[完]腐違い貴婦人会に出席したら、今何故か騎士団長の妻をしてます…

小葉石

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101、触れてはいけない者 1

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「ウリート様!」

「侍女殿、御子息のご様子は?」

「わかりません…が目を覚まさないの!」

「ふむ…馬車の中から香った匂いで、近年流行っている媚薬の様に思いますが、私はそちらの専門ではないので…」

「そんな物を…下賤の輩の分際で……」

「お待ち下さいね?只今騎士団長達もこちらに来るでしょうから。確認はその時にいたしましょう。使用した物ならばあの男がまだ証拠を持っていると思いますから。」

 ウリートの火照る頬に薄らと汗ばむ肌…なる程、媚薬の一種というのは本当かもしれない。騎士にウリートを木陰に運び直してもらい、マリエッテは衣類を整える。こんな所をゴーリッシュ騎士団長には見せられないと思ったからだ。そして、ウリートの呼吸が酷く乱れていない事に一安心したところで視界の端に、馬車の破片と思しき物が物凄い音と共に飛んで行ったのを捉える事になった……

「え…?」

 あの馬車はパナイム商団が抱え持つ造りはしっかりとした馬車だったはず。その馬車を振り返って見れば、綺麗に扉が無くなっていた………

「……来られましたね…」

 心なしか、側に着いていてくれた騎士の声が、低く強張っている。いつ来たのか、ウリートを移動させて世話をしているマリエッテには数名の男達の足音も耳には入ってこなかったのだが、パナイム商団の馬車を囲む様にして、騎士が数名立っていた。その内の一人は、常に帯剣しているであろう己の愛刀を既に抜き払って、馬車の扉を蹴り飛ばした張本人であるゴーリッシュ騎士団長であった。後ろ姿しかここからでは見えないのだが、マリエッテから見ても声をかけられないほどの殺気が辺りに満ちている様で、どの騎士もビリビリとした緊張感を漂わせている。

 ここは、戦場だったか…?

 そんな疑問が頭を掠める程この場の空気が重く、流石のマリエッテもその場から動けなくなってしまう。この周囲に停まっていた馬車はほかにも十数輌あった。マリエッテがこの場に駆け込み少しばかりでは無く騒ぎ立てたのだから、中から様子を伺おうとする者達もいた。どの馬車からも人は降りてはこないが、何が起こったかと聞き耳は立てているだろう。既にこの場から離れようと移動していく馬車もある。

「中にいる者、出てくる様に!!」

 アランド様!!

 ゴーリッシュ騎士団長と共に第3騎士団長であるアランドもこの場にいて、中にいる男に声をかけている。

「わ、若君!?アクロース侯爵家の若君が居られるのですか!?」

 可哀想に、中にいた男はすっかりと震えている様だ。だが、マリエッテは同情などしない。この場でゴーリッシュ騎士団長に切り殺されても、しかとこの目に収めてやろうとまで思っている。
 大切なウリートに薬まで使用して、これが絶対にウリート本人の望みではない事が分かるが故に、たとえ命乞いをされても許せそうにはなかった。

「な、何かの、何かの間違えです!!その方が、若君の弟君とは知らなかったのです!!」

 中からもはや叫び声と思しき声が返って来た。

「パナイム商団には、目を掛けていたと思ったのだがな?」

「はい!はい!左様です!ですから、貴方様に逆らおうとは思ってもおりません!」

「出てこい。懇意にしている者の顔に免じて、言い訳くらいは聞いてやろう。」

 落ち着いたアランドの声…けれども落ち着いた中に、冷たい怒りが隠れているのを隠しきれていない。

 マリエッテはアランドの顔を見る事ができなかった。それだけ普段のアランドからは垣間見ることもできないほどの静かな怒りと気迫が滲み出ていた。

「知ら、なかったのです…!本当です!若君様の、弟君だなんて…!」

 ヨロヨロと、馬車を降りようとしている男の目に、怒りを隠そうもしないヒュンダルンの姿が映るや否や、ヒィと悲鳴をあげてその場にズルズルとしゃがみ込んでしまった。どうやら腰が抜けたらしい。

「おや?市井にまで話は降りていないのか?私の弟はそこにいる第一騎士団長の婚約者でもある。」

 有名な話である。貴族の中ではもちろんの事、赤獅子と民に二つ名で呼ばれているほどヒュンダルンの名声は市井の者達にも響き渡っていた。その婚約者がアクロース侯爵家の幻の妖精と実しやかに知れ渡るのに時間など掛からなかったはずであった。

「ぞ、存じて、おりましたけれども……」

「ほお…?知っていて……?」

 地を這う様な低い声は一体誰が発したものだろうか。

「い、いえ!お顔は!?弟君のご尊顔は、拝した事が、ありませんでしたので!!」

「……………シェリーに、我が家族の絵姿を渡しただろうが。」

「ふぇ…?あ、アクロース侯爵家、御一家の?」

「だ………旦那様………!」
 
 ヨロヨロと一人の老人が震えながら進み出てくる。どうやらパナイム商団の馬車の御者であるらしい。

「何用だ?」

 この老人は騎士の気迫に負けまいと、小さくなった姿勢を正し、はっきりと申し出た。

「ぼ、坊ちゃんは、本家の方には余りお戻りにはなりませんので、それで、侯爵家様の絵姿は、ご存じ無いのかと………」

「だから…?…知らなければ…たかが商家の者ごときが、俺のものウリートに手を出してもいいと?」

 ヒュンダルンの目は本気であった。たまたま自分の主人の身の潔白を晴らそうと捨て身出てきたこの哀れな老人には責められるものは無い筈なのに、可哀想に…ヒュンダルンの一睨みで自分が罪を犯した罪人の様になって縮こまって震えてしまい、何も言えなくなってしまった。








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