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25、[完]真実 2
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「傷が……」
大きな悲しみは消えていかない。しかし、助かった安堵感を感じれば、フリージアはタガードの身体の傷が気になりだす。自分もだがタガードの身体からは血の香りが強い。
「構わんと言ったろう?擦り傷だ。大事な女であるお前を守れたのだ。誇りに思え。」
しっかりと、けれど優しく抱きしめながらタガードは汚れたフリージアの髪に何度も口づけを落とす。
「汚れたな…」
タガードはガシュッと愛刀を引き抜いてそれをノレッタに手渡し、フリージアを横抱きにした。
「妃殿下、無事ですね?」
ノレッタはすぐにフリージアの全身をざっと確認した。
「ええ…貴方も、良く…」
「はい、これでございます。」
そしてホッと一息つくと、ノレッタはすちゃっと細い紐が付いている何本もの暗器を取り出した。
「蹴落とされた時に、これを城壁側へ何本も打ち込んで、壁を登って来ました。」
壁を登る…また物凄いことをしてきたものだ…ゲルテンの民には限界はないのだろうか。
「それより早く降りましょう。皆心配していると思いますし、煙臭いですし。」
赤の城はレンガでできている。火を放たれたとしても、城内にある家具やら調度品が燃えたにすぎないだろう。時間が経てば自然に火は止まる。
「あ~あ…こりゃしばらく使えませんね~。」
消火したとしても燻る火種に城内は灼熱地獄だろうし、煤だらけだ。
「天幕で構わん。それより早く湯を使わせてやりたい。」
早々に今の城を切り捨てて天幕生活を取ったタガードの腕の中には血を浴びたフリージアが抱かれたままだ。そして他の戦士達よりもタガードは傷だらけであった。
「ま~た無理して……強がるなって言っただろ?先発隊だって駆けつけることができたのに、オアシスの残党どもを問答無用に切り捨てて、情報収集もしないままたった一人で突っ込んで行きやがって…」
あの混乱のオアシスでタガードが1人突っ走ったので、それに振り回された先発隊として連れてきた戦士達が赤の城に出発するのが遅れたのである。
「いいだろう。無傷で取り返したのだし。」
「無傷なのは妃殿下だけだろうが!」
「ふふん、勲章が羨ましいか?」
「そうじゃねぇだろ?タガード!王の命が粗末にされてて良いわけないだろう!!」
「その分、奴らには思い知らせてやったんだろうな?」
奴ら、ゲルテンを滅ぼし、あわよくばルナヨールを再建しようとしたマルクスと共に徒党を組んでいた者達だ。
「当たり前だろう?裏に行くか?山になってるぞ?」
幸いな事に、城内に火が放たれた後、城内で働く者達はほぼ全員城外に避難したそうだ。そして侵入してきた敵が自らが放った火によって燻り出されてきた所を一網打尽にしたのだと、ラルグは簡単に報告をした。
城の裏に、山になっている…何が、を聞くのはとてつもなく恐ろしい…
ブルリ、と震えたフリージアをタガードはまた優しく抱きしめる。
「もうここには残党はいないと思って良いだろう。まだ居たとしてもハイエナのようなゲルテンの戦士達が褒美欲しさに周囲を嗅ぎ回りに行くから、安心しろ。」
オアシスではタガード一人で大暴れしていたようで、迎撃上等、と湧き立っていた戦士達には不完全燃焼なのだそうだ。
タガードのフリージアにかける声が甘い……気のせいでなく、触れて来る腕が暖かすぎて優しい。
傷だらけのタガードを見れば本当に痛々しくて…早く治療をして欲しいと思ってもタガードがフリージアを降ろそうとはしない。
そして落ち着いて来れば先程からのタガードの言動がフリージアには信じられないようなものだと気付く。
"好きな、女"と仰った?"大事な女"と…私を助ける為に一人で傷だらけで血を流して…その傷を勲章って……?
