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36 拘束

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「リレ……ラン……?」

 レギル王子の目の前の少年はジッと琥珀色の瞳でレギル王子を見つめたまま、この異様な事態にも動じない。顔を隠していたフードは既にずり落ちていて真珠色の艶のある長めの髪が、この黒っぽい霧の中でも艶やかに光っているのがわかる様だ。
 どうりで見つからないはず……レギル王子は龍の姿のリレランを探していたから…

「そう……人間の王子はしつこいんだったな………」
 
 折角人間に擬態して人間の世界に紛れているのに、こうもあっさりと引き合わされてしまうなんて…良からぬ仲間が余計なお節介を焼いてくれているんじゃないかと、リレランは余計な詮索をしてしまいそうだ。マリーが人間に力と魔力を与えた様に…

 この混乱した事態を作った張本人はリレラン自身なのだが……自然の精気の流れの乱れはリレランにとっては気持ちの良いものではなかったからこれはこれでいいだろうとも納得している。ただ、誤算はここに人間の王子が来てしまった事だろう。

「ラン……驚いたな………」

 しばし、虹色の瞳を大きく開けて、沈黙していたレギル王子が大きくため息を吐きながら言葉を紡ぐ。手に持っていた剣を鞘に収めると、リレランに触れぬ様にまた静かにフードを被せた。

「人間の王子はどこまでも来るんだろう?見つかりにくい所に居たつもりだったけど…」

 おかしいな?とリレランは小首を傾げる。

「私は、見つけられて良かった。まさか人の姿になっているとは思わず、龍を見なかったかと聞いて回るところだった。」

 困った様にクスリと笑ったレギル王子の瞳は今も虹色に輝いている。
 
 マリーの気配だ……いつも、僕を愛してくれた……なぜ…マリーは人間に宿った…?

 今は、きっとどれだけ問いかけてもマリーアンヌは答えない…それが、良くわかるからレギル王子には会いたくなかった。にじり寄って答えを貰えるまで問い詰めたくもなる。自分だけにその瞳を向けてもらいたくもなる。人間は、直ぐに居なくなるって、分かってるのにな……

「そんな事したら、人間に変な目で見られるよ?」

 見なければいいか…あの瞳を………

 レギル王子が被せてくれたフードをもっと下へと下げる。

「……夢の中で……君に、触れられなかったのが残念で仕方なかった……瞳の色が、今は違うのだな?」

 レギル王子はヒョイッとフードの下から顔を覗かせた。今度はリレランの琥珀色の瞳が見開かれた。

「瞳の色が違うな?何だか不思議だ……」
 
 今のリレランの瞳は透き通った琥珀色。龍リレランの瞳の色はどこまでも透き通る水晶の様な透明度のある瞳だった。

「人間には僕の様な色はないだろう?だから色をつけてるんだ。」

 ズイッと覗き込んでくるレギル王子からリレランは一歩下がる。

「君に、触れても?」

 あの夢の中で、龍のリレランに触れられなかった…後、少しだったのに…あの、物凄い幸福感をまた味わいたい……

「僕に、触れてどうするの?人間…」

「レギルだ。レギルという名前がある。」

 ここまで来る人間だ。意思が弱いはずはないんだ。今リレランが龍の姿をとっても喜んで近寄ってくる。レギル王子はそんな変な人間……

「……」

「…ラン……?いいかい?」

 リレランもレギル王子も互いに視線を外さない。レギル王子がリレランに望んでいる事は己を食べてくれとかきっとそんなしょうもない事だ。要らないと言っているのに追いすがってくる…本当に、迷惑この上ない……………

 リレランの返事を待たずに伸ばされるレギル王子の手。先程まで剣を持ち、剣だこの有るゴツっとした手でもある………

「……………」

 マリー………君は、どうしてこの人間を僕の前に連れてくるの………



「この霧の元となる魔術士はどこか!!!」複数の馬の蹄の音が聞こえる中、魔術士を呼ぶ声が一段と近くに聞こえてきた。

「…呼んでるよ。人間の避難が終わったんじゃない?」

 伸ばされた手を今度は自分で引かなければならない悔しさにレギル王子は唇を噛む。

「ここにいる!」

「姿を見せよ!!」

 騎士達がいる所から離れてはいないのだが、彼はこの霧の中に入ってくる事には躊躇がある様だ。

 仕方なく、霧から外に出るレギル王子…

「市民の避難は終わったのか?」

 先程の騎士とは違う隊長格の男が新たに騎士一団を率いてこの場に到着したらしかった。粗方報告は受けているものと思われるのだが………

「この者を捕らえよ!!」

「は!」

 周囲には市民を非難せしめようとして走り回る騎士達の姿。まだ完全には全ての民が建物内に避難できたわけではないだろうが、ほぼ森からの誘導は終わったであろう騎士達がチラチラと町に戻って来るのが見えている。
そんな中でレギル王子を捕らえよ、と目の前の騎士は命を下した。

「!?お待ち下さい!!指令!何をしているのです?」
 
 市民の誘導を選択した先程の騎士団隊長タリムがこちらに気がついた。

「この者に、猛獣を扇動した疑いがかかっておる!捕まえて、牢に繋げ!」

「な!!カシュクールの王族ですぞ!!」

 こんな事が知れれば国家問題に発展してしまう。

「王族が我が国に入国した知らせは受けてはおらぬ!連れて行け!!」

「ま、待たれよ!!司令官殿!気でも狂ったのですか?この方はあの霧で猛獣を引き止めてくれていたに過ぎませぬ!扇動などもっての外です!」

「なに、分からぬ。カシュクールは最早滅びに向かっていると言うではないか…猛獣をけしかけて、このアーランを乗っとる算段でも企てたのであろう!」

 今の今まで市民の安全を確保するために、部下に指示を飛ばし走り回っていた騎士は信じられない者を見る目つきで司令官を仰いでいた…

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