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2、魔法剣士の追放 2

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「あぁぁぁ……ぁぁぁあああ!!!」

 大の男の絶叫が謁見室に響き渡った。大勢の魔法使いの魔封じにも抵抗を示し、一向に魔封じが完了しない事に痺れを切らしたエルリーナが魔法使い達の魔封じに補助を加えたのだ。必死に抵抗していたシショールに無慈悲にもトドメを刺したのである。

 フッと消える金の魔力とドサリと頽れ倒れる体躯。シショールの魔力封じが完了した。

「捨て去れ!」

 威厳ある王の声が室内に響き渡る。これでシショールの行くべきところは決まってしまった………


 スイリロット国北側に広がる荒れ果てた大地ランカントは、奥へと行くほどその地が呪われでもしているかの様に大地が朽ちて行く。石と砂と乾いた風…枯れ枝でもあればいい方で、到底生物など生きて行けない地となって行く。その為その地の果てを未だかつて誰も見た事がない不可侵の地ともなってしまっている。そんなランカントへと質素な馬車が数名の騎士に守られて奥へと進んでいった。その後ろから数台の豪奢な馬車が後を続く。
 
「変わりないか!?」

「はい。目は覚めている様ですが、おとなしいもんですよ。」

 質素な馬車の中には重罪人が収容されていて、まさに今日追放刑を執行されようとランカントの地に入ってきたのだ。

「油断はするなよ?なんと言っても国を売ろうとしてきた奴だ。何を言ってくるかわかったもんではない!」

 この護送を担当する指揮官らしき者は馬車の中の人物をかなり危険視している。魔封じがされているとは言え、剣の腕は鈍っては居ないだろう。腕や足の腱を切ってしまっているのならばまだしも、ここに乗っている男はどうやら五体満足の様なのだ。警戒するに越した事はないのである。

「はっ!」

 忠実な騎士達は指揮官の言葉を守り、男の口車には乗らないとばかりに気を引き締めた。

「…………………」

 カチリ………

 足元で小さな音がして、望んだ結果をもたらしてくれたことをシショールは知る。粗末な立て付けの悪い馬車の中、不自由な身体で身を起こす事さえ一苦労した。両手両足の腱は無事だが、やっとのことで身を起こしても案の定魔力の発動が一切できないでいる。まるで身体の奥の奥に硬い岩盤でも押し込まれたかの様に、ガッチリと魔力を抑える封印がかかってしまっていた。しかしだからといって、このままでは確実に逃げる前に元の仲間達に殺されるだろう。彼らは外国から賞金首となっているシショールの死を望んでおり、今日まさに実行しようとしているのだから。

「……くそっ……!」

 魔力を封じられていようとも、生まれ持ったスキルは生きていた。これだけであっても手足が十分に動くのならば生存率は上がるだろう。

  
 どうしてこうなった?何をどこで間違えたならば恋人と仲間達に裏切られ、命を狙われなければならなくなるのだろうか。
 今の自分にある物は、生まれ持ったスキルと身につけている真新しく仕立てた衣類に、ダンジョンの最下層から持ち帰った護身用に持ってきていた細かい装飾がされたタガー一本のみだ。剣士であるのに王城に上がる際に愛刀は取り上げられてしまっている。たったこれだけで、人も動物も植物も虫も生きていけないランカントへと追放されるのだ。

 絶対に生きていけるはずが無い…そんな状況下でもシショールは生きる為にもがいている。
 どうあっても、このまま他者が望む様な最後を遂げてやるなんて胸糞が悪すぎる。今もシショールの腹の奥底では自分の魔力が燻り、外に出たいともがいているのに……だから、自分ももがく事にした…自然であろうが、殺されるのであろうが、自分の命が尽きるまでもがき続けようと……

「出ろ!!!」

 ガタンと乱暴に馬車が止められる。乾燥した空気に変わってきたと思ったら、どうやらランカントの奥へと入って来ていたらしい。
 乱暴に扉が開けられ、横柄な騎士が顎をしゃくってシショールに早く外に出ろと指し示す。

「フ………」

 苦笑しか出てこない…転がされ、手足にはガッチリと枷が付けられていてそんなに早くは動けないのに。降りようとしたところで腕を引っ張られ、シショールは乾いた大地へ転がることとなった。

「ウプ……」

 乾いて舞い上がる土煙は口の中で嫌な味を広げて、乾いた喉に追い打ちをかけてくれる。

「さあ、偉大なる魔法剣士よ!其方に告げられたのはこの広大なランカントへの追放だ!心して王からの拝命を受けよ!」


 拝命……?都合のいい…厄介払いだろう…?


「ランカントが最後とは…あの竜の群れを叩き潰した時を思い出すな?シショール?」

 豪奢な馬車から降りてきたのは聖騎士アレン、神官長オゼルスだ。エミーリアはいないらしい………二人共自分の得意の得物を持ち、いつでも戦闘態勢に入れる様にと抜かりない。王城で宣言していた通りに、シショールの首を報奨金目当てに差し出すつもりであるらしい。

