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22、騒ぐ心 1
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いつもの約束、午前中の業務が始まるまでの一時はヒュンダルンが書庫でウリートの兵法勉学に付き合う時間だ。ウリートは非常に熱心で飲み込みも早く、何にでも興味を示すので兵法ばかりに留まらず教える方もついつい熱が入ってしまう。
だが、これは毎日と言うわけではない。ヒュンダルンが動く事ができる日だけ、という条件をつける事にした。
良くも悪くも書庫の妖精の噂は一人歩きして、書庫にウリートの姿を拝もうと押し寄せる者達が後を立たずに終いには書庫の外で待ち構えている者達が現れる始めたからだ。けれどもアクロース次期侯爵となる兄アランドがいるのだからそんな者達に声をかける機会や隙などアランドが与えはしなかったのだが…時には親の地位を利用して強引にアクロース侯爵家の愛子であるウリートと関係を築こうとする輩が出てきてしまったのも事実だった。こういう者はウリートの事情などほぼお構いなしだ。自分達の興味を埋めるためだけに動く。するとウリートは家同士の付き合いのために少しでも対応しなければ後味悪いものになるだろう。やっと城内の書庫にいる事に慣れてきたウリートにとっては新たな重荷だ。これをアクロースが良しとしなかった。そしてウリートの事を友人の弟としてまた新しい自分の友人として見ているヒュンダルンも良しとしなかった。
ある日ヒュンダルンはアクロースに庇われながらも数名の紳士達に囲まれているウリート達に出くわしたのだ。明らかにウリートは困り顔で、アランドも険しい表情をしているにも拘らず彼らは自分勝手に話をし、ウリートをどこかへと誘おうとしていた。紳士達は城には出仕していない公爵家所縁の者達だ。侯爵家のアランドでは身分の差がある。断り切れないのも仕方がなかっただろう。そしてその中の一人がウリートに触れた。
ザワリ……………
ヒュンダルンの背中に寒気が走った。自分がされているわけでもないのに、明らかな嫌悪、だ。それに次いで怒りが湧く…
アランドが困っているからか?
アランドはヒュンダルンが学生の時からの友人である。良くも悪くも良い距離感を保って長い友人関係を築いてきたのだ。
だからだろう。アランドの大切な弟も困っているのだから…
また、熱を出してしまう…
取り留めなくそんな考えがヒュンダルンの頭の中を駆け巡る。そして、ウリートに触れていた紳士の手首を思い切りガシッと掴んでしまっていた。
「どうされました?嫌がっている様にしか見えませんよ?」
ヒュンダルンが現れた事でパッと輝くウリートの表情…笑顔であるが少しだけ困り顔…白い頬は上気していて緊張しているのが良くわかった。
プツリ…ヒュンダルンの頭の中で音がする。自分は冷静であると思っていたのに、それは外には出ていなかっただけなのだと歴戦の雄は顔には出さずに自分の未熟さを自嘲する。
「なっ……!」
急に腕を強く掴まれた方は怒り心頭だ。公爵家に連なる自分に何たる不作法かと腕を握る者を仰ぎ見て固まっていた。
ヒュンダルン自身もエーベ公爵家、先王の王弟の家の出身である。親戚筋のゴーリッシュ家に男児が産まれず次男であったヒュンダルンが幼い時に養子にと入ったのだ。ならばヒュンダルンは現王の親戚筋であってここにいる者達よりも身分が高い者になる。
ウリートに触れていた紳士は青い顔のまま震えながらウリートの手を離した。
「遅くなってすまなかった、ウリート殿。アランド、後は代ろう。まだ勤務が残っているのだろう?さて、ウリート殿?前回はどこまで見たかな?兵法における三大禁忌については纏められたか?」
いつもの勉強会の様にヒュンダルンはさりげなくウリートをエスコートし、書庫の中へと消えていく。それを横目で追っていたアランドも公爵家所縁の紳士達に礼をしてまた書庫に入って行った。
こんな経緯から落ち合う日時を決める様にしたのだった。ヒュンダルンの手隙の日時をウリートに手紙で知らせてウリートの体調が良ければ書庫で落ち合う。
ウリートはこの提案を酷く気に入った様であった。
「私、初めて手紙をもらったのがゴーリッシュ騎士団長からなんです…!また手紙が頂けるなんて……!」
ウリートは嬉しそうにニコニコしている。初めて友人からもらった手紙が嬉しくて嬉しくて毎日持ち歩いて書庫に来ていたと言うから驚きだった。
「手紙くらいいくらでも出そう。先程の様に意にそぐわない事が起こったら私の名前を出していい。」
しかし、相手は公爵家…公爵家同士の関係を悪くしてしまったら…そう思うとウリートにははい、と返事ができない。
