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7、少女が住むオアシス 1

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 シショールは長年冒険者として活動してきたが、精霊を見たのも、また使役している者を見たのも初めてであった。

「はい。私のお友達です。」

 ニッコリとサザンカは優しい笑顔でフーと呼ばれた精霊に手を伸ばす。フーもいつもの事なのだろう。伸ばされた主人の掌に自分の頬を擦り付ける様にして親愛を示している。

「驚いたな…初めて見る…」

「フフ…そうでしょうね。」

 サザンカは訳知り顔で困った様に笑って見せた。

「この子は特別なんです。昔から我が家に居てくれた子で…大切な、大切な家族とも友人とも…なんて言って良いのかな…掛け替えのない存在なの。」

(私も、サザンカが大切よ?だからここにいるのです。)

 精霊が人に懐くなど聞いた事がない。懐きも服従もしないから使役できる者が居ないのだと聞いた事があるくらいだ。

「そうか…それは、分かった…で?ここの住民は他に何人居る?」

 昨日から聞こえていた話し声はこの二人で間違えはないだろうが、流石にランカントのこの地で二人で生活してきたと言うのには無理がある。目の前の者は、まだ少女なのだ。親は?兄弟は?まさか配偶者がいる?人間一人なんて考えられない。

「………ここには、です………」

 何とも言えない苦笑を浮かべてサザンカはシショールを見つめ返す。


 訳あり、か………


 シショール自身も大いに訳ありである。だから彼女達に何かがあって、何かを背負っていてもおかしいわけではない。少しだけ不憫には思うぐらいだ。

「問題は無いのか?あんた達だけで…?」

 女と精霊の暮らしだ。何かと不便な事があるだろうに。

「いいえ?全く…!」

 サザンカはサッパリ、キッパリとそう答える。表情を見るに本当に困っていなさそうである。

「そうか……?」

 こんな地の果てに追いやれる様に暮らしているのに…


 健気なものだ……


(それはそうと、お客人。をおいそれとここで抜かない様に…!) 

 フーが少々厳しいだろうと思われる声を出す。どうやらフーはタガーの様な金属でできた装飾品やら、武器が苦手らしい。シショールの手には、先程サザンカから渡されたダンジョン土産のタガーが細かい意匠の浮き出る鞘に収められて握られていた。

「…むやみやたらに振り回すつもりはないが、これが無かったら俺は今頃は命を落としていた……」
    
 言わばシショールの命の恩人でもある。

(嫌な事!そんな事をいうものだからがつけあがるのです!)

「は?」

(にも付いているんですよ、精霊が!)

 意味がわからん、と首を傾げたシショールに、精霊フーは物凄く嫌そうな顔でそう言うと、フッと消えていってしまった。

「あの、フーとの相性がどうとか言ってましたよ?」

 シショールのタガーと精霊フーは相入れない関係性であって、どうやらフーの方が毛嫌いしている様なのだ。

「そうなのか?俺には全くわからないし、何も感じない…」

 ダンジョン攻略土産として持ち帰り、使い勝手と見目が非常に良かったから常に持ち歩いていたに過ぎない。そのお陰で王城では取り上げられず、蛇に襲われたあの時には命拾いしたのであるが…

「私も、それに宿っている精霊と話した訳ではありませんけど、ちゃんと貴方を守っていた様ですね?」

 地中蛇の首を切り落とした際、タガーであれば到底できない技だった。しかしここに宿っている精霊が力を貸してくれたのだとしたら、納得がいった。

「守ってくれたのか…」

「とても大切に使われていると感じましたから。それも喜んでいるのがよく分かりました。」

「……悪かったな…」

「何がです?」

これタガーの手入れをしてくれたろう?」

 実際、意匠の細部の隙間まで綺麗に磨き込まれていて、シショールが持っていた頃よりも美しいくらいだ。

「いえ…しっかりと握りしめておられたので、大切な物なのだろうと思ったからです。」

 サザンカはシショールをしっかりと見つめ返す。

「助かった…助かったついでに申し訳ないが、少しだけ食糧を分けてはくれないか?ここを出る準備をしたい。」

 シショールはタガーを腰に挿し、身だしなみを整える。この地は砂漠にポッカリとできたオアシスなのだろう。非常に助かったが、シショールの正直な気持ちとしては、逸早くここから出たい、であった。