抱きしめる腕が、撫でてくる手の感触が、無事かと聞いたあの声が、まるで壊れ物の宝を扱うみたいでさっきからずっとこそばゆくて、居心地が悪い…
知らず知らず、こんな時なのに顔が熱くなる……
「妃殿下、大丈夫か?」
下に降り、会う人会う人に血を被ったフリージアは心配をされてしまう。
「問題ない。これに触るな。ラルグ!天幕はまだか?」
「まだに決まってる!その前に、離れにある浴場に行っとけ!」
「そうですね。ご一緒に入ってこられては?妃殿下はお一人では……」
今日はお辛いでしょうから…
ノレッタが気を回した事で、タガードとの入浴が決定した。タガードに必要なのは入浴ではなく治療だと言いたいのだが、治療する前に傷口を洗ってこい、ということで共に入浴するのだ。
赤の城から少し離れた場所に石で作られた大きな浴場がある。周囲には柱と屋根と言う簡易な造りだ。ここは自然に湯が湧き出している場所で、昔から王族の所有する場所の一つであった。普段であれば見張りが交代で立つのだが、オアシスの権があり、戦士達という戦士は今は残党を追い国境を見張りに行き、他のオアシスを巡り、城を検証し、遺体の処理にと、皆んな駆り出されているのだった。
なので見張りはノレッタ率いる侍女数名。だが、先程の戦闘からもノレッタの能力が並外れているのがよく分かった。だから残党が残っているとしても怖くはない。目の前には、自分を抱いて離そうともしない、今は信じられないほど優しいヘーゼルの瞳をした、猛獣が居るのだから。
「自分でできます!」
着ているナイトドレスでさえ、タガードが脱がそうとしてくる。一線を超えた夫婦なのだから、何度も脱がされたことはあっても、共に入浴したことはないのだ。けれども、体にこびりついて固まった血は非常に気持ちが悪く、はやく洗い流したい気持ちで一杯ではある。
「遠慮することは無い。夫婦だろう?」
「けれども、やって頂くわけには…」
今は王妃でも元は奴隷である。タガードがそれを知っているのかさえ分からない。タガードはただオロオロするフリージアを見てただ楽しんでいるだけのような気もしてきた。
「構わん。少しは甘えろ。」
強くあれ、と言ったり甘えろ、と言ったり…熱くなった頬は温泉の熱気以外の熱を孕み、引く事を知らないらしい。
「私は、して頂く事に慣れてはおりません…帝国では、奴隷だったのですよ…?」
言うか言わずか迷った事実。フリージアの出生の秘密。自分は主人の身代わりであって、貴族でもない。タガードの漏れ出てくる気持ちが伝われば伝わるほど、フリージアは罪悪感に駆られていたのだ。
「それがどうした?今は俺の妃だろうが。」
事もなげにサラリと返される。まだタガードの傷からは血が滲み出てきているのに、それに構わずフリージアのナイトドレスをそっと脱がしにかかっている。まだ夜は明けず、冷気は肌を刺すようだ。
「奴隷でも、いいと?」
「帝国が和平の為にお前を寄越し、俺はお前を気に入った。それの何処が問題なんだ?」
労わる様にタガードはそっとフリージアの髪を撫で付けた。太陽の様に輝く金糸の髪は、敵であった者の血と煤と埃ですっかりとくすんでしまっている。
「………」
「帝国だとて和平を崩したい訳ではなかろう。ならばお前が帝国側の代表に変わらん。今更、不満か?」
そっとフリージアを湯の中に浸し、タガードはゆっくりと髪を洗って行く。
「不満…ですか?…生きているだけでもありがたいと言える立場で、不満など、ありはしません。」
ただ、戸惑っている…まさか、タガードから好かれているなどとは思ってもいなかったから。
「そうか…ならば良い。」
フリージアの髪を粗方洗い終えタガードは自分の服を脱ぎ捨てて湯の中に入る。痛々しい傷が、身体のあちこちにあって…正直正視できない様な有様だった。
「洗って…差し上げます…」
奴隷であったころ、フリージアは傷を負った者の手当てをしたことがある。勿論、当時は全裸同士ではなかった為に、今は目のやりどころに困るのだが、タガードの傷は見て見ぬ振りなど出来そうにもなかったから。
優しく、丁寧に一つ一つの傷をフリージアは洗って行く。そんな様をタガードは満足そうに眺め、まんざらでは無く嬉しそうにしているのだ。