「これより、反逆者シショールは王命によりランカントへと追放とする!!」

 国王の命はここに成った。今から後、シショールはと言う王国からの守りがなくなる。

「さて、護衛騎士の諸君、勤めご苦労様。」

 シャリ…………心地よいアレンの愛刀を抜く抜剣の音と共に、風を切る風圧を読み切って、シショールは先ずはアレンの先制を読み切り躱してみせた。

「は…!ちょこまかと……!」

 先程のスキルが役に立った。アレンの攻撃と共に足の枷が外れてシショールは身を躱せたのだから。それでもシショールの意表をついた抵抗は、得物を追い詰めようとする聖騎士アレンにとってほんのスパイスの如くにしか感じなかったのだろう。普段であれば聖騎士アレンは爽やかで整った表情を崩そうともせずに人々に接する、非常に人当たりの良い聖騎士面なのだが、それがすっかりと歪んで醜悪な笑みに顔を歪めている事にも気がつかないほど興奮しきっているのだから。

「アレン。早く終わらせましょう?ここは埃っぽくていけません…」

 神官長の錫杖を前に構えて神官長オゼルスは眉根を寄せる。風と共に常に砂埃が舞い上がるランカントの地は、神力溢れる神官長にはお気に召さなかったらしい。降りかかる砂埃を嫌そうに叩き落としながらチロリとシショールに視線を向ける。慈悲深く人心に寄り添う慈愛溢れた神官は今、どこにいるのだろう…?

「アレン……オゼルス………これが、答えか?」

 王城で賞金首の話を聞いた時、シショールはを考えた。自分の魔力が封じられてしまった事は仕方がない。が、ただ弁明も聞いてもらえず、一方的な刑の執行を致し方なしと諦めてしまうほどの非道なことをした覚えは一切ないのだから。それを仲間達は良く知っていたはずなのだから…………

 
 だが…………


 聖騎士アレンと神官長オゼルスはであった。本気でシショールの首を取ろうとしてきている。生死をかけた戦闘の場で何度も肌で感じて来た殺気が言葉よりも雄弁に真実をシショールに伝えてくる。

「言わなくも、分かるだろう?」

 剣を構え直すアレンと、錫杖をシショールに向けてくるオゼルスの姿で視界が一杯になる。


 やばい………!!


 神官長オゼルスが、シショールの動きを止めに拘束を掛けてきた。このままでは足を動かすことも出来ずに次なるアレンの攻撃をただ呆然と待つ事になる。

「…させるか……」

 一か八か、アレンの剣がシショールに触れる直前に、シショールは魔法を発動させていた。シショールに掛けられていた魔封じ直後から、微かに漏れ出る魔力のカケラを集めに集めて溜め込んできた、なけなしの魔力を全て使って…

 行き先はこの地よりも出来るだけ離れた所…細かい場所指定などできる余力は残っていない。ここから離れたところであれば最早どこでも良い位の気持ちでシショールはその場から消え失せた………
 
「ちっ!!どこに行った!?」

 完全にその首を取ったと勝利を確信していた聖騎士アレンにとって、予想外の出来事である。シショールが一撃目を避けたところまでは難なく受け入れたのに、まさか、まだ転移出来る余力があったなどとは読み違いもいいところであった。

「調べています!」

 イライラと周囲を見回すアレンの隣では錫杖を額につけて意識を集中しているであろうオゼルスが、グッと眉間を寄せてシショールの気配を探っている。

「……国内への転移ではありません…」

 シショールの魔力の残滓を読めるオゼルスは、僅かにこの地に残る微かな気配を辿って行けば、そこはここよりも先、ランカントの奥へと続いて行っている。

「この地の、先です…」

 オゼルスが指し示すのは、砂埃で視界が霞むランカントの奥であった。

「このまま追える距離か?」

「いえ、かなり離れていますね…行けたとしても本日の装備では…」
  
 ここにはシショールの追放の為に来た護衛騎士達の簡素な馬車と、アレンとオゼルス達が乗ってきた豪奢な馬車しかない。遠征できる様な食糧も野営できる準備もしていないのだ。そして目標は死の大地ランカントの奥ときている。この軽装備では自分達もランカントの餌食となってしまう恐れがあった。シショールを追いかけて確実に仕留めようとするのならば一度王都に戻って改めて準備をする必要があるだろう。それも時間との問題で、シショールの魔力は風前の灯火の様な微々たるもの。転移直後であるから今は追えたが、時間と共にそれも難しくなってくる。

「くそっ!!」

 聖騎士の姿からはかけ離れたアレンの悪態が周囲に響く。

「落ち着いてくださいアレン。物は考えようですよ?コンディション万全であっても私達がこのまま進むのは危険な様に、それはシショールにとってもです。今は私達の手を脱れましたが、彼には最早この地に抗う術は無いはずです。行き着く所は餓えか渇きか、魔物の餌でしょう。」

 ランカントにも竜は住み着く。そしてそれよりも奥には冒険者達によって魔物も目撃確認しているのだから。

「そうであっだとしても!この手で、あの首を持ち帰りかったのだ!」

「仕方のない人ですね……けれども今日はこちらには分はありません。この地ランカントに返り討ちにされるでしょうね。」

「分かっている!」

 納得している顔ではないアレンは手に持つ愛刀を荒々しく鞘に収める。

「仕方ありません。一度帰りましょう。皆様に報告しなければ…」

 希代の最強魔法剣士シショールの行方がわからない。それを証明する事ができなければ、かつての仲間可愛さに聖騎士アレンと神官長オゼルスが謀を企んだと邪推されても足らない。

「幸いな事に、護衛騎士達がおりましたね?この場の記憶は保護しましたけれど、彼らも良い証言者となってくれると思いますよ?」

 荒れる聖騎士アレンを馬車へと促し一行は王都へと帰還して行く。
 









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