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18、書庫の妖精 2
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「書庫に亡霊?」
キルマーから質問を受けた中堅の財務官は忙しく資料に走らせていた視線を不機嫌そうにキルマーに向けてくる。まだ新人騎士から抜け出せない様な若造とみられる騎士などは他部署のお偉方からは軽んじられる事などよくある事で、そんな視線にもめげずにキルマーは聞き込みを続けていた。
「はぁ…君は王家に楯突きたいのかね?」
視線と同じく冷たく硬い声が見えない圧力と共にグリグリとキルマーを押し潰していく…
「お、王家に、ですか?」
キルマーはこの国の国王と国民の為の騎士である。楯突くつもりなど微塵もなく下らない噂を払拭しようと奮闘しているのだが…
「そうだ、王家所有の書庫に誰ぞが居たとしたらそれは陛下のお許しあってのことだろう?そんな事も考えつかないのか?」
「う……」
「この事は陛下もご存じなのだ。要らん騒ぎ立てをするでない。」
「は…」
これで話は終わったと、財務官は手で煩わしそうにキルマーを遇らった。陛下が把握している事ならば書庫の人物は亡霊などではないのだ。
「君も出世したいならつまらない囀りにいちいち反応しない事だ。件の者の事は書庫の妖精とでも思っておきなさい。」
「書庫の……妖精……」
知っている者から聞いた話を纏めると、書庫の妖精なる人物は出仕する者達が少ない早朝に現れ、1時間から2時間程で姿を消すらしい。日が登りつつある早朝に現れるのだから勿論亡霊ではない。目撃者の誰もがらしい、と表現しているのだが、その中の誰もがまだ書庫の妖精本人に会った事がないからなのだとか。朝早い時間に車庫に行く、そこに書庫の妖精らしき者がいたとしても用を済ませている間に既にその人物は消えている。またその者を目当てに行こうとしても広い書庫内で上手いこと姿を眩ませてしまうそうで…そのような理由から誰もまともに顔も見た事がないのだ。
「レオドル卿が…?書庫の、妖精と…?」
見聞きした事を報告するのも騎士の勤めとして早速ゴーリッシュ騎士団長に報告した所、ゴーリッシュ騎士団長もリード副騎士団長も目を丸くして驚いている。
レオドル卿というのは先程キルマーと対していた中堅の財務官イリーズ・レオドルの事である。彼は仕事人間の標本の様な人物で、笑いもしなければ無駄話もしない、冗談なんて持っての他、と言う仕事一筋の人間であった。そんな彼から妖精と言う単語が出てくる事自体、魂が抜かれるほどの驚きなのだ。
「はい。そうおっしゃってました。陛下も把握されている事だから、と。」
「……成程……アランドは上手く隠している様なのだな…」
「は…?アランド殿と言うと、第3騎士団長殿の事で?一体何を?」
「ん?さぁて…王の膝元での事だ。あれは人に害成す者ではない。書庫の妖精だと下の者にも言っておきなさい。」
「は……!」
書庫の亡霊は書庫の妖精と名を変えて人々の間を駆け抜ける事となる。
「リード、アランドに連絡を……」
興味本意の者達から要らぬ手出しを出される前に友人の家族には知らせておいた方がよさそうであった。
「ねぇ、お兄様…ねぇってば、お兄様!」
書記官室で働く書記官達は決して暇ではない。各会議に手分けして出席して議事をまとめ上げ期限内で上司に提出しなければならない。緊張感漂う執務室の中でペンを走らせる音が響く中、甘えた様な間伸びした令嬢の声がその中心にいる者をしつこく呼んでいる。
呼ばれている者は徹底的に無視を決めたのか、銀縁の眼鏡の下にある冷たい視線を上げようともしない。
「もう!聞きてますの?お兄様!」
痺れを切らした令嬢は持っていた扇をピシャリと音を立てて閉じた。
「厳密に言うと、まだ君の兄ではないんだが。」
やっとの事で冷たく光る淡青の瞳を令嬢の方へと向けたのだ。
「また、そんな冷たいことおっしゃって!もう、我が家への養子縁組が決まる頃じゃありませんの?だったらお兄様ですわ。」
「ご令嬢……」
はぁぁぁと大きな溜息を一つ吐いて副書記官のサイラス・ライーズはゆっくりと銀縁の眼鏡を外した。
令嬢と呼ばれたのは書記官執務室に設置してあるソファーに悠々と腰掛け、優雅にお茶を飲んでいるオークツ国宰相の愛娘である、アメリア・ フォロークスだ。
「嫌だわお兄様、他人行儀な!アメリアとお呼びくださいませ。」
呼ぶも何もサイラスはフォロークス家との養子縁組に承諾していない。それどころかどこの家とも具体的な話は進んでいないのだ。しかし優秀なサイラスを欲しがる家は多いわけで、その筆頭家とも呼ぶべきフォロークス家が愛娘を使ってこの様な手に出ているのである。
「今日はどうしたと言うのです?」
今日は、とサイラスに言わせるほどアメリアは頻繁にここに遊びにきているらしい。サイラスはやれやれ全くと言う態度を隠しもせずに、投げやりに机に頬杖をついた。
「ええ、こんなお噂はご存じかしら、と思って。」
またか……どうして子女と言うものはこんなに無駄な話ばかり…