「……………」
だからウリートは押し黙ったまま、少し困った様に微笑んだ。どう答えを返したら良いか思い倦ねている時のウリートの癖だ。
だが、これは毎日と言うわけではない。ヒュンダルンが動く事ができる日だけ、という条件をつける事にした。
良くも悪くも書庫の妖精の噂は一人歩きして、書庫にウリートの姿を拝もうと押し寄せる者達が後を立たずに終いには書庫の外で待ち構えている者達が現れる始めたからだ。けれどもアクロース次期侯爵となる兄アランドがいるのだからそんな者達に声をかける機会や隙などアランドが与えはしなかったのだが…時には親の地位を利用して強引にアクロース侯爵家の愛子であるウリートと関係を築こうとする輩が出てきてしまったのも事実だった。こういう者はウリートの事情などほぼお構いなしだ。自分達の興味を埋めるためだけに動く。するとウリートは家同士の付き合いのために少しでも対応しなければ後味悪いものになるだろう。やっと城内の書庫にいる事に慣れてきたウリートにとっては新たな重荷だ。これをアクロースが良しとしなかった。そしてウリートの事を友人の弟としてまた新しい自分の友人として見ているヒュンダルンも良しとしなかった。
ある日ヒュンダルンはアクロースに庇われながらも数名の紳士達に囲まれているウリート達に出くわしたのだ。明らかにウリートは困り顔で、アランドも険しい表情をしているにも拘らず彼らは自分勝手に話をし、ウリートをどこかへと誘おうとしていた。紳士達は城には出仕していない公爵家所縁の者達だ。侯爵家のアランドでは身分の差がある。断り切れないのも仕方がなかっただろう。そしてその中の一人がウリートに触れた。
ザワリ……………
ヒュンダルンの背中に寒気が走った。自分がされているわけでもないのに、明らかな嫌悪、だ。それに次いで怒りが湧く…
アランドが困っているからか?
アランドはヒュンダルンが学生の時からの友人である。良くも悪くも良い距離感を保って長い友人関係を築いてきたのだ。
だからだろう。アランドの大切な弟も困っているのだから…
また、熱を出してしまう…
取り留めなくそんな考えがヒュンダルンの頭の中を駆け巡る。そして、ウリートに触れていた紳士の手首を思い切りガシッと掴んでしまっていた。
「どうされました?嫌がっている様にしか見えませんよ?」
ヒュンダルンが現れた事でパッと輝くウリートの表情…笑顔であるが少しだけ困り顔…白い頬は上気していて緊張しているのが良くわかった。
プツリ…ヒュンダルンの頭の中で音がする。自分は冷静であると思っていたのに、それは外には出ていなかっただけなのだと歴戦の雄は顔には出さずに自分の未熟さを自嘲する。
「なっ……!」
急に腕を強く掴まれた方は怒り心頭だ。公爵家に連なる自分に何たる不作法かと腕を握る者を仰ぎ見て固まっていた。
ヒュンダルン自身もエーベ公爵家、先王の王弟の家の出身である。親戚筋のゴーリッシュ家に男児が産まれず次男であったヒュンダルンが幼い時に養子にと入ったのだ。ならばヒュンダルンは現王の親戚筋であってここにいる者達よりも身分が高い者になる。
ウリートに触れていた紳士は青い顔のまま震えながらウリートの手を離した。
「遅くなってすまなかった、ウリート殿。アランド、後は代ろう。まだ勤務が残っているのだろう?さて、ウリート殿?前回はどこまで見たかな?兵法における三大禁忌については纏められたか?」
いつもの勉強会の様にヒュンダルンはさりげなくウリートをエスコートし、書庫の中へと消えていく。それを横目で追っていたアランドも公爵家所縁の紳士達に礼をしてまた書庫に入って行った。
こんな経緯から落ち合う日時を決める様にしたのだった。ヒュンダルンの手隙の日時をウリートに手紙で知らせてウリートの体調が良ければ書庫で落ち合う。
ウリートはこの提案を酷く気に入った様であった。
「私、初めて手紙をもらったのがゴーリッシュ騎士団長からなんです…!また手紙が頂けるなんて……!」
ウリートは嬉しそうにニコニコしている。初めて友人からもらった手紙が嬉しくて嬉しくて毎日持ち歩いて書庫に来ていたと言うから驚きだった。
「手紙くらいいくらでも出そう。先程の様に意にそぐわない事が起こったら私の名前を出していい。」
しかし、相手は公爵家…公爵家同士の関係を悪くしてしまったら…そう思うとウリートにははい、と返事ができない。
「……………」
だからウリートは押し黙ったまま、少し困った様に微笑んだ。どう答えを返したら良いか思い倦ねている時のウリートの癖だ。
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