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97、マリエッテの逆鱗 1
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その一瞬が良くなかったのだろう。一気に距離を詰めた男は、目の前に座っていたはずなのに既に今ウリートの隣にいる。それに加えて腰に手を回して、ウリートからは離れられない程、ガッチリと抱え込まれてしまっていた。ウリートも男だが、この男も相当鍛えているのだろう。驚いて両手を突っ張ろうにも男はビクともしない。
「何をされるのです!」
相手は平民だ。身分で言えばウリートの方がずっと上位に位置している。けれども、そんな事はお構いなしで男はグイグイと身体を押し付けて来るのだから、ウリートは慌ててしまうのだ。
どう考えても、これは普通の距離では無い。ヒュンダルンと婚約し、色々と体験してきているからこそ、心からそう断言できる。ウリートが上位の貴族位なのだからこんな事をされては侮辱罪にも訴えられるものだ。しかし、ウリートは思いとどまる。
もし、ここでこの男の機嫌を損ねたら?兄様や父様が関わっている事業に何か障りがあるかも…その証拠にここまで案内してきた係官も、この馬車の中にいる男の機嫌を取れと言っていた。もしかしたら怒らせてはまずい相手なのかも知れない。
父と兄の仕事の事を考えたら、自分が嫌だと思っても我儘を言える様な場合では無いのかも知れないと、ウリートは少し抵抗を弱めた。この位の事で父や兄が大きな責任を取らされでもしたら目も当てられないから。
「お?もう、抵抗しないの?」
力を抜いたウリートに気を良くした男は馴れ馴れしくウリートの髪にも触れてきた。
「あの!お名前を…」
「ん?あ~そっか。君のご主人に報告しなきゃいけないのかな?でも、何処にでも嗜みってものがあってさ。こう言う所では、互いの事は詮索しないのがルールだろう?」
こう言う所?馬車の中だから?ウリートの頭の中は疑問符で一杯だ。
「あ、もしかして?君は名前で呼ばれると燃えるタイプ?」
「何を…言うのです?」
もう何の誤魔化しようも無い。この男の目的がはっきりとする。たった一回の火遊びがしたいのだろう。こんな時ヒュンダルンならば、あの低い声で、目一杯耳元に口を近づけて、ウリーと優しく甘く呼んでくれる。恥ずかしいが、そうされると自分が喜んでしまっているのが自他共に分かっているので、ウリートの抵抗はヒュンダルンの前では抵抗になっていない。けれども、これはダメだと分かる。ヒュンダルンを裏切るような一時の過ちを、ウリートは全く望んでいないのだから。
「ん?違うの?普通こんな時…名前なんて聞かないだろう?」
「知りません!」
この手の知識はあっても経験なんて無きに等しいウリートにとっては濡場の駆け引きなんて知りようはずもないのだ。
「ふふ、可愛いなぁ。そっか!こんな普通の睦合をお望みではないんだ?」
遠慮もなく腰に回された手はウリートを抑えながらも背中や脇腹、臀部や大腿を世話しなく這い回るので、ウリートはその腕を止めるのに必死で、男の澄んだ青い瞳がスッと細められたのにも気がつかない。
「ふふふ、良いよ!今、気持ち良くしてあげようね?」
ウリートが聞きたいのは、この声じゃない。だから弱い耳元で囁かれでも、ザワッとする悪寒しか背筋を走らなかった。
「いい加減に、して下さい!我が家と取引のある商団なのでしょう?この様な事は今後に響くと思うのです!」
アクロース侯爵家の者に手を出してはただでは済まない、とウリートが言える精一杯の脅しをかけてみたのだが、男には鼻で笑われてしまった。
「分かった、分かった!大切な家のお使いの方なのだから、勿論無碍にするつもりは無いよ?ほら……」
男の言葉と共に、ウリートはフッと何かを吹きかけられる。
「ん!!」
嫌な匂いと目の前を舞う粉が目に入ってしまって、思わず目を閉じる。
「おや、可愛らしい反応をするなぁ?もしかして、これも初めて?」
これ、と言うのは今男が吹きかけて来た粉の事だろうか?なんだか薬の様な香りがする。口を閉じたので味は分からないが、目と鼻からは入ってしまって、少し目がゴロゴロしだす。
「ふっ…ゲホッ…コホ…カハッ…ケホッ!」
少し吸い込んだ粉が気管を刺激しだす。
「おやおや、少し量が多かったかな?初めてって言ってたから、少なめにしたんだけどな?」
男が何か言ってはいるが、ウリートはそれどころじゃない。この頃体力はついて来たとしても、ただでさえ身体が弱かったのだ。いきなりの刺激に気管が過剰に反応して、むせてしまって仕方がない。咳き込みながら涙まで出て来てしまった。
「大丈夫、大丈夫。もう少ししたら気持ちよくなって来るから、ね?」
介抱でもしているつもりなのか、男はウリートの背中を甲斐甲斐しく摩ってくる。
「コホ、コホン……!これ……何です?」
「あぁ、大丈夫だって!悪い感じはしないでしょ?」
悪い感じと言うのはむせ込んだ時の苦しさのみ、後は少し身体が熱い感じがする?
