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115、ゴーリッシュ侯爵領 2
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顔を赤くし声も小さく俯いてしまったウリートを、ヒュンダルンは可愛くて堪らないのを隠そうともしない様に深緑の瞳を細めて見つめつつ、ウリートを抱きしめ直す。
「フフ…悪かった……俺も抑える事を覚えなければウリーに嫌われてしまうか?」
これでもかと言うほどに優しく、ヒュンダルンはウリートの髪を撫で、キスを落としながらそんな事を言う。
ヒュンダルンを嫌う?誰が?僕が…?
まさか!!
「ヒュンを嫌うなんて!絶対に!何があっても、あり得ません!!」
人生で初めて本気で好きになった人…何もかもを諦めて、せめて家族の迷惑にだけはなるまいと、それだけできれば良いと思っていた自分に…生きてて良かったと、死ななくて良かったと、この人を残しては死ねないと心の底から思わせてくれた唯一の人なのに…?
瞳にあらん限りの熱を込めてウリートはヒュンダルンを見つめ返す。
きっとヒュンダルンが世間一般に言われる酷い人物の様な者であっても、目の前のヒュンダルンがヒュンダルンである限り、絶対に自分は嫌いになれない……!
「…分かった…俺の失言だった。ゴーリッシュに行こうと言うのに、ウリーの体調の事を考えられずに歯止めが効かなかった自分自身への反省を込めての発言だ…ウリーはあまり俺を甘やかすな?嫌な時はキッパリと拒絶して俺を躾けてくれなくてはな?………ウリー…愛してるよ。」
躾ける?ヒュンを?
ヒュンダルンが冗談と思われる事を言いつつ、精悍な顔立ちを崩しつて柔らかな笑顔を惜しげもなくウリートに向けてくる。こんな一瞬がいつも何にも変えられない宝物の様で…ウリートも蕩ける様な笑顔を返す。
「ヒュン…僕も愛してます…」
自分に何をしても良い…裏切られても、きっと物凄く酷い事をされても、自分はそれで悲しむかもしれないけれど、何があっても嫌いには、なれない。こんな叫びを上げている自分のこの心の中を知ったら、ヒュンダルンはなんて思うんだろう……
そっと優しい口付けを落としてくるヒュンダルンを嬉しそうに迎えながら、ウリートは心で暴れる激情を持て余す…
ゴーリッシュ侯爵領では近年稀に見ないほどのお祭り騒ぎに領地民達は浮き足立つ。領地に殆ど足を向けない若様が伴侶を連れて帰って来るとの触れが出回ったからだ。赤獅子とまで謳われている勇猛果敢な騎士である若君ヒュンダルンは、他国と接し何かと諍い事の多い地でもあるゴーリッシュ侯爵領の筆頭として最前線に立つ次期当主と英雄視されてもいる。そんな者の伴侶に領民達が大いに興味を抱くのは当たり前の事であった。
現ゴーリッシュ侯爵夫妻に子供はおらず、縁戚であるエーベ公爵家の次男であるヒュンダルンがその後継に選ばれた。他国との諍いの場となるこの地においては王族に連なるエーベ公爵家の名は程の良い抑止力にもなっている。そして広大な自然溢れる領地は、やや気温は下がるものの肥沃な大地が地の果てまで広がり暖かくなれば畑一面に豊かな実りをつけてくれ、その景観は一見の価値がある美しさと観光地としても人気のある地でもあった。
「寒いと、聞いていました…」
エーベ公爵家を出てからというもの、馬車の窓に張り付く様にして景観を楽しんでいたウリートはポツリとそう呟く。
