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11 龍と蝶

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"僕、飛べないの?"

 産まれて、正しくは孵化してから間もないリレランは最初の挫折を味わう…頭上にはヒラヒラと蝶のマリー…虹色の光を振り撒きながら喜びの声を上げて歌い続けている。

"まだ幼いからよ、ラン。大きくなれば大丈夫!ラン…あぁあなたの中には希望が詰まっているのね?なんて綺麗なのかしら…"

 リレランの周りを飛びながら、マリーアンヌは賛辞を歌う。軽く、高く、朗らかに…

"あぁマリーの声だ…卵の中でずっと聞いていたマリーの歌…僕、目の前で君を見たかったんだ。"

 水晶と見紛う様な透き通り光り輝くリレランの瞳は、眩しそうに細く窄められマリーアンヌをひたすらに追っていく。

"皆んなと同じ蝶だと思っていたのに…何故僕だけ違うの?"

"貴方の仲間は少ないわ。だから私達が預かっているのよ…ラン、貴方が寂しくない様に、世界を正しく見れる様に…"

 マリーアンヌは世界と言った?僕の世界はここだけだ。寂しい中から僕を引き上げてきた君だけだ…他はもう要らないよ。

"マリー、僕はここに居る。皆んなと一緒に"

 幼い龍リレランにはそれで十分だった。本当の母は知らない。家族の愛情も…最初からここに置かれて蝶の皆んなを見てきた。皆んなが家族。この蝶の谷の蝶達がずっとずっとリレランの家族で全てだったから。

"違うわ。ラン…貴方も飛べたら良かったのだけど、一緒に飛べたら良かったのだけど……"  

 マリーアンヌの悲しそうな声は嫌だ。

"大丈夫!直ぐに大人になるよ!みんなの様に羽ばたいて直ぐにマリーに追いつくよ。だからマリー、悲しそうな声にならないで!君を悲しませたくはないんだ!"  

 幼いまだ柔らかい身体を起き上がらせて、まだ乾ききらない羽を広げて、リレランはグッと背中に力を入れる…しかし蝶は舞い降りて、フワリ、とリレランの幼い鼻先に留まった。

"ラン。私の大切なラン…蝶は世界で羽ばたくわ。だから貴方に知りうる限りを教えてあげられる。ラン。大好きよ…無理に貴方に押し付けたくは無いわ……でも、貴方が心から幸せに笑っている姿を、私はどうしても見たくなってしまったの。"

 大好きなマリー、君は何て軽いんだろう?まるで僕の上に乗っていないみたいだよ?もっとぼくに乗っていいんだよ?
 心から言いたい…

"僕も君が大好きなんだ。"

"ラン…世界を見るのもいいものなのよ?貴方も感じるでしょう?世界中を、龍の貴方になら造作も無い事だわ。"

 リレランがマリーアンヌが言う世界を見る事、これは卵から出るよりも容易かった。腕をあげるのと、尻尾を動かすのと、羽を広げるのと同じ様に意識せずとも手に取るように分かってしまう。けれど、そこまでだった。興味は持てない。今目の前に大好きなマリーアンヌが居るのに何故雑多に蠢く世界中を見続けなければならないのか、それがわからない…

"ラン…目を逸らしてはダメ….貴方にならできるのよ…私達と人とを繋ぐ貴方なら…昔に貴方の仲間はほとんどが滅びてしまった…だから、もうそんなに寂しい思いをさせたくは無いの…ラン。大好きよ…"

"僕こそ!大好き!!マリー大好き!"

 リレランの心はマリーに夢中だ。寂しかったリレランの心をあっという間に蝶の精霊マリーアンヌは埋めてしまったから。

"ずっと、ずっと寂しかった!だからマリー、側にいて?僕が大人になって飛び立てるまで、今度は僕が世界中を君にプレゼントするんだ!"

 キュ~~~~イ、キュウ~~~~と、蝶の舞と歌に合わせて子龍の歌は響く。産まれ出てから一番幸せで、心が満ち足りてホカホカした。

 歌いながら更にパールの様な輝きを増すリレランに、マリーアンヌは一層優しく語りかける。

"大丈夫よ。ラン。貴方なら大丈夫…私の誇り!貴方が羽ばたいて大空を行くのが目に見えるようだわ……あなたに、とっておきのプレゼントを用意して行くわ…大好きな、ラン…"

 ある日、マリーアンヌはそう言い置いて、動かなくなった。日が登った時よりリレランのまだ小さな足元に降り立ち、力なくゆっくりと羽を動かすだけだったマリーアンヌ。リレランの声にもゆっくりとけれど優しく答えてくれていた彼女は、そう言った後に柔らかい笑顔と共にハタリ……と倒れ動かなくなる。
 
 キラキラと光が彼女を包む…彼女と同じ色をした光は音もなくスゥッと空へ吸い込まれて行く……幾度となくリレランが卵の中で見てきた事。

 蝶の寿命は短い。一夏を超えられたらば長寿だろう…何度も見て来たのに、こうやって皆んな居なくなって又産まれて来ていたのに、マリーアンヌにも同じことが起こるとは思っても見なかった。

 マリーが居ない……マリーが………
優しく僕を呼ぶ声も、綺麗に宙を舞う姿も、声高く美しい歌声も、どれだけどれだけ呼びかけても答えてはくれない。宙にも見えない。優しく笑いかけてくれる柔らかな笑顔も、励ましも、全てを支えてくれた暖かなあのマリーはもう居ない……………

"マリー、マリー………僕のマリー……どこに居るの?僕のマリー………!!"

 キュゥゥゥゥゥ~~~~~~……

 子龍リレランの細くか細い美しい声はその日何時迄も蝶の谷に響き渡っていた…

 精霊は完全なる消滅はしない。巡り巡って又世に現れる存在だが、マリーアンヌのあの虹色の輝きを持って産まれて来たからと言って彼女の記憶を持っているわけでは無い。

 彼女の色を見ても、ただ寂しい…ただマリーに会いたい…切ない思いが募るばかり…ここにいても、虚しい時間がただ過ぎるだけだ。
 
 マリーアンヌしか心の拠り所が無かった子龍リレランは寂しさに耐えられなかった。そして何度会っても記憶が無い精霊の後を追うのをやめた。そして、せっかく必死に孵化して来たのにもう一度眠る事にした。卵を作るなんてリレランには容易いこと。自分の身を小さく丸めて、卵の中に籠もった。お節介な蝶に起こされない様に〈起こさないでください〉と精霊後で丁寧にきちんと書いた看板を立てて……

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