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1、これではいけません
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「まぁ!結婚したいですって?」
うららかな午後の日差しが降り注ぐ広々とした温室の中で華やかな貴婦人の声が上がった。温室の中は良く整えられていてこの国では珍しい暖かな地方から取り寄せた植物も花をつけそれは見事な見頃となっている。温室の中央には細かい飾り彫された大理石のテーブルと職人が丁寧に掘り上げた細工が施された椅子やソファーが置かれていて、婦人はソファーの方にゆったりと座り白い茶器に入った紅茶を楽しんでいたようだ。その目の前の1人掛けの椅子には背筋を伸ばして姿勢良く座って婦人の話し相手になっている1人の青年が少しだけ困った様な微笑みを湛えていた。
青年は中背のやや細身の身体で、黒髪に深い碧い瞳が印象的などちらかと言えば中性的な顔立ちをしている。困った様にも見える柔らかな笑顔がとても優しく見えて青年の人の良さを表している様でもあった。
対して婦人は花の盛りを過ぎ去った中年の域だろうか。青い瞳は青年によく似た色で、髪は焦茶。派手ではないが決して地味でもない彩りをドレスに品良く取り入れていて婦人のクルクルと変わる表情を若々しく映し出していてこの夫人によく似合っていた。
「ええ…そうなのです。エリザ叔母様…このまま家にいても僕はお荷物になってしまうでしょうし…」
温室の青年ウリートはこの国のアクロース侯爵家の次男にあたる。幼い頃から病弱で、このアクロース侯爵邸を出た事は数える程しかないと言う真性の箱入り息子であった。侯爵邸は広く散策するには十分すぎるほどで、またその財力を持ってすれば優秀な人材を集めてウリートの為の教育係を揃えることなど造作もなかったからこの屋敷を出る必要も無かったとも言えるのだが…
「まぁ、ウリート!お荷物などと言うものではありませんよ!お姉様やあなたの家族はそれはそれはあなたを可愛がっておられるでしょう?」
ここに訪問しているエリザ叔母はウリートの母の妹にあたる。ウリートの母はエリザ叔母とは反対に控えめで余り目立たない様な性格の持ち主だが、この姉妹の仲は良くエリザ叔母はちょくちょくお茶をしにアクロース侯爵邸に足を運ぶのである。
ウリートの家族には両親と兄と弟がいる。父や他の兄弟達には勿論仕事があるのだが全員このアクロース侯爵邸で暮らしている。そして幼い頃何度も病気で死にかけているウリートの事を皆で過保護かと言うほどに構い倒すのがこの家の家族のコミュニケーションの一つであったりもする。今でも長男である次期侯爵アランドから命を受けた侍女が数名、温室の入り口でウリートの為に控えているのだ。
「それはありがたい事に…けれど、このアクロース侯爵家は時期に兄様の物になりますし、いつまでも僕がいては兄様の結婚相手にも悪いでしょうし、いつまでも婚姻しない兄がいてはセージュの結婚にも響きますから…」
セージュ…今ではすっかりウリートよりも大きくなってしまった弟だ。昔は兄のウリートにベッタリでウリートが熱があって寝込んでいるとウリートの部屋に絵本やおもちゃを持ち込んで一人で遊んでいるような可愛い弟だった。
「そんな事…このアクロース侯爵家の誰もが気にもしませんよ?他ならぬ大事なあなたの事でしょうに。」
「それでもいつまでもここにいるわけにはいきませんから。」
もう既に17歳になろうと言うウリートだ。本当ならばもっと早い時期に婚約者が決まっていても良いくらいだろう。実際に長男アランドや弟のセージュには山の様に縁談話があるのだがウリートの事が心残りで有ると言ってどちらも婚約しようとしないのだ。だからウリートも早く婚約してしまおうと考えた。他の兄弟のためにもこれが1番良いのだと。
「そうねぇ…幸せを望むのは決して悪くはないわ。けれど、あなたがお荷物なんて事考えないで頂戴ね?」
そんな事を言い出せば、優しい両親や兄弟達がきっと自分の仕事や何もかもを全て放り出して一日中でもウリートの側から離れなくなるだろう。
