も少しは安心するのではないかと思ったのだ。

 マリーの体温は知らない……人でも動物でもなかったマリーの身体を抱きしめた事はなかったから……

 僕が、抱きしめられるのは目の前のレギル王子だけだ………くっつくのは嫌いじゃない…
精霊達はこんな事は教えてはくれなかったな…

 そもそも精霊に身体はない。触れられる物も触れても体温もない……

「精霊も……知らないんだ…レギルの体温…」

 こんなに気持ちが良いのに…?
 それは酷くもったいない事だとリレランは思う。

「ラン…?」

 レギル王子は確かめながらリレランに触れて来る。自らギュッと身を寄せて来るリレランをあやす様に、怖がらせない様に優しく優しく…レギル王子はリレランの肌に手を這わせて行った。








「なんと書いてあったのです?」

 カシュクール王城大広間は今や華やかな雰囲気で息をつく間も無いほどに賑わいを見せている。

 時期国王オレイン公の伴侶を選ぶために盛大な夜会やお茶会が連日連夜執り行われている。数日後には正式に正妃候補が挙げられるが、それまでの連日夜会に出席しなければならないオレイン公は体力勝負の苦行に勤しむことになる。国王両陛下主催で開かれる夜会であるから、夜会開催の挨拶には勿論国王夫妻も出席している訳だが、開催早々、早馬による書状がカシュクール王の元へと届く。ざっと目を通した国王ギルダインは少しばかり驚きに目を見開いた所を妻である王妃は見逃さなかった。

「レギルからだ……」

「ええ、そうでしょうね?レギルに付けた伝令の者でしょう?貴方が書状にそんな顔で反応するなんて…」

 どんな時にも態度も表情も崩さず的確に指示を出す。自分の夫の目指すべき君主像だ。今宵はそれが大きく外れて顔に驚きを貼り付けてしまっているらしいのだが?

「済まないが、私はこれにて退席しよう。」

「…分かりましたわ。私も下がります。その書状、気になりますから。」

 国王夫妻はオレイン公に目線での挨拶だけして華やかな夜会の席から退出した。



「レギルめ………大それた事を……」

 レギル王子が送って寄越した書状にもう一度じっくりと目を通そうとしているのか、またはそのまま考え込んでしまっているのか、心配そうな王妃の視線にも答えずにカシュクール国国王はただその書状を穴が開くほど見つめていた……
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