上 下
22 / 72

22 復興の兆し

しおりを挟む
 雨が降った。カシュクールに…西の山脈メリル山においては半年以上も一滴の水も降らなかったのに…山の水源を並々と満たすほどの量の雨が降り続いた。同時に東のレガナ山でも降雨が確認された…

「おお!何という……何という……」

 その知らせを聞いた大臣達は朝から泣かん勢いで情況報告に走り回っている。メリル山からもレガナ山からも川の水量も増え、下流を満たしてきていると報告も入って来た。シトシトと降る雨を城内の窓から見つめつつ、ホッと安堵のため息をつくのは国王、王妃両陛下もだ。

「精霊の愛子……今度こそ、この名が国中で轟いて欲しいものだ。」

 大きめのベッドの上で背にクッションをたくさん当てて支えにして座り、王妃と共に窓を見ている王からも憂の色が消えている。色濃く出ていた疲れの色も薄くなりつつあってそれにも王妃は胸を撫で下ろした。

「シェルツェインから伝えられた龍に、あの子は会えたのでしょうか?」

「それは…本人のみぞ知る所だろう。レギルはその後どうだい?」
  
「ええ、旅先で魔力切れを起こし魔術士マーレンを冷や冷やさせたようですけど、帰国後の体調はまずまずとのことですわ。」

 蝶の谷で気を失ってしまったレギル王子であったが、モールの補助もあり無事にランダーン国境沿いにまでマーレンと共に戻ることが出来た。そこでやっと意識を取り戻した王子はマーレンの補助を受け、体調を整えながら国へと帰還した。蝶の谷で別れ、飛んで行ってしまった龍リレランの事をレギル王子はずっと気にかけている様子ではあったが、先ずは王子の身が第一とマーレンは帰国を決意した。レギル王子帰国と共にカシュクール国上空に雨雲が発生し、雨が降り出したのだ。
 王子が雨雲を連れてきた、とレギル王子の帰還を知る国境警備兵の間ではこの慶事に湧き上がってもいる。

「少しでも、あの子の支えが増えますように……」

 王妃は祈るように胸の前で手を組む。今まで何度祈ってきただろうか…幼いうちから周囲に辛辣な言葉も浴びせられたであろうに、王も王妃もレギル王子の前に立って常に庇えていたわけではない。グッと堪えて言い返さず悔しい思いもしてきた。当の本人はどれ程我慢して忍耐してきた事だろう。一国の王子でありながら辛い立場に立たせてしまう事への負い目が王妃には常にあった。

「王妃…苦労をかけて…すまない…」

 ここは、国王夫妻のプライベートルーム。無粋にも二人の会話を聞き耳立てて聞いている者はいない。素直に国王は王妃に頭を下げた。自分が守り幸せにしてやらなければならない相手に、自分と結婚したばかりに要らぬ苦労を強いてしまっているから。国王であっても負い目はある。

「まぁ、こんな事くらい苦労などとは思いませんわ。私には素晴らしい夫と可愛くて真っ直ぐに育ってくれた息子が与えられましたもの。だから、貴方も早くお元気になってくださらなければ嫌ですよ?まだまだこれからこの国はもっと豊になるのですから。ね?」

 今正に滅びようとしていた国だ。雨が降るだけでも復興の希望となる。雨が上がれば各地を視察し、各地の被害状況と疫病の正確な範囲を把握しなければならない。レギル王子達が迷い森から持って帰った物は雨雲だけでは無い。先に帰国したコアットとヨシットが迷い森で採ってきた薬草は疫病に非常に効力を示していると報告に上がっている。

 何に対して感謝をしたら良いのか…国王はしばし目を閉じる。カシュクールは滅びない……再生し、生き続けていける事へ最大限の感謝を捧げたかった。




------------------




「種が!種が撒ける!!」

 雨が降れば大地が濡れ湿り固かった土も柔らかくなる。水が無く、雨も降らない所に種は撒けず、枯れ果てるだけだった畑地が潤い、蘇った。
 雨が上がれば待ってましたとばかりに、夜も明けぬ前から賑わいを見せ始めた農村。手に手に農機具と種を持ちそれぞれの畑に走る勢いで向かって行った。水も、食料もほぼ尽きかけてただ死を待つ者も多かった村にも一気に活気が戻ってきた。ぐったりとしていた老婆は起き出し、溜まり始めた井戸に水を汲みに行き、後を頼むと子供達に言い置いた老いた老夫は重い鍬を担いでいつもの朝のように黙々と畑に向かう。今すぐに食べれる物が取れるわけでは無いが、まだここで生きていけると言う希望は、絶望に打ちひしがれていた国民にとって何にも勝る力になったようだ。