「どうした?冷えるか?」
その呟きにマリエッテよりも早く反応したヒュンダルンが、用意してあった掛け物を広げてウリートの膝の上にかけてくれた。
「いえ、僕が思っていたよりも暖かいと思ったのです。」
王都の冬場でも外に出る事すら許されなかったウリートは、更に冷え込むと教えられていたゴーリッシュ侯爵領の寒さに身構えていたのだが…
「ああ、まだまだこれからだ。雪も積もっていないだろう?今は最後の収穫の時期だろうから、この後一気に冷え込んでくる。」
ウリートの体調面を考えたヒュンダルンとエーベ公爵家の人々は、ウリートのゴーリッシュ侯爵家の訪問をこの最後の収穫期に間に合う様に準備をしてきたのだ。冬になれば一通り雪が降り道は通行困難になりやすい。そんな時に行くよりは身動きがとりやすい今行ってしまえとやや強行軍ではあった。
「何か温かい物でもお入れしましょうか?」
一緒の馬車に乗っているマリエッテもいつもの様に甲斐甲斐しくて至れり尽くせりのウリートである。
この度の最大の懸念はウリートの体力だ。ゴーリッシュ領まで馬車を使って最短でも数日の旅程をとらなければならない距離だ。それをウリートの疲労度合いを見ながら休憩を入れてさらに数日を要して来た。幸いにもゆったりとした旅程であったからウリートの負担は軽く済んでいる様だ。
「フフ…ウリート様はしっかりと栄養ドリンクをお飲みになっていましたから。」
初めての旅に、倒れもせずに景色を楽しめているウリートを見るマリエッテの表情は緩みっぱなしで、何がそんなに嬉しいのかとウリートの方が小首を傾げているほどだ。
「うん。エーベ公爵邸で出される物は本当に美味しいから。」
好き嫌いなくあれこれ出される物は全てと言って良いほど口に入れ、出来る限り食べる様にして来たし…
「はい!本当に宜しゅうございました。医官の方とも相談しつつ整えて来た甲斐があったというのもです。」
嬉しそうに語るマリエッテに同調する様に、ヒュンダルンがウリートの頭を優しく自分の方に引き寄せる。
どうやら頭をもたれさせて少し休めとの事らしいのだが、こんなに尽くされては嬉しいけれどもウズウズと擽ったくて、顔がにやけない様に一人静かに幸せを噛み締めながら、ウリートは目を瞑る…
「フフ…悪かった……俺も抑える事を覚えなければウリーに嫌われてしまうか?」
これでもかと言うほどに優しく、ヒュンダルンはウリートの髪を撫で、キスを落としながらそんな事を言う。
ヒュンダルンを嫌う?誰が?僕が…?
まさか!!
「ヒュンを嫌うなんて!絶対に!何があっても、あり得ません!!」
人生で初めて本気で好きになった人…何もかもを諦めて、せめて家族の迷惑にだけはなるまいと、それだけできれば良いと思っていた自分に…生きてて良かったと、死ななくて良かったと、この人を残しては死ねないと心の底から思わせてくれた唯一の人なのに…?
瞳にあらん限りの熱を込めてウリートはヒュンダルンを見つめ返す。
きっとヒュンダルンが世間一般に言われる酷い人物の様な者であっても、目の前のヒュンダルンがヒュンダルンである限り、絶対に自分は嫌いになれない……!
「…分かった…俺の失言だった。ゴーリッシュに行こうと言うのに、ウリーの体調の事を考えられずに歯止めが効かなかった自分自身への反省を込めての発言だ…ウリーはあまり俺を甘やかすな?嫌な時はキッパリと拒絶して俺を躾けてくれなくてはな?………ウリー…愛してるよ。」
躾ける?ヒュンを?
