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30、決意 1
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友という者は一体どんなものだったか…
少なくとも、誰かと仲睦まじく一緒にいるところを見てその事に腹を立てる様なものじゃない筈だ。また誰かに微笑みかけるところを見て、その相手を消し去りたいと思う様なものじゃないはずだ。そして、手を握られているのを見ただけで、ただただ怒りに震える様なものだったか?
今、目の前の死にそうな表情を見て、自分の不甲斐無さに死んでしまいたくなる様なものでは、決してないだろう。
「ウリート……」
静かで薄暗い部屋には、か弱いウリートの呼吸音が響いていく…ヒュンダルンが発する呼び声でさえ、ウリートの呼吸を掻き消してしまいそうで、今はそれが酷く恐ろしい。
「……いいでしょう。峠は越しましたよ…」
昨晩、重苦しい部屋の中で王城から無理矢理に連れて来られたロレール医官はそう言うとホッと一息ついた。王城で倒れたウリートは高熱と意識混濁、呼吸が乱れに乱れて急遽王城からアクロース侯爵家よりも近いエーベ公爵家に運び込まれた。着いた側からロレール医官はウリートにつきっきりで治療にあたり、やっと上記の言葉をもらえたのである。
落ち着いたと言えどいつ状態が悪化するかもわからない状態で移動は避けた方が良いとロレール医官はヒュンダルンに進言した。出来れば実家に帰してやりたいと思っていたヒュンダルンであったが今は安静第一とのことでアクロース侯爵家に知らせを送り、しばらくウリートを預かることにしたのだ。
エーベ公爵家はヒュンダルンの生家である。ヒュンダルンの籍こそゴーリッシュ侯爵家に置いてあるが、実の両親もヒュンダルンの事をこのエーベ公爵家で育てており、長男と分け隔てなく愛情を持って育ててきた。ヒュンダルンにとってはここは実家であり自分の力となってくれる拠り所である。
エーベ公爵家の方でもヒュンダルンが血相を変えて抱えてきた人物の為に協力を惜しまずにできる限りの手を貸した。ウリートは、結婚も恋人もまたその様な噂も立てなかった可愛い次男ヒュンダルンが、唯一助けて欲しいとエーベ公爵家に連れてきた人物だったからである。
ウリートは眠る。自分がどこにいるのかも分からず必死に生きようと戦っている。側にいる者は甲斐甲斐しくお世話をするか、祈りの言葉を口にするか、そっと火の様に熱い小さなか細い手を優しく握ることくらいしかできないでいた……
「……兄上…!………ウリー!!」
声は押し殺した切羽詰まったセージュの声が部屋に入ってくる前から響いてくる。アクロース侯爵家へは早馬で使いを送っている。それを受けた家族が一目散にエーベ公爵家へと集まってきた様だ。
ウリートが休んでいる部屋へ入ってきたセージュの顔は真っ青であった。身体は大きく騎士としても立派にやっていけそうな体躯のセージュなのだが、今にもガラガラと崩れそうなほど不安で震えているのだ。
「静かになさい…セージュ…」
部屋へ駆け込んでウリートのところへ行きそうなセージュをアクロース侯爵が止める。
「まずは、息子がお世話になりました事を…」
心から謝意を示す父アクロース侯爵の姿も目に入らないのか、セージュはウリートの寝台に近寄っていく。
「これ、セージュ…!」
静止するアクロース侯爵の声にも覇気はなく精神的な疲労が色濃く出ていた。
「どういう事…です?」
ウリートのベッドの側に座るヒュンダルンに向かってセージュは食ってかかった。
「なんで!ウリーがこんな目に遭ってるんだ!貴方、側にいたんだろう?」
セージュは今にもエーベ公爵家所縁のヒュンダルンの胸ぐらでも掴み上げそうな勢いだ。
「セージュ!」
遅れて到着したアランドが止めに入った。
「ヒュンダルン、済まなかった。世話になった様だ。」
言葉に謝意はあれどもアランドの顔も見た事がないくらいに青い…
「申し訳ない。」
ヒュンダルンはアクロース侯爵家の人々に向かって頭を下げる。
「何を言うのです…ゴーリッシュ騎士団長殿…息子が大変世話になりました。」
手厚い看病に頭を下げてアクロース侯爵はウリートの額に手を当てる。
まだ物凄く熱いのだ………
「アクロース侯爵殿…まだご子息のお身体のご移動は早計かと…」
一見しただけでもウリートはまだ動かせないとわかるだろう。
「しばらくはこのエーベ公爵家にてご子息をお預かりしたいと思いますが如何でしょうか?」
「……………」
フゥゥゥ………
アクロース侯爵の深いため息が室内に溢れていく。
「家内が…倒れましてね……」
重苦しい声のままにアクロース侯爵は妻マリーヌがウリートの状況の報告を受けて倒れてしまった事を告げた。
「ウリーは…本当に可愛い子で………」
「ええ…」
「でも、とても弱い子でした…妻の腹の中にいる時から、生きて産まれないかもしれないと言われていた…」
けれど元気に、それもこんなに美しく産まれてくれて夫婦共々どんなに嬉しかったか…やっと、体調も落ち着いて外に目を向ける事もできる様になったかと思えば……
「私がついていながら…もっと気を遣い守って差し上げるべきでした……」
「ゴーリッシュ騎士団長……」
ヒュンダルンは深々と頭をさげる。本来ならばヒュンダルンがウリートを守らなければならない責任なんてないし、ウリートの身体の弱さもヒュンダルンの所為ではないのだが、ヒュダルンはどうしても頭を下げずにはおられなかった。
少なくとも、誰かと仲睦まじく一緒にいるところを見てその事に腹を立てる様なものじゃない筈だ。また誰かに微笑みかけるところを見て、その相手を消し去りたいと思う様なものじゃないはずだ。そして、手を握られているのを見ただけで、ただただ怒りに震える様なものだったか?