「書庫の妖精…非常に優秀で学がある方らしいですわね?」
キルマーから質問を受けた中堅の財務官は忙しく資料に走らせていた視線を不機嫌そうにキルマーに向けてくる。まだ新人騎士から抜け出せない様な若造とみられる騎士などは他部署のお偉方からは軽んじられる事などよくある事で、そんな視線にもめげずにキルマーは聞き込みを続けていた。
「はぁ…君は王家に楯突きたいのかね?」
視線と同じく冷たく硬い声が見えない圧力と共にグリグリとキルマーを押し潰していく…
「お、王家に、ですか?」
キルマーはこの国の国王と国民の為の騎士である。楯突くつもりなど微塵もなく下らない噂を払拭しようと奮闘しているのだが…
「そうだ、王家所有の書庫に誰ぞが居たとしたらそれは陛下のお許しあってのことだろう?そんな事も考えつかないのか?」
「う……」
「この事は陛下もご存じなのだ。要らん騒ぎ立てをするでない。」
「は…」
これで話は終わったと、財務官は手で煩わしそうにキルマーを遇らった。陛下が把握している事ならば書庫の人物は亡霊などではないのだ。
「君も出世したいならつまらない囀りにいちいち反応しない事だ。件の者の事は書庫の妖精とでも思っておきなさい。」
「書庫の……妖精……」
知っている者から聞いた話を纏めると、書庫の妖精なる人物は出仕する者達が少ない早朝に現れ、1時間から2時間程で姿を消すらしい。日が登りつつある早朝に現れるのだから勿論亡霊ではない。目撃者の誰もがらしい、と表現しているのだが、その中の誰もがまだ書庫の妖精本人に会った事がないからなのだとか。朝早い時間に車庫に行く、そこに書庫の妖精らしき者がいたとしても用を済ませている間に既にその人物は消えている。またその者を目当てに行こうとしても広い書庫内で上手いこと姿を眩ませてしまうそうで…そのような理由から誰もまともに顔も見た事がないのだ。
「レオドル卿が…?書庫の、妖精と…?」
見聞きした事を報告するのも騎士の勤めとして早速ゴーリッシュ騎士団長に報告した所、ゴーリッシュ騎士団長もリード副騎士団長も目を丸くして驚いている。
レオドル卿というのは先程キルマーと対していた中堅の財務官イリーズ・レオドルの事である。彼は仕事人間の標本の様な人物で、笑いもしなければ無駄話もしない、冗談なんて持っての他、と言う仕事一筋の人間であった。そんな彼から妖精と言う単語が出てくる事自体、魂が抜かれるほどの驚きなのだ。
「はい。そうおっしゃってました。陛下も把握されている事だから、と。」
「……成程……アランドは上手く隠している様なのだな…」
「は…?アランド殿と言うと、第3騎士団長殿の事で?一体何を?」
「ん?さぁて…王の膝元での事だ。あれは人に害成す者ではない。書庫の妖精だと下の者にも言っておきなさい。」
「は……!」
書庫の亡霊は書庫の妖精と名を変えて人々の間を駆け抜ける事となる。
「リード、アランドに連絡を……」
興味本意の者達から要らぬ手出しを出される前に友人の家族には知らせておいた方がよさそうであった。
「ねぇ、お兄様…ねぇってば、お兄様!」
書記官室で働く書記官達は決して暇ではない。各会議に手分けして出席して議事をまとめ上げ期限内で上司に提出しなければならない。緊張感漂う執務室の中でペンを走らせる音が響く中、甘えた様な間伸びした令嬢の声がその中心にいる者をしつこく呼んでいる。
呼ばれている者は徹底的に無視を決めたのか、銀縁の眼鏡の下にある冷たい視線を上げようともしない。
「もう!聞きてますの?お兄様!」
痺れを切らした令嬢は持っていた扇をピシャリと音を立てて閉じた。
「厳密に言うと、まだ君の兄ではないんだが。」
やっとの事で冷たく光る淡青の瞳を令嬢の方へと向けたのだ。
「また、そんな冷たいことおっしゃって!もう、我が家への養子縁組が決まる頃じゃありませんの?だったらお兄様ですわ。」
「ご令嬢……」
はぁぁぁと大きな溜息を一つ吐いて副書記官のサイラス・ライーズはゆっくりと銀縁の眼鏡を外した。
令嬢と呼ばれたのは書記官執務室に設置してあるソファーに悠々と腰掛け、優雅にお茶を飲んでいるオークツ国宰相の愛娘である、アメリア・ フォロークスだ。
「嫌だわお兄様、他人行儀な!アメリアとお呼びくださいませ。」
呼ぶも何もサイラスはフォロークス家との養子縁組に承諾していない。それどころかどこの家とも具体的な話は進んでいないのだ。しかし優秀なサイラスを欲しがる家は多いわけで、その筆頭家とも呼ぶべきフォロークス家が愛娘を使ってこの様な手に出ているのである。
「今日はどうしたと言うのです?」
今日は、とサイラスに言わせるほどアメリアは頻繁にここに遊びにきているらしい。サイラスはやれやれ全くと言う態度を隠しもせずに、投げやりに机に頬杖をついた。
「ええ、こんなお噂はご存じかしら、と思って。」
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「書庫の妖精…非常に優秀で学がある方らしいですわね?」
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