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3、荒廃地ランカント 1

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 闇雲に転移を使った………生きる為に、今自分が持てる全ての魔力を叩き込んで…

 目を開ければ周囲にはかつての仲間達は居ない。安定もしない魔力から繰り出した転移の為、成功するかどうかは賭けだった。が、どうやら魔法は上手く発動してくれた様だ。

「ここは、どこだ…?」

 周囲は先程と変わらない、砂地に岩場が続いている。砂埃を纏った乾いた風の匂いも変わらない。ならばランカントの地のどこかと言う事になる。

「……無理か……」

 ちっとシショールは舌打ちをした。周囲を探索しようにも自分の魔力の源にはガッチリと蓋がかけられていてびくともしないのだ。シショールはザッと砂を巻き上げ立ち上がる。幸いな事に身体には何処も異常はない。けれども、アレンの剣を逃れたと言って喜んでばかりは居られない。ここにはシショールの愛刀も無く、魔法具も無く、食糧も水も無い。そしてきっと自分がいる場所は死の大地と言われているランカントの奥地であると思われるからだ。今無事であっても、これからは飢えと渇きと、魔物の襲撃が待っているはずだからであった。

「ふぅ………」

 大きく息を吐いて、気持ちを落ち着ける。パニックになってしまっては生き残れる時間がただ減るだけだからだ。行動はゆっくりと、直射日光を避け、出来れば水源を見つける………

「はっ……生き残れる、気がしねぇな?」

 シショールが持つ物は自分の主力となる魔力が封じられた身体と取り上げられずに腰に下げたままの遺跡から持ち帰った古代のタガー一本のみ……大型の魔物が出たらこれでは太刀打ちできない。シショールは岩場を見つけ、身を隠しながらタガーを握りしめて目を瞑る。

 何がどうなって、こうなったのか……恋人に裏切られ、仲間とも友とも思っていた者達に命まで狙われる…そんな事を、そんなに恨みを買うほどの日々を過ごして来たのだろうか?

 自分はスイリロット国周辺の竜退治に冒険者の一人として参加した。それだけだったはずで、冒険者としての立場を逸脱する様なそんな大それた事を求めたことはないはずだった。叙勲だとて武勲を上げれば一平民にも与えられる国からの列記とした褒章の一部だ。何も違法な取引でもなかったはず。

「エルリーナ………」

 目を瞑っていても、真っ暗な眼前には滑らかで艶やかな紫の髪がゆっくりと流れて行く。吸い込まれて、蕩けてしまいそうなピンクの瞳に、甘い声…柔らかな身体を抱き締める時にはいつも欲望とは違う安らぎも覚えたはずなのに…あれは、全て幻だったのだろうか?それとも、最初から何もかもシショールを偽って?

「エルリーナ…!」

 一緒になる事を今か今かと待ち望んでいたのはエルリーナも同じではなかった…?エルリーナはあの細い肩を抱かれる事を、シショールでは無い他の男に嬉々として許していた。
 婚約指輪も作った。新居にも目星をつけて……あんなに婚礼の衣装を楽しみにしていたじゃないか……!?あれも全て演技だった…!?

 ギリィ……シショールの噛み締めた奥歯から音が鳴る。声は立てずにグッと堪えても、ギュッと閉じた瞳からは熱い雫がこぼれ落ちてくる。乾燥地帯のランカントでは水分を少しでも失いたく無いと言うのに……


 いいか…………


 もう、いいか……国にも、友にも、ましてや婚約者にも惨めに捨てられたのだ。どうにか生存しようと動いてみるものの、どうあがいてもここから抜け出せから無いだろう事も分かってしまうのだから。
 こんな時は自分が孤児であって良かったと思う。残して行く親も子供も居ないのだ。後世に残す大層な言葉も財産もある訳では無かったが、帰らない家族を思って泣き続ける者がいない事は、そんな彼らの姿を思って胸を痛める事もないと言うことで良かったと思おう。

 ゾリ……ゾリッ……ゾゾ………

 膝を抱え俯くそんなシショールの耳に、何かを引きずる様な音が聞こえてくる。ランカントに来てからは悪戯に砂を巻き上げる風の音ばかりで、直ぐにその音が異質な物であるのに気がつく。シショールは岩肌にピッタリと身を付け、音の出どころを探ろうとする。生きる事を半ば諦め掛けている中でも、冒険者の性がこの身を守ろうと動いてしまうのはもう条件反射の様なものだった。
 重い物が引き摺られる様な音……魔物がいるこの地では十中八九魔物であろう。

 そっと音の方を覗くシショールの目には街中では決して見られない様な大型の蛇のシルエットが飛び込んでくる。


 蛇の魔物か!?