今、目の前の死にそうな表情を見て、自分の不甲斐無さに死んでしまいたくなる様なものでは、決してないだろう。
「ウリート……」
静かで薄暗い部屋には、か弱いウリートの呼吸音が響いていく…ヒュンダルンが発する呼び声でさえ、ウリートの呼吸を掻き消してしまいそうで、今はそれが酷く恐ろしい。
「……いいでしょう。峠は越しましたよ…」
昨晩、重苦しい部屋の中で王城から無理矢理に連れて来られたロレール医官はそう言うとホッと一息ついた。王城で倒れたウリートは高熱と意識混濁、呼吸が乱れに乱れて急遽王城からアクロース侯爵家よりも近いエーベ公爵家に運び込まれた。着いた側からロレール医官はウリートにつきっきりで治療にあたり、やっと上記の言葉をもらえたのである。
落ち着いたと言えどいつ状態が悪化するかもわからない状態で移動は避けた方が良いとロレール医官はヒュンダルンに進言した。出来れば実家に帰してやりたいと思っていたヒュンダルンであったが今は安静第一とのことでアクロース侯爵家に知らせを送り、しばらくウリートを預かることにしたのだ。
エーベ公爵家はヒュンダルンの生家である。ヒュンダルンの籍こそゴーリッシュ侯爵家に置いてあるが、実の両親もヒュンダルンの事をこのエーベ公爵家で育てており、長男と分け隔てなく愛情を持って育ててきた。ヒュンダルンにとってはここは実家であり自分の力となってくれる拠り所である。
エーベ公爵家の方でもヒュンダルンが血相を変えて抱えてきた人物の為に協力を惜しまずにできる限りの手を貸した。ウリートは、結婚も恋人もまたその様な噂も立てなかった可愛い次男ヒュンダルンが、唯一助けて欲しいとエーベ公爵家に連れてきた人物だったからである。
ウリートは眠る。自分がどこにいるのかも分からず必死に生きようと戦っている。側にいる者は甲斐甲斐しくお世話をするか、祈りの言葉を口にするか、そっと火の様に熱い小さなか細い手を優しく握ることくらいしかできないでいた……
「……兄上…!………ウリー!!」
声は押し殺した切羽詰まったセージュの声が部屋に入ってくる前から響いてくる。アクロース侯爵家へは早馬で使いを送っている。それを受けた家族が一目散にエーベ公爵家へと集まってきた様だ。
ウリートが休んでいる部屋へ入ってきたセージュの顔は真っ青であった。身体は大きく騎士としても立派にやっていけそうな体躯のセージュなのだが、今にもガラガラと崩れそうなほど不安で震えているのだ。
「静かになさい…セージュ…」
部屋へ駆け込んでウリートのところへ行きそうなセージュをアクロース侯爵が止める。
「まずは、息子がお世話になりました事を…」
心から謝意を示す父アクロース侯爵の姿も目に入らないのか、セージュはウリートの寝台に近寄っていく。
「これ、セージュ…!」
静止するアクロース侯爵の声にも覇気はなく精神的な疲労が色濃く出ていた。
「どういう事…です?」
ウリートのベッドの側に座るヒュンダルンに向かってセージュは食ってかかった。
「なんで!ウリーがこんな目に遭ってるんだ!貴方、側にいたんだろう?」
セージュは今にもエーベ公爵家所縁のヒュンダルンの胸ぐらでも掴み上げそうな勢いだ。
「セージュ!」
遅れて到着したアランドが止めに入った。
「ヒュンダルン、済まなかった。世話になった様だ。」
言葉に謝意はあれどもアランドの顔も見た事がないくらいに青い…
「申し訳ない。」
ヒュンダルンはアクロース侯爵家の人々に向かって頭を下げる。
「何を言うのです…ゴーリッシュ騎士団長殿…息子が大変世話になりました。」
手厚い看病に頭を下げてアクロース侯爵はウリートの額に手を当てる。
まだ物凄く熱いのだ………
「アクロース侯爵殿…まだご子息のお身体のご移動は早計かと…」
一見しただけでもウリートはまだ動かせないとわかるだろう。
「しばらくはこのエーベ公爵家にてご子息をお預かりしたいと思いますが如何でしょうか?」
「……………」
フゥゥゥ………
アクロース侯爵の深いため息が室内に溢れていく。
「家内が…倒れましてね……」
重苦しい声のままにアクロース侯爵は妻マリーヌがウリートの状況の報告を受けて倒れてしまった事を告げた。
「ウリーは…本当に可愛い子で………」
「ええ…」
「でも、とても弱い子でした…妻の腹の中にいる時から、生きて産まれないかもしれないと言われていた…」
けれど元気に、それもこんなに美しく産まれてくれて夫婦共々どんなに嬉しかったか…やっと、体調も落ち着いて外に目を向ける事もできる様になったかと思えば……
「私がついていながら…もっと気を遣い守って差し上げるべきでした……」
「ゴーリッシュ騎士団長……」
ヒュンダルンは深々と頭をさげる。本来ならばヒュンダルンがウリートを守らなければならない責任なんてないし、ウリートの身体の弱さもヒュンダルンの所為ではないのだが、ヒュダルンはどうしても頭を下げずにはおられなかった。
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