3 / 27
3 シャーリン
しおりを挟むそうだっ、ユキちゃん!
背後にいるユキちゃんの存在を思い慌てて振り返ると、彼は顔を真下に向けていた。未だぼろぼろと涙が地面へ落ちていく。土は雨が降ったかのように所々色を濃くしていた。
「ユキくん・・・・・・」
「ふっ――
小さく声をかけると、ユキちゃんは声を漏らしてしゃがみ込んでしまった。手で次から次へと流れてくる涙を拭い取り、静かに泣いている。まさにしくしくという言葉が当てはまるような泣き方だ。見ているだけで胸が締め付けられた。
どう声をかけていいかわからない。目の前で思いきり泣いている人を励ましたりするなんて、今まで友達すらまともにいなかった俺にとっては難易度が高い行為なのだ。
どう声をかければ良い?なんて言えば良い?肩を優しく叩く?背中を擦る?それともやさしく抱きしめる・・・・・・?
最近コンからもの凄く拒絶されたことが頭に残っており、行動に移すことが憚られた。突然身体に触れたら、嫌われてしまうかもしれない。
結局俺は、何を言うことも何をすることもできず、落ちて潰れてしまったおにぎりを黙って拾うことにした。手に触れる米粒の塊は、まだ温かい。せっかくユキちゃんが心を込めて握ってくれたおにぎり。俺の、懐かしき故郷の食べ物。
湯気を立てていたものは、今は割れて中身が零れてしまっていた。悲しい。
トレーの砂を払い拾い上げたおにぎりを二つ、その上に置く。中身がほとんど零れてしまったお椀も、外側に垂れた汁を拭って隣に置いた。
もったいない・・・・・・。砂に塗れた食事を見て、そう思った。味噌汁の方はほぼ残っていないが、おにぎりなら砂を払えばギリギリいけるか・・・・・・?
「昨日、両親から送られてきたんです・・・・・・」
おにぎりを手に取り食べられるか考えていたら、少し涙が引いたらしいユキちゃんが涙声で話し始めた。
「僕の両親、近くの農場で畑やってて・・・時々作ったものを送ってくれるんです。か、顔のせいで米しか作らせて貰えなくて経済的にもぎりぎりのところだったんですけど、ナナミさんのお陰で段々その味が認知されるようになって、それで売れ行きも良くなってきて。だから、そのお礼だって、昨日店宛てに届いたんです。だから、今日はおにぎりにしようって思って・・・・・・」
そこまで言うと、ユキちゃんの目から再び涙が滲んできた。今手の上にあるおにぎりに、そんな背景があったなんて。普通の、いや普通と言ったら語弊があるけど、近くの卸業者の人から入手したいつもの米とはひと味違うとは思っていたが、まさかユキちゃんのご両親が作られたものだったとは思わなかった。
「せっかく、父さんたちがつくってくれたのにっ・・・・・・」
潤んだ瞳で俺の手の中の崩れたおにぎりを見て、ユキちゃんは再び泣いた。
自分の親が作ってくれたものがこんな目に遭わされたら、それは悲しいよな・・・・・・。ユキちゃんの泣き声に心臓がズキズキと痛む。鼻を啜る彼の横で、俺も目の奥がじんと熱くなってきた。
砂の付いたおにぎりが滲んでくる。俺は考えるよりも先に手を動かしていた。
「なっ、ナナミさんっ!!?何やってるんですか!?汚いですやめてください!!!」
砂粒の付いた面を剥って無事な部分を口に入れた俺にユキちゃんは驚愕し、細い腕からは想像できない程の強い力で腕を掴み、さらに口に運ぶのを阻止してきた。驚きのためか涙は吹き飛んでおり、食べ物ではない物を口に含んだ赤ん坊に対して『ぺっしなさい、ぺっ!』と言っている母親のようになってる。
「おいしい。ユキちゃんのご両親が作ってくれたお米、めちゃくちゃおいしいよ」
少しだけ涙が出てしまったかもしれない。恥ずかしながらやや震えた声でそう告げると、ユキちゃんはまたまた泣いてしまったのだった。
0
お気に入りに追加
222
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

後宮の棘
香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。
☆完結しました☆
スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。
第13回ファンタジー大賞特別賞受賞!
ありがとうございました!!
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
【完結】暁の草原(改稿作業中)
Lesewolf
ファンタジー
かつて守護竜の愛した大陸、ルゼリアがある。
その北西に広がるセシュール国が南、大国ルゼリアとの国境の町で、とある男は昼を過ぎてから目を覚ました。
大戦後の復興に尽力する労働者と、懐かしい日々を語る。
彼らが仕事に戻った後で、宿の大旦那から奇妙な話を聞く。
面識もなく、名もわからない兄を探しているという、少年が店に現れたというのだ。
男は警戒しながらも、少年を探しに町へと向かった。
=====
別で投稿している「暁の荒野」と連動しています。「暁の荒野」の続編が「暁の草原」になります。
どちらから読んでいただいても、どちらかだけ読んでいただいても、問題ないように書く予定でおります。読むかどうかはお任せですので、おいて行かれているキャラクターの気持ちを知りたい方はどちらかだけ読んでもらえたらいいかなと思います。
面倒な方は「暁の荒野」からどうぞ!
※「暁の草原」、「暁の荒野」共に残酷描写がございます。ご注意ください。
=====
この物語はフィクションであり、実在の人物、国、団体等とは関係ありません。
=====
他、Nolaノベル様、アルファポリス様にて投稿しておりますが、執筆はNola(エディタツール)で行っております。
Nolaノベル様、カクヨム様、アルファポリス様の順番で投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる