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40 消えた王子 2

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「ふ~ん。じゃあ、不本意ならなぜ僕を呼ばない?」

 近くにいるって分かっていただろ?

理解できない、と首をまた傾げている。リレランのそんな姿もレギル王子には何故だか可愛く映る。いや、本当にリレランの外見は非常に綺麗なのだが……

「リレラン……ラン……」

 名前を呼ぶのも、嬉しいなんて不思議なくらいだ。レギル王子はそうっとリレランに手を伸ばしながら言った。

「何度も言うが、私は君に対価を払いに来た。まさか、我が国を救ってくれた対価が、猛獣を殺さないでくれ、で終わるはずが無いだろう?ラン……触っても?あの後、何もされなかったか?」

 リレランが避けないことをいい事に、レギル王子はそっとリレランの頬に触れる。柔らかな、暖かい頬……ゆっくりと撫でたいと思ったが、レギル王子は自分の手が汚れてしまってるのでリレランをこの手で触った事を酷く後悔した。

「僕にどうこう出来るものがいるのなら却ってあってみたいよ?」

 レギル王子の葛藤なんて梅雨知らず、最強の生物である龍ならではの返答に、レギル王子からはクスリと安堵の笑みが漏れる。

「そうか……なら、良かった。では、見張りの兵が気がつかぬ前にここを出よう。」

 長居をしていればまたリレランを人目に晒す事になるのだからレギル王子は気がきではない。

「大丈夫、全員寝てるから…」

「え……!?ランが?」

「そう、僕がやってきた。今すぐに出れるよ?」

 もう行く?と、ちょっとそこまで、的な軽い口調でリレランは聞いてくる。

「そうだな…長居は無用。行こう。」

 牢から出ると、そこここに牢番と思しき男達が皆んな眠りこけていた。無造作に置かれていたレギル王子の愛刀も回収し、寝入っている牢番の横を通って屋敷の外に出れば、やはりそこは領主館だ。館の敷地をぐるっと囲んでいるのは高い塀。人の足では飛び越えられまい。敷地に入る為には屋敷正面にある大門を通らなければならないが、今そこには見張りらしい者達の姿があり、数人の騎士共と何やら揉めていた。

「ここを、通して頂こう!」

「何をするのです!いくら駐屯騎士でも許可なく入る事は出来ませんぞ!」

「許可だと!先程はならず者風情の男共がここから出ていったでは無いか!彼らは良くて、身分も出身もはっきりしている我らがならんとは、お前達こそどう言う了見だ!」

 最早、両者とも怒鳴り合いに発展している。

「あの騎士に、見覚えがある…」

 暗い庭の片隅に隠れながら、様子を伺ってみれば門の外で怒鳴っているのはレギル王子を捕らえる事に反対していた部隊長騎士タリムだ。

「レギルを捕まえない様にって叫んでいた人間だ。良い人そうだね。」

「人間にも色々いるから、ラン、良い人そうでも付いて行っては行けない…」

 レギル王子はリレランを真剣な眼差しで見つめながら言う。暗闇であろうとも龍リレランにはレギル王子の瞳がちゃんと良く見える。レギル王子からしてみればリレランはか弱い守らなければいけない対象に入っているらしかった。

 マリーの瞳の輝きを手放そうと思っていて…今もまたリレランの心の中では早く離れろって警笛が鳴っていても、この瞳だけはどうしてもずっと見ていたい……

「分かっているよ。レギル……それで?どうする?ここじゃ、精霊門は開けないよ?」

 目立つから…でもここにもずっといる事はできない。その内牢屋番達が目を覚ませばまた騒ぎになる。

「ふむ……どうするか…?」

「レギル、乗る?」

「ん?」

 リレランの方に振り返れば、目の前に淡い真珠色の艶を暗闇の中でも分かるくらいに光らせている龍の姿があった。

「ラン…………」

 あぁ、レギル王子が見たかったあの龍の瞳だ……そっと手を伸ばして、リレランに触れる…

 しっとりと、柔らかな、でも暖かさを感じる鱗の手触り…余りにもサワサワと触るとリレランはくすぐったそうに少し身動ぎをする。

"行こう、レギル…ここは落ち着かない"
 
「分かった…済まないがラン。乗せてもらえるだろうか?重かったら、申し訳ないのだが…」

"龍に体重の心配をするのってレギルくらいじゃ無いの?なんなら魔力で飛ばす?" 

 魔力で飛ばすとは……?やった事も、やられた事もどちらも無いため未知の世界だ………

"嘘だよ。人間は物じゃ無いからね、そんな乱暴な事はしないよ"

 なんだか、リレランがクスリと笑った気がした。ゆっくりとリレランは腹這いになる。

「分かった、ラン。ではしばらく君の背中を借りる。」



------------------


 
 牢番が目覚めた後の領主館ではそれは大騒ぎが起こったと言う。

「居なくなったとはどう言う事だ!」

 エルグの怒鳴り声が牢屋の中に響き渡る。

「なんて事をしてくれたんだね。エルグ。先方はもうその気になって前金まで払って寄越したのに!」

「そんなこと言ったって旦那!さっきまで居たんですぜ!」

「探し出せ!騎士を使っても構わん!!司令官に伝えよ!」

「へい!了解しました!」

 その日の内に、レギル王子とリレランの特徴が描かれたビラが街中に撒かれることになった。





「ねぇ…これ、リラじゃないの?」

「………」

 ベレッサの店は朝の仕込み中…ビラを握りしめて店の中に走り込んできたセラに対しベレッサは無言だ…
 
「セラ…悪い事は言わない。黙っておきなさい…もし、何か知っていると知られたらあなたもただじゃすまなくなるわ…」

 ベレッサの表情がいつもの数倍は硬く暗い…それを見たセラはもう何も言えなくなった………

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