「それは………」
 
 シュンとサザンカの顔が項垂れる。

「どうした?俺が居たのでは、お前の食糧も尽きてくるだろう?」

 本当はシショールが、女々しい事にサザンカの瞳をもう見たくないからなのだが…

「いえ、食糧はフーが管理していますから、何とでもなります。けれど……」

「何か問題が?」

「魔法、使えないのでしょう?」
 
 不安そうなサザンカの顔…ピンクの瞳は不安に揺れていて、最後に意志の強いきつい光を放っていたエミーリアの瞳とはまた違う柔らかい光を宿している事に気がつく。

「それが……?」


 どうでも良いだろう?どうせ、追放の身なのに…


 なのに、エミーリアと同じ瞳の持ち主は物凄く悲しそうなのだ。

「こっちに……」

 クルリと方向を変えたサザンカは、シショールについてくる様に促した。少し歩けばゆるやな丘が上へと続いている。オアシスだけだと思ったのだが、丘にも更に高台になっている場所があり、登り切るとオアシス周囲の切れ目がはっきりと見える。夜になれば夜空には満天の星が望める様な素晴らしい見晴らし台だ。
 オアシスはシショールが思っていたより少し大きく見える。よく見ると、オアシスの領域を超えた瞬間に砂地が広がり、まるでオアシスと荒廃地をバッサリと分け隔てている様にしか見えずに違和感を感じる。

「分かりますか?」

 サザンカは何かを指して聞いてくるのだが、いかんせん、シショールの中の魔力を一向に吸い出すことすらできなくなっている。周囲を探査したくてもできない、もどかしい状況であった。

「何がある?」

 イライラとした感情を押さえつけて、シショールは根気よくサザンカに確認をとった。

「このオアシス周囲に、フーの結界が張ってあります。」
 
 あぁ、そうなのだろうと思われる回答が返ってきた。

「ここに住むことはできるけれど、ここから出る事は……」
 
 サザンカはこの先を言い澱む。ここにサザンカは。この事実からサザンカもシショールの様にこの荒地ランカントの奥へと自分できたのだろうが、それでも出て行くことはできないと言い澱む。

「何故だ?」

 シショールはもう十分その理由は分かっているだろう。地中蛇に襲われた時点で納得がいったのだから。

「あれを見てください…」

 サザンカの細い指が指し示す所には砂柱が上がる。

「…!?……蛇か!?」

 シショールを襲い、シショールが首を落とした地中蛇の仲間と思われる。近場で見ていた時は必死で回避することばかりに頭を使っていて、蛇がどんな姿をしているかなんて良く覚えてもいない。それらは通常のベビが巨大化した様な単純な姿ではない。ここからでは白っぽく見える鱗に覆われた細長い身体に、獲物が目の前にでもいるのだろう、限界と思われる首の方まで裂けた口を大きく開けて、もう一度砂地へと突っ込んでいく。大きく開いた口の上に、紫の眼球が4つ見え、そしてその蛇の尾には、薄くヒラヒラとした尾鰭が尾の左右と先端に靡いているのが見える。あの尾で砂を掻き、物凄いスピードで獲物に齧り付いていた様だ。

「シショールさんが来てから、あの様に興奮しているのです。ここは見つける事ができないからきっとイライラしていると思う。」

 それは普段よりも攻撃性が上がっていると言う事だ。ならばいまはここを出るべきではない…分かっているのだが……

「だから、少しだけ考えてください。体調が戻ってから準備しても良いかもしれませんよ?」
 
 サザンカはシショールの身体の事を心配してくれている。少しだけ休んで食事もしたが、確かにボロボロにされた状態だったから、休養はしっかりととるべきだろう。なによりも、シショールの中の魔力封じはしっかりと定着してしまった様で、微かに漏れ出ていた魔力すら、今は掬い上げる事ができなくなってしまった……
















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