「いいえそんな事を思ってるのではないです。エリザ叔母様、僕も婚姻を機に自立したいんです。」
けれどウリートは身体が弱く大した仕事はできないだろう。侯爵家と言っても次男のウリートは爵位を継げないし、騎士となって名声を上げることもできない。しかし学は身につけた。だから家庭教師で生計を立てて小さな家を持って伴侶と一緒に静かに暮らそうと思っている。
「ま…ぁ偉いわ、ウリート。流石はお姉様の自慢の子ね。でも無理はしないで頂戴ね?あなたはすぐに熱を出すから…」
「ええ…情けないのですが。」
社交をしようにも、幼い頃に王城で開かれた子息子女の可愛らしいお茶会に出席した後熱を出し、10日程生死の境を彷徨ってしまった。それからと言うもの貴族家に生まれたのにも拘らず社交という社交はしてきていない。勿論、どこぞに狩猟に行く事や避暑地を訪れての交流も全くしていないのだ。だからウリートの周囲には貴族の知り合いが全くいないと言っても過言ではない。ごく親しい親戚ならばエリザ叔母の様に邸に訪ねて顔を見せることもあるが、ウリートの身体の事を慮ってアクロース侯爵家では邸内でのパーティやお茶会などを開かずに極静かに生活してきたのだ。
「そうねぇ…まずは皆様に顔と存在を知っていただかなければダメよねぇ?」
絵姿をばら撒くのは良いが申し込みが有れば直接会わなくてはならないだろう。身体の弱いウリートにその日程をこなせるのかも怪しいものだった。
「そうなのです。社交というものをしてきませんでしたから、まずはそこから慣れていこうかと思っていまして…エリザ叔母様はお詳しいでしょう?」
「そうね?」
可愛い甥っ子に頼りにされれば悪い気はしないものだ。
「あなたはとても気量良しですもの。きっと素敵な方が見つかるわ。それと、家族みんなが納得する様な方でなくては駄目ね?あ、それよりも前にあの過保護な人達を説得しなければならなかったわ…いいわ!叔母様にお任せなさい!素敵な社交場を紹介して差し上げるから。ね?」
「はい。よろしくお願いします。エリザ叔母様。」
こうしてウリートは社交第一歩を踏み出す事になる。
うららかな午後の日差しが降り注ぐ広々とした温室の中で華やかな貴婦人の声が上がった。温室の中は良く整えられていてこの国では珍しい暖かな地方から取り寄せた植物も花をつけそれは見事な見頃となっている。温室の中央には細かい飾り彫された大理石のテーブルと職人が丁寧に掘り上げた細工が施された椅子やソファーが置かれていて、婦人はソファーの方にゆったりと座り白い茶器に入った紅茶を楽しんでいたようだ。その目の前の1人掛けの椅子には背筋を伸ばして姿勢良く座って婦人の話し相手になっている1人の青年が少しだけ困った様な微笑みを湛えていた。
青年は中背のやや細身の身体で、黒髪に深い碧い瞳が印象的などちらかと言えば中性的な顔立ちをしている。困った様にも見える柔らかな笑顔がとても優しく見えて青年の人の良さを表している様でもあった。
対して婦人は花の盛りを過ぎ去った中年の域だろうか。青い瞳は青年によく似た色で、髪は焦茶。派手ではないが決して地味でもない彩りをドレスに品良く取り入れていて婦人のクルクルと変わる表情を若々しく映し出していてこの夫人によく似合っていた。
「ええ…そうなのです。エリザ叔母様…このまま家にいても僕はお荷物になってしまうでしょうし…」
温室の青年ウリートはこの国のアクロース侯爵家の次男にあたる。幼い頃から病弱で、このアクロース侯爵邸を出た事は数える程しかないと言う真性の箱入り息子であった。侯爵邸は広く散策するには十分すぎるほどで、またその財力を持ってすれば優秀な人材を集めてウリートの為の教育係を揃えることなど造作もなかったからこの屋敷を出る必要も無かったとも言えるのだが…
「まぁ、ウリート!お荷物などと言うものではありませんよ!お姉様やあなたの家族はそれはそれはあなたを可愛がっておられるでしょう?」
ここに訪問しているエリザ叔母はウリートの母の妹にあたる。ウリートの母はエリザ叔母とは反対に控えめで余り目立たない様な性格の持ち主だが、この姉妹の仲は良くエリザ叔母はちょくちょくお茶をしにアクロース侯爵邸に足を運ぶのである。