「…いいな…」
ポツリとタガードが言う。
「何がでございますか?」
一番深そうな傷に取りかかったフリージアは、タガードとの会話に耳を傾けるよりも、傷が痛まない様にと丁寧に扱う事に神経を集中させていた。
「お前が、欲しいと思ったのだ…初めて見た時…」
「え…」
「だが、俺は帝国の作法など知らんし知りたくも無い。お前がここに馴染みきれていないことは分かっていたが…寄り添ってやれてなかったな…」
思いがけない言葉であった。先程の好きだ、とか…それもまだ消化できていないのに…タガードの本心をこんな所で聞く事になるとは。
「それなのに、お前は今ここに居て、俺の側でこうして仕えている……悪くないと思っている。」
突如始まった告白に何をどう答えれば良いのか…
「……子が………」
フリージアは小さく呟く。
「ん?」
「子が、いるかもしれないと、ノレッタに言われたのです…城から外に出る時に、何としても生きなければならないと思いました…」
マルクスに裏切られたと思った時も、マルクスが落ちてしまったと聞いた時も、生きなければと…
「自分の事の為にではなくて、子の為に……………けれど、今は……生きていて、良かったと、思っております……」
何を言っているのかよく理解できていない。けれどここに居るのは嫌じゃない、マルクスの命を奪ったのがノレッタだとしても、怨む気持ちはない。それよりも生きて、今ここにいられて良かった…本当に心からそう思えた。それをフリージアも伝えたかった。
「分かった…泣くな…お前が負うものは一緒に負ってやる。お前を傷付ける者からも何度でも守ろう。恨みたかったら恨んでもいい。だが、俺の側にいて欲しい……」
心の底から欲しいと思った…ただ一人の人間が、まさか、帝国の女だったなんて蛮族の王の頂点に立つタガードでさえ、想像さえしてこなかった。
けれど、目の前の白い肌の弱い女は、自分の身さえ守る事もできない、ゲルテンで言えば役に立たない様な女だ。それでもタガードの心臓を鷲掴みにするほどに苦しめ、踊らせ、喜ばせる女だ。
手を伸ばせば、はにかみながらも嫌がらない。それどころかその手を取ってくれるまでになった。生きてきた中で、こんなに満たされたことがあったか?
「ゲルテンと俺の命に賭けて誓おう…フリージア、生涯お前を愛し、守り抜くと…」
[完]
大きな悲しみは消えていかない。しかし、助かった安堵感を感じれば、フリージアはタガードの身体の傷が気になりだす。自分もだがタガードの身体からは血の香りが強い。
「構わんと言ったろう?擦り傷だ。大事な女であるお前を守れたのだ。誇りに思え。」
しっかりと、けれど優しく抱きしめながらタガードは汚れたフリージアの髪に何度も口づけを落とす。
「汚れたな…」
タガードはガシュッと愛刀を引き抜いてそれをノレッタに手渡し、フリージアを横抱きにした。
「妃殿下、無事ですね?」
ノレッタはすぐにフリージアの全身をざっと確認した。
「ええ…貴方も、良く…」
「はい、これでございます。」
そしてホッと一息つくと、ノレッタはすちゃっと細い紐が付いている何本もの暗器を取り出した。
「蹴落とされた時に、これを城壁側へ何本も打ち込んで、壁を登って来ました。」
壁を登る…また物凄いことをしてきたものだ…ゲルテンの民には限界はないのだろうか。
「それより早く降りましょう。皆心配していると思いますし、煙臭いですし。」
赤の城はレンガでできている。火を放たれたとしても、城内にある家具やら調度品が燃えたにすぎないだろう。時間が経てば自然に火は止まる。
「あ~あ…こりゃしばらく使えませんね~。」
消火したとしても燻る火種に城内は灼熱地獄だろうし、煤だらけだ。
「天幕で構わん。それより早く湯を使わせてやりたい。」
早々に今の城を切り捨てて天幕生活を取ったタガードの腕の中には血を浴びたフリージアが抱かれたままだ。そして他の戦士達よりもタガードは傷だらけであった。
「ま~た無理して……強がるなって言っただろ?先発隊だって駆けつけることができたのに、オアシスの残党どもを問答無用に切り捨てて、情報収集もしないままたった一人で突っ込んで行きやがって…」
