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67 王太子妃の日常 1

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 ルシュルト王太子にただ側に居てくれ、と言われてしまったサラータ王太子妃の朝は早い… 実家が商売をしている家であったから家の者達の朝も早く、それに慣れているサラータも当然の様に早くから目が覚める。

 王城の住人になった当初、自分が何をすれば良いのかとんと見当もつかなかったサラータだが、数日もすれば日課にも慣れてくるものだ。王太子妃として国王から課せられた事は、まずは諸侯の顔と名前を覚える様に、そして王宮での礼儀作法に催し事に慣れる事、であった。その為の教師としてベストク公爵令嬢シェリンが当てがわれる事が告げられた。
 
 人の顔と名前を覚える事、これはサラータにとって不得意では無い。要はお客様の顔と名前を覚えるのと同様だ。





「それで、こちらの方のお好みは分かりますか?」

「はい?好み、ですか?」

 今日も午前の早い時間だというのに、ベストク公爵令嬢シェリン嬢は隙のないほどの身だしなみと所作で王太子妃サラータの前に挨拶をしたものだった。
 今は二人向かい合って席に座り、諸侯の絵姿が書かれている冊子数冊を前に、先ずはこの方を、とシェリンが名前を上げて拝領地の説明をしだす。質問を受け付けようとしてサラータから出たものが領主の好み、だった。
 商人ならば当然なのだ。顧客の嗜好を逸早く察知する事、需要を把握した者が顧客を制する。だから諸侯の名前と共に、好きな物や趣味趣向等を書き加えていこうとサラータはやる気満々でペンを持つ。

「…王太子妃殿下。非常に意気込みに溢れておいでなのですね?素晴らしい姿勢だと思いますわ。」

 少し、シェリンは驚いでいる。初めてサラータを目にしたのは、急遽、それこそ後付けの様にされた婚約者発表と、婚約の儀が合わさった様なあの晩の舞踏会場でだ。シェリンは内心喜んでいたのだ。これでもうお妃になれと周囲からの声を聞かなくてもよくなるのだろうと。だからお世辞にではなくて、本心からお祝いを述べようと王太子とサラータの前に出た。
 シェリンが見たサラータは銀の髪に灰青の瞳、肌が透けるように白く、全体的に儚く可憐で、妖精の様に見えたのだ。

(こんな方が……?)

 お祝いを述べにきたのだから本心からの言葉を述べたが、シェリンは一抹の不安も覚えた。可憐に微笑んでいる目の前のシェリンは、これからの王城での生活に耐えられるだろうか?見た目と同じ様に、性格も優しく、儚なく、弱かったなら、きっとあの様な陰口の中では耐えられないのではないか…
 
 綺麗で完璧な礼を取るシェリンの視界の片隅に、護衛役であるハダートン卿の姿も見えた。流石は祝いの席である。正装に手抜かりはなく、シェリンには正面の二人よりもハダートン卿の姿が輝くように見えてしまって仕方がなかった。

(お久しぶり、ですこと……)

 こんなに間近に合間見えたのはいつぶりであろうか。決してハダートン卿の視線はシェリンとは絡まない。彼は護衛対象であるルシュルト王太子から一時も目を離さないから。それ以上の熱がその視線に篭っている事も、シェリンにはいつしか分かってしまっていて…会えて嬉しいのと、やはり王太子妃になどならなくてよかったと最大限の安堵が胸を満たしたものだ。

 久しぶりにシェリン自身の胸の高鳴りを実感した所で、王からの要請を受けたシェリンはあの舞踏会後初めて会うサラータ王太子妃について、今までの自分の考えが大きく間違っていた事を目の前で見せつけられている。

「ええ、ただお名前だけ覚えようとしても覚えにくいのです。何か特徴があれば覚えやすいですし、楽しいですわ。」

 貴族と王族の関係を良好に保つためにはまず、両者がよく相手を知るところからだろう。その第一歩のお勤めを楽しいと言う王太子妃サラータの一面を知れば、儚いだけの王太子妃ではない姿にシェリンが感じていた不安は跡形もなく消え去っていった。















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