ウリートの家族には両親と兄と弟がいる。父や他の兄弟達には勿論仕事があるのだが全員このアクロース侯爵邸で暮らしている。そして幼い頃何度も病気で死にかけているウリートの事を皆で過保護かと言うほどに構い倒すのがこの家の家族のコミュニケーションの一つであったりもする。今でも長男である次期侯爵アランドから命を受けた侍女が数名、温室の入り口でウリートの為に控えているのだ。
「それはありがたい事に…けれど、このアクロース侯爵家は時期に兄様の物になりますし、いつまでも僕がいては兄様の結婚相手にも悪いでしょうし、いつまでも婚姻しない兄がいてはセージュの結婚にも響きますから…」
セージュ…今ではすっかりウリートよりも大きくなってしまった弟だ。昔は兄のウリートにベッタリでウリートが熱があって寝込んでいるとウリートの部屋に絵本やおもちゃを持ち込んで一人で遊んでいるような可愛い弟だった。
「そんな事…このアクロース侯爵家の誰もが気にもしませんよ?他ならぬ大事なあなたの事でしょうに。」
「それでもいつまでもここにいるわけにはいきませんから。」
もう既に17歳になろうと言うウリートだ。本当ならばもっと早い時期に婚約者が決まっていても良いくらいだろう。実際に長男アランドや弟のセージュには山の様に縁談話があるのだがウリートの事が心残りで有ると言ってどちらも婚約しようとしないのだ。だからウリートも早く婚約してしまおうと考えた。他の兄弟のためにもこれが1番良いのだと。
「そうねぇ…幸せを望むのは決して悪くはないわ。けれど、あなたがお荷物なんて事考えないで頂戴ね?」
そんな事を言い出せば、優しい両親や兄弟達がきっと自分の仕事や何もかもを全て放り出して一日中でもウリートの側から離れなくなるだろう。
「いいえそんな事を思ってるのではないです。エリザ叔母様、僕も婚姻を機に自立したいんです。」
けれどウリートは身体が弱く大した仕事はできないだろう。侯爵家と言っても次男のウリートは爵位を継げないし、騎士となって名声を上げることもできない。しかし学は身につけた。だから家庭教師で生計を立てて小さな家を持って伴侶と一緒に静かに暮らそうと思っている。
「ま…ぁ偉いわ、ウリート。流石はお姉様の自慢の子ね。でも無理はしないで頂戴ね?あなたはすぐに熱を出すから…」
「ええ…情けないのですが。」
社交をしようにも、幼い頃に王城で開かれた子息子女の可愛らしいお茶会に出席した後熱を出し、10日程生死の境を彷徨ってしまった。それからと言うもの貴族家に生まれたのにも拘らず社交という社交はしてきていない。勿論、どこぞに狩猟に行く事や避暑地を訪れての交流も全くしていないのだ。だからウリートの周囲には貴族の知り合いが全くいないと言っても過言ではない。ごく親しい親戚ならばエリザ叔母の様に邸に訪ねて顔を見せることもあるが、ウリートの身体の事を慮ってアクロース侯爵家では邸内でのパーティやお茶会などを開かずに極静かに生活してきたのだ。
「そうねぇ…まずは皆様に顔と存在を知っていただかなければダメよねぇ?」
絵姿をばら撒くのは良いが申し込みが有れば直接会わなくてはならないだろう。身体の弱いウリートにその日程をこなせるのかも怪しいものだった。
「そうなのです。社交というものをしてきませんでしたから、まずはそこから慣れていこうかと思っていまして…エリザ叔母様はお詳しいでしょう?」
「そうね?」
可愛い甥っ子に頼りにされれば悪い気はしないものだ。
「あなたはとても気量良しですもの。きっと素敵な方が見つかるわ。それと、家族みんなが納得する様な方でなくては駄目ね?あ、それよりも前にあの過保護な人達を説得しなければならなかったわ…いいわ!叔母様にお任せなさい!素敵な社交場を紹介して差し上げるから。ね?」
「はい。よろしくお願いします。エリザ叔母様。」
こうしてウリートは社交第一歩を踏み出す事になる。
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