 タガーの柄を握り直して、更に意識を集中させる。魔法が使えたならば、あの蛇の攻撃範囲外から狙い撃ちにするところなのに…今はジリジリとした緊張感の下、ただ相手の動きを確認する事しかできないでいる。
 その蛇の動きは緩慢だった。ズズズとゆっくりと移動しているのだが、蛇にしてはシルエットがおかしい……

「双頭の、大蛇?」

 何と件の蛇は灰色の体躯に立派な二つの頭を持つ大蛇だった。それも片方の頭は巨大な体躯の魔物を咬えている。それが本日の双頭蛇の食事なのだろうか。ゆっくりとではあるが獲った獲物を重そうに引き摺りながら移動していたのだ。


 咬られている方の魔物なら食べられるか…?


 水も食糧もないこの地では、咬られている魔物が素晴らしい食事候補に見えてくるから不思議である。シショールの魔力はすっかりと枯渇して、今は小さな火すら起こす事ができないでいると言うのに………

 ズズ……ズリィ……ズゾゾゾ

 シショールが隠れている岩場の前を大型の双頭蛇が通り過ぎようとしている。


 デカイな…………


 知らず、冷や汗が背筋を伝う……タガー一本で立ち向かおうとする相手ではない。

 ゾバァァァッ!!

 目の前で起こった物凄い揺れと地響きにシショールの体勢は一気に崩された。

「!?」

 何が起こったのかと周囲を確認した時にはもう既に双頭蛇の片側の頭が、きっと地中から出てきたであろう別種の蛇の魔物に飲み込まれて行く所であった。
 
 ゴキュゴキュと休む事なく双頭蛇は飲み込まれて行く。バキバキ、べキィ……骨の軋む音と折れる音が辺りに響き渡る。双頭蛇の片側は頭をもたげていた方向とは反対に折へし曲げられ、地中の蛇に飲まれて行く。ベシャベシャと地に降り注ぐ蛇の血液の匂いにはむせかえるほどだ。

 ドシャ…鈍い音がして双頭蛇が咥えていた魔物が地表に落ちた。


 勝てる気がしないな……


 双頭蛇の大きさもかなりのものだったが、その双頭蛇を軽く飲み込んでいく地中の蛇は双頭蛇の上を行く。魔力を封じられているシショールには万が一でも勝ち目がないのは目に見えている。その巨体にも拘らず俊敏な動きには目を見張るものしかない。


 どうする…?


 嫌な汗が止まらない…身体の中の水分を無くしたくはないのに、既に背中はじっとりと湿っている。シショールが生き残りたいのならば絶対に地中の蛇に見つからない事だ。だが、双頭蛇の様に砂地を移動していてはきっと歩く振動で地中蛇に伝わるだろう。

 
 岩場を渡る?


 それであっても双頭蛇よりも更に身体の大きな地中蛇には無駄な事と思われた。蛇の視力はどれほどのものかわからないが、視界が広がっている場所では岩場を離れた場合隠れる所さえ見つけるのが難しくなる。結果、このままここで地中蛇が居なくなるのを待つしかないのではないか……

 ゴキュゴキュと飲み込む音は休む事なく、地中蛇は難なく双頭蛇を飲み込んでしまった…


 終わったか……?


 シショールの全神経は未だに地中には戻ろうとしない地中蛇には注がれている。

 だから気付くのが遅くなった……

 シショールの足元の砂地が少しだけ撓んだと思った時には、シショールは既に空中に吹き飛ばされていた。

「……!?」

 悲鳴をあげる間も無く、大量の砂と隠れていた岩場諸共空中に舞う。何とか空中で体制を立て直してみれば、先程シショールがいた場所には新しい地中蛇が勢いよく躍り出ているのが見える。

「…!?」

 一気に飛び出た地中蛇は、そのまま大口を開けながら魔物が倒れていた地表へと突っ込んでいき、魔物と砂とを共に飲み込んで地中へと消えて行く。
 シショールは地表に叩きつけられる前に受け身を取り、身を低くしながら素早く体勢を整えた。もうもうと立ち煙る砂埃は丁度いい隠れ蓑になってシショールの姿を隠してくれる。しかし、シショールが助かったわけではない。新しく出てきた地中蛇は双頭蛇が落とした魔物を喰らいたかったのだ。それだけで腹一杯になってくれれば良いが、まだ足りないと言うのならば次に狙われるのはシショールだろう。

「…!」

 
 どこから来る?どっちが最初だ!?


 地上に出ている双頭蛇を飲み込んだ地中蛇か、未だに地中から出てこないいるかわからない他の蛇か、魔物を飲み込んで地中に潜ってしまった新しく出てきた地中蛇か?シショールは冷や汗で滑りそうになるタガーを必死に握りなおした。








  














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