あの混乱のオアシスでタガードが1人突っ走ったので、それに振り回された先発隊として連れてきた戦士達が赤の城に出発するのが遅れたのである。
「いいだろう。無傷で取り返したのだし。」
「無傷なのは妃殿下だけだろうが!」
「ふふん、勲章が羨ましいか?」
「そうじゃねぇだろ?タガード!王の命が粗末にされてて良いわけないだろう!!」
「その分、奴らには思い知らせてやったんだろうな?」
奴ら、ゲルテンを滅ぼし、あわよくばルナヨールを再建しようとしたマルクスと共に徒党を組んでいた者達だ。
「当たり前だろう?裏に行くか?山になってるぞ?」
幸いな事に、城内に火が放たれた後、城内で働く者達はほぼ全員城外に避難したそうだ。そして侵入してきた敵が自らが放った火によって燻り出されてきた所を一網打尽にしたのだと、ラルグは簡単に報告をした。
城の裏に、山になっている…何が、を聞くのはとてつもなく恐ろしい…
ブルリ、と震えたフリージアをタガードはまた優しく抱きしめる。
「もうここには残党はいないと思って良いだろう。まだ居たとしてもハイエナのようなゲルテンの戦士達が褒美欲しさに周囲を嗅ぎ回りに行くから、安心しろ。」
オアシスではタガード一人で大暴れしていたようで、迎撃上等、と湧き立っていた戦士達には不完全燃焼なのだそうだ。
タガードのフリージアにかける声が甘い……気のせいでなく、触れて来る腕が暖かすぎて優しい。
傷だらけのタガードを見れば本当に痛々しくて…早く治療をして欲しいと思ってもタガードがフリージアを降ろそうとはしない。
そして落ち着いて来れば先程からのタガードの言動がフリージアには信じられないようなものだと気付く。
"好きな、女"と仰った?"大事な女"と…私を助ける為に一人で傷だらけで血を流して…その傷を勲章って……?
抱きしめる腕が、撫でてくる手の感触が、無事かと聞いたあの声が、まるで壊れ物の宝を扱うみたいでさっきからずっとこそばゆくて、居心地が悪い…
知らず知らず、こんな時なのに顔が熱くなる……
「妃殿下、大丈夫か?」
下に降り、会う人会う人に血を被ったフリージアは心配をされてしまう。
「問題ない。これに触るな。ラルグ!天幕はまだか?」
「まだに決まってる!その前に、離れにある浴場に行っとけ!」
「そうですね。ご一緒に入ってこられては?妃殿下はお一人では……」
今日はお辛いでしょうから…
ノレッタが気を回した事で、タガードとの入浴が決定した。タガードに必要なのは入浴ではなく治療だと言いたいのだが、治療する前に傷口を洗ってこい、ということで共に入浴するのだ。
赤の城から少し離れた場所に石で作られた大きな浴場がある。周囲には柱と屋根と言う簡易な造りだ。ここは自然に湯が湧き出している場所で、昔から王族の所有する場所の一つであった。普段であれば見張りが交代で立つのだが、オアシスの権があり、戦士達という戦士は今は残党を追い国境を見張りに行き、他のオアシスを巡り、城を検証し、遺体の処理にと、皆んな駆り出されているのだった。
なので見張りはノレッタ率いる侍女数名。だが、先程の戦闘からもノレッタの能力が並外れているのがよく分かった。だから残党が残っているとしても怖くはない。目の前には、自分を抱いて離そうともしない、今は信じられないほど優しいヘーゼルの瞳をした、猛獣が居るのだから。
「自分でできます!」
着ているナイトドレスでさえ、タガードが脱がそうとしてくる。一線を超えた夫婦なのだから、何度も脱がされたことはあっても、共に入浴したことはないのだ。けれども、体にこびりついて固まった血は非常に気持ちが悪く、はやく洗い流したい気持ちで一杯ではある。
「遠慮することは無い。夫婦だろう?」
「けれども、やって頂くわけには…」
今は王妃でも元は奴隷である。タガードがそれを知っているのかさえ分からない。タガードはただオロオロするフリージアを見てただ楽しんでいるだけのような気もしてきた。
「構わん。少しは甘えろ。」
強くあれ、と言ったり甘えろ、と言ったり…熱くなった頬は温泉の熱気以外の熱を孕み、引く事を知らないらしい。
「私は、して頂く事に慣れてはおりません…帝国では、奴隷だったのですよ…?」