ヒュンダルンが冗談と思われる事を言いつつ、精悍な顔立ちを崩しつて柔らかな笑顔を惜しげもなくウリートに向けてくる。こんな一瞬がいつも何にも変えられない宝物の様で…ウリートも蕩ける様な笑顔を返す。
「ヒュン…僕も愛してます…」
自分に何をしても良い…裏切られても、きっと物凄く酷い事をされても、自分はそれで悲しむかもしれないけれど、何があっても嫌いには、なれない。こんな叫びを上げている自分のこの心の中を知ったら、ヒュンダルンはなんて思うんだろう……
そっと優しい口付けを落としてくるヒュンダルンを嬉しそうに迎えながら、ウリートは心で暴れる激情を持て余す…
ゴーリッシュ侯爵領では近年稀に見ないほどのお祭り騒ぎに領地民達は浮き足立つ。領地に殆ど足を向けない若様が伴侶を連れて帰って来るとの触れが出回ったからだ。赤獅子とまで謳われている勇猛果敢な騎士である若君ヒュンダルンは、他国と接し何かと諍い事の多い地でもあるゴーリッシュ侯爵領の筆頭として最前線に立つ次期当主と英雄視されてもいる。そんな者の伴侶に領民達が大いに興味を抱くのは当たり前の事であった。
現ゴーリッシュ侯爵夫妻に子供はおらず、縁戚であるエーベ公爵家の次男であるヒュンダルンがその後継に選ばれた。他国との諍いの場となるこの地においては王族に連なるエーベ公爵家の名は程の良い抑止力にもなっている。そして広大な自然溢れる領地は、やや気温は下がるものの肥沃な大地が地の果てまで広がり暖かくなれば畑一面に豊かな実りをつけてくれ、その景観は一見の価値がある美しさと観光地としても人気のある地でもあった。
「寒いと、聞いていました…」
エーベ公爵家を出てからというもの、馬車の窓に張り付く様にして景観を楽しんでいたウリートはポツリとそう呟く。
「どうした?冷えるか?」
その呟きにマリエッテよりも早く反応したヒュンダルンが、用意してあった掛け物を広げてウリートの膝の上にかけてくれた。
「いえ、僕が思っていたよりも暖かいと思ったのです。」
王都の冬場でも外に出る事すら許されなかったウリートは、更に冷え込むと教えられていたゴーリッシュ侯爵領の寒さに身構えていたのだが…
「ああ、まだまだこれからだ。雪も積もっていないだろう?今は最後の収穫の時期だろうから、この後一気に冷え込んでくる。」
ウリートの体調面を考えたヒュンダルンとエーベ公爵家の人々は、ウリートのゴーリッシュ侯爵家の訪問をこの最後の収穫期に間に合う様に準備をしてきたのだ。冬になれば一通り雪が降り道は通行困難になりやすい。そんな時に行くよりは身動きがとりやすい今行ってしまえとやや強行軍ではあった。
「何か温かい物でもお入れしましょうか?」
一緒の馬車に乗っているマリエッテもいつもの様に甲斐甲斐しくて至れり尽くせりのウリートである。
この度の最大の懸念はウリートの体力だ。ゴーリッシュ領まで馬車を使って最短でも数日の旅程をとらなければならない距離だ。それをウリートの疲労度合いを見ながら休憩を入れてさらに数日を要して来た。幸いにもゆったりとした旅程であったからウリートの負担は軽く済んでいる様だ。
「フフ…ウリート様はしっかりと栄養ドリンクをお飲みになっていましたから。」
初めての旅に、倒れもせずに景色を楽しめているウリートを見るマリエッテの表情は緩みっぱなしで、何がそんなに嬉しいのかとウリートの方が小首を傾げているほどだ。
「うん。エーベ公爵邸で出される物は本当に美味しいから。」
好き嫌いなくあれこれ出される物は全てと言って良いほど口に入れ、出来る限り食べる様にして来たし…
「はい!本当に宜しゅうございました。医官の方とも相談しつつ整えて来た甲斐があったというのもです。」
嬉しそうに語るマリエッテに同調する様に、ヒュンダルンがウリートの頭を優しく自分の方に引き寄せる。
どうやら頭をもたれさせて少し休めとの事らしいのだが、こんなに尽くされては嬉しいけれどもウズウズと擽ったくて、顔がにやけない様に一人静かに幸せを噛み締めながら、ウリートは目を瞑る…
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