発熱している時にも自分の身体の熱をあまり感じないウリートなのだが、身体の芯から湧き上がってくる様なこの熱には、何故だか覚えがあった……
「何をされるのです!」
相手は平民だ。身分で言えばウリートの方がずっと上位に位置している。けれども、そんな事はお構いなしで男はグイグイと身体を押し付けて来るのだから、ウリートは慌ててしまうのだ。
どう考えても、これは普通の距離では無い。ヒュンダルンと婚約し、色々と体験してきているからこそ、心からそう断言できる。ウリートが上位の貴族位なのだからこんな事をされては侮辱罪にも訴えられるものだ。しかし、ウリートは思いとどまる。
もし、ここでこの男の機嫌を損ねたら?兄様や父様が関わっている事業に何か障りがあるかも…その証拠にここまで案内してきた係官も、この馬車の中にいる男の機嫌を取れと言っていた。もしかしたら怒らせてはまずい相手なのかも知れない。
父と兄の仕事の事を考えたら、自分が嫌だと思っても我儘を言える様な場合では無いのかも知れないと、ウリートは少し抵抗を弱めた。この位の事で父や兄が大きな責任を取らされでもしたら目も当てられないから。
「お?もう、抵抗しないの?」
力を抜いたウリートに気を良くした男は馴れ馴れしくウリートの髪にも触れてきた。
「あの!お名前を…」
「ん?あ~そっか。君のご主人に報告しなきゃいけないのかな?でも、何処にでも嗜みってものがあってさ。こう言う所では、互いの事は詮索しないのがルールだろう?」
こう言う所?馬車の中だから?ウリートの頭の中は疑問符で一杯だ。
「あ、もしかして?君は名前で呼ばれると燃えるタイプ?」
「何を…言うのです?」
もう何の誤魔化しようも無い。この男の目的がはっきりとする。たった一回の火遊びがしたいのだろう。こんな時ヒュンダルンならば、あの低い声で、目一杯耳元に口を近づけて、ウリーと優しく甘く呼んでくれる。恥ずかしいが、そうされると自分が喜んでしまっているのが自他共に分かっているので、ウリートの抵抗はヒュンダルンの前では抵抗になっていない。けれども、これはダメだと分かる。ヒュンダルンを裏切るような一時の過ちを、ウリートは全く望んでいないのだから。
「ん?違うの?普通こんな時…名前なんて聞かないだろう?」
「知りません!」
この手の知識はあっても経験なんて無きに等しいウリートにとっては濡場の駆け引きなんて知りようはずもないのだ。
「ふふ、可愛いなぁ。そっか!こんな普通の睦合をお望みではないんだ?」
遠慮もなく腰に回された手はウリートを抑えながらも背中や脇腹、臀部や大腿を世話しなく這い回るので、ウリートはその腕を止めるのに必死で、男の澄んだ青い瞳がスッと細められたのにも気がつかない。
「ふふふ、良いよ!今、気持ち良くしてあげようね?」
ウリートが聞きたいのは、この声じゃない。だから弱い耳元で囁かれでも、ザワッとする悪寒しか背筋を走らなかった。
「いい加減に、して下さい!我が家と取引のある商団なのでしょう?この様な事は今後に響くと思うのです!」
アクロース侯爵家の者に手を出してはただでは済まない、とウリートが言える精一杯の脅しをかけてみたのだが、男には鼻で笑われてしまった。
「分かった、分かった!大切な家のお使いの方なのだから、勿論無碍にするつもりは無いよ?ほら……」
男の言葉と共に、ウリートはフッと何かを吹きかけられる。
「ん!!」
嫌な匂いと目の前を舞う粉が目に入ってしまって、思わず目を閉じる。
「おや、可愛らしい反応をするなぁ?もしかして、これも初めて?」
これ、と言うのは今男が吹きかけて来た粉の事だろうか?なんだか薬の様な香りがする。口を閉じたので味は分からないが、目と鼻からは入ってしまって、少し目がゴロゴロしだす。
「ふっ…ゲホッ…コホ…カハッ…ケホッ!」
少し吸い込んだ粉が気管を刺激しだす。
「おやおや、少し量が多かったかな?初めてって言ってたから、少なめにしたんだけどな?」
男が何か言ってはいるが、ウリートはそれどころじゃない。この頃体力はついて来たとしても、ただでさえ身体が弱かったのだ。いきなりの刺激に気管が過剰に反応して、むせてしまって仕方がない。咳き込みながら涙まで出て来てしまった。
「大丈夫、大丈夫。もう少ししたら気持ちよくなって来るから、ね?」
介抱でもしているつもりなのか、男はウリートの背中を甲斐甲斐しく摩ってくる。
「コホ、コホン……!これ……何です?」
「あぁ、大丈夫だって!悪い感じはしないでしょ?」
悪い感じと言うのはむせ込んだ時の苦しさのみ、後は少し身体が熱い感じがする?
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