言うか言わずか迷った事実。フリージアの出生の秘密。自分は主人の身代わりであって、貴族でもない。タガードの漏れ出てくる気持ちが伝われば伝わるほど、フリージアは罪悪感に駆られていたのだ。
「それがどうした?今は俺の妃だろうが。」
事もなげにサラリと返される。まだタガードの傷からは血が滲み出てきているのに、それに構わずフリージアのナイトドレスをそっと脱がしにかかっている。まだ夜は明けず、冷気は肌を刺すようだ。
「奴隷でも、いいと?」
「帝国が和平の為にお前を寄越し、俺はお前を気に入った。それの何処が問題なんだ?」
労わる様にタガードはそっとフリージアの髪を撫で付けた。太陽の様に輝く金糸の髪は、敵であった者の血と煤と埃ですっかりとくすんでしまっている。
「………」
「帝国だとて和平を崩したい訳ではなかろう。ならばお前が帝国側の代表に変わらん。今更、不満か?」
そっとフリージアを湯の中に浸し、タガードはゆっくりと髪を洗って行く。
「不満…ですか?…生きているだけでもありがたいと言える立場で、不満など、ありはしません。」
ただ、戸惑っている…まさか、タガードから好かれているなどとは思ってもいなかったから。
「そうか…ならば良い。」
フリージアの髪を粗方洗い終えタガードは自分の服を脱ぎ捨てて湯の中に入る。痛々しい傷が、身体のあちこちにあって…正直正視できない様な有様だった。
「洗って…差し上げます…」
奴隷であったころ、フリージアは傷を負った者の手当てをしたことがある。勿論、当時は全裸同士ではなかった為に、今は目のやりどころに困るのだが、タガードの傷は見て見ぬ振りなど出来そうにもなかったから。
優しく、丁寧に一つ一つの傷をフリージアは洗って行く。そんな様をタガードは満足そうに眺め、まんざらでは無く嬉しそうにしているのだ。
「…いいな…」
ポツリとタガードが言う。
「何がでございますか?」
一番深そうな傷に取りかかったフリージアは、タガードとの会話に耳を傾けるよりも、傷が痛まない様にと丁寧に扱う事に神経を集中させていた。
「お前が、欲しいと思ったのだ…初めて見た時…」
「え…」
「だが、俺は帝国の作法など知らんし知りたくも無い。お前がここに馴染みきれていないことは分かっていたが…寄り添ってやれてなかったな…」
思いがけない言葉であった。先程の好きだ、とか…それもまだ消化できていないのに…タガードの本心をこんな所で聞く事になるとは。
「それなのに、お前は今ここに居て、俺の側でこうして仕えている……悪くないと思っている。」
突如始まった告白に何をどう答えれば良いのか…
「……子が………」
フリージアは小さく呟く。
「ん?」
「子が、いるかもしれないと、ノレッタに言われたのです…城から外に出る時に、何としても生きなければならないと思いました…」
マルクスに裏切られたと思った時も、マルクスが落ちてしまったと聞いた時も、生きなければと…
「自分の事の為にではなくて、子の為に……………けれど、今は……生きていて、良かったと、思っております……」
何を言っているのかよく理解できていない。けれどここに居るのは嫌じゃない、マルクスの命を奪ったのがノレッタだとしても、怨む気持ちはない。それよりも生きて、今ここにいられて良かった…本当に心からそう思えた。それをフリージアも伝えたかった。
「分かった…泣くな…お前が負うものは一緒に負ってやる。お前を傷付ける者からも何度でも守ろう。恨みたかったら恨んでもいい。だが、俺の側にいて欲しい……」
心の底から欲しいと思った…ただ一人の人間が、まさか、帝国の女だったなんて蛮族の王の頂点に立つタガードでさえ、想像さえしてこなかった。
けれど、目の前の白い肌の弱い女は、自分の身さえ守る事もできない、ゲルテンで言えば役に立たない様な女だ。それでもタガードの心臓を鷲掴みにするほどに苦しめ、踊らせ、喜ばせる女だ。
手を伸ばせば、はにかみながらも嫌がらない。それどころかその手を取ってくれるまでになった。生きてきた中で、こんなに満たされたことがあったか?
「ゲルテンと俺の命に賭けて誓おう…フリージア、生涯お前を愛し、守り抜くと…」
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