「ほぁ~~大変だったようですなぁ…」

 国が落ち着いたと知るや他国との交流もまた盛り返してくるわけで、カシュクール国にも今まで避けられていた周辺国から商人が行商に来ていた。その目で見るまでは噂にしか聞いてはいなかったがやはり実際に目で見ると長らく続いた天変地異に疫病の爪痕は酷い物であったと偲ばれた。この町の人々がいくらか生きる希望に瞳を輝かせているのが救いだろうか。

「さ、お代はあとで結構!今必要なのは食料かね?まだまだ北の国から運んできますからね、先ずは食べ物の確保をしてくださいよ?」

 馴染みの農家や町の店に行商人は回って行く。そんな姿ややり取りが村や町の其処ここで見られるようになった。

「なぁ、もう大丈夫そうだな?」

 少し小高い丘の上からはヨシットが操る馬が辺りを行き来しながらウロウロとしている。その隣には馬の上に凛と騎乗しているレギル王子の姿が見える。ここにはレギル王子とヨシットの他、他の共の姿はない。だからだろうか?ヨシットは砕けた口調でレギル王子と言葉を交わす。

「あぁ…やっと天候も元に戻っただろうか?」

 見上げた空は本日は晴天。絶好の種まき日和だ…

「なぁ、ヨシット…」
 
「ん?」

「もう少し、貸しておいてくれないか?」

 これ、とは今レギル王子の胸にある迷い森で別れた時のヨシットの妹がヨシットに送ったネックレス…

「…あぁ、別に構わないが?そんなのどうするんだ?」

 スザンカとは幼い時の交流のみでそれ以降は会っていないはず。レギル王子がそんな妹の物を欲しがるとは…?まさか、密かに想いを寄せていたり…?いや、そんな事一言も今まで匂わせたこともないのに?兄であるヨシットの胸中はやや複雑…
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

兄のやり方には思うところがある!

野犬 猫兄
BL
完結しました。お読みくださりありがとうございます! 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 第10回BL小説大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、そしてお読みくださった皆様、どうもありがとうございました!m(__)m ■■■ 特訓と称して理不尽な行いをする兄に翻弄されながらも兄と向き合い仲良くなっていく話。 無関心ロボからの執着溺愛兄×無自覚人たらしな弟 コメディーです。

【完結】両性を持つ魔性の王が唯一手に入れられないのは、千年族の男の心

たかつじ楓*LINEマンガ連載中!
BL
【美形の王×異種族の青年の、主従・寿命差・執着愛】ハーディス王国の王ナギリは、両性を持ち、魔性の銀の瞳と中性的な美貌で人々を魅了し、大勢の側室を囲っている王であった。 幼い頃、家臣から謀反を起こされ命の危機にさらされた時、救ってくれた「千年族」。その名も”青銅の蝋燭立て”という名の黒髪の男に十年ぶりに再会する。 人間の十分の一の速さでゆっくりと心臓が鼓動するため、十倍長生きをする千年族。感情表現はほとんどなく、動きや言葉が緩慢で、不思議な雰囲気を纏っている。 彼から剣を学び、傍にいるうちに、幼いナギリは次第に彼に惹かれていき、城が再建し自分が王になった時に傍にいてくれと頼む。 しかし、それを断り青銅の蝋燭立ては去って行ってしまった。 命の恩人である彼と久々に過ごし、生まれて初めて心からの恋をするが―――。 一世一代の告白にも、王の想いには応えられないと、去っていってしまう青銅の蝋燭立て。 拒絶された悲しさに打ちひしがれるが、愛しの彼の本心を知った時、王の取る行動とは……。 王国を守り、子孫を残さねばならない王としての使命と、種族の違う彼への恋心に揺れる、両性具有の魔性の王×ミステリアスな異種族の青年のせつない恋愛ファンタジー。

処理中です...