22 / 25
22、再会 1
しおりを挟む
フリージアの腕をとったトラールはそのまま腕を一振りしてマルクスの方へフリージアを投げ渡した。
「!?」
硬い胸当てが頬に当たり、少し痛みはあったものの、フリージアを優しく抱えてくれるマルクスの匂いも、体温も以前と変わらなくて、更に混乱する。
いま、ノレッタは落ちなかった…?
一瞬目を瞑ってしまったから、良く見えなかった…けれども、近くにノレッタは居ない。サッと見回しても見当たらない…
「怪我は?」
暖かく優しいマルクスの手がフリージアの頬を撫でる。丁度胸当てが当たった所だ。
「いえ、ノレッタは…?」
「ん?邪魔者なら蹴落としましたよ?」
トラールが階段の外側を指差す。
ここは、高所にある……こんな所から落ちたら……
フリージアは悲鳴をあげそうになるのを必死に堪えて両手で自分の口を押さえた。そうしなければ、闇雲に叫び散らかし、身体の震えも止められないと思ったのだ。
「トラール。フリージア様は荒事には慣れていない。あまり無茶をするな。」
「はい。申し訳ありません。いや、でも彼女隙がなくて邪魔だったので。」
なんとも軽い謝罪である。
そんなにノレッタの命は軽い物なのか?
そんなに人の命を取るのは簡単なことなのか?
「さ、内部を片付けよう。ここは冷える。」
隠し階段の出口からは既にモウモウと煙が溢れ出て来ていた。
「中には戻れませんね。外から行きますか?そろそろオアシスの将軍の方も片付いている事でしょうから。」
マルクスの手は優しいのだ。暖かく、柔らかにフリージアに触れる。小さい頃からそれは変わらず、懐かしい安堵さえも覚えてしまう。労わる様に背中を摩ってくれている今ならば余計にマルクスの優しさを思わざるを得なかった。
「…オアシス……陛下が…」
確かにオアシスに向かったと……
「へぇ?タガードはあっちにいるのか?残念だな…あ~ぁ!将軍に手がらもっていかれたな、こりゃ。」
「タガード様…!!」
いるか分からない子供だけれども、列記としたお腹の子の父親だ。
「諦めて下さいね?フリージア様。奴は屠られて当然なのです…分かるでしょう?」
フリージアの肩を抱くマルクスの手は酷く優しい。けれども伝えて来る言葉はなんと残酷な事だろう。
「私の国を滅ぼしただけでは飽き足らずゲルテンの者共は帝国に私を売った…」
滅ぼされたルナヨールの王族の血を引く者が、新たに建てられたゲルテンにてどの様な扱いを受けるのか…フリージアには想像もつかないが、帝国にいた方がまだ生き残れる確率は高かったのではないかとこの国に来て確信はしている。のだが、マルクスのゲルテンに対する恨みは尽きないらしい。
「分かりますか?奴隷として生き残る恥よりも、何が一番私を苦しめたか……」
「マルクス?」
優しく微笑んでいたその表情の下にはマルクスを追い詰め、酷く打ちのめしている事があったのだ。
グッとフリージアの肩に置かれたマルクスの手に力がこもる。
「王族として産まれても、自分の意志でもないのに子も残せない…」
帝国では蛮族の王族の奴隷は強制的に去勢される習わしだからだ。
「それがどれだけ屈辱的なのか、底のない憎しみ、恨みを築き上げるのか分かりますか?」
蛮族にとって、子供は富と栄えの象徴である。それを持つ事ができない。そんな王族が統べる王家は栄えず滅ぶ。つまり、自分がいる事でルナヨールが滅びた…そう幼い子供の心に刷り込む事くらい、簡単な事であっただろう。長年自責の念を育まされつつ育ったマルクスは、やがて帝国に紛れ込んでいたルナヨールの民の生き残りや、蛮族に連なる者達から真実を聞かされる。子供が産まれないのは、帝国の方針で、そんな残酷な刑に処したのは元を辿れば当時のゲルテン国王の決定であったと。
「…それは…心からお痛み申し上げます。」
フリージアだとて奴隷だったのだ。待遇が悪くないと言えども自由は一切なかった。マルクスはこれに加えて長年に及び、自国となるべき国を滅ぼしてしまったと言う自責の念に苦しんできたのだ。それはフリージアの想像などが追いつかない様な苦しみだったのだろう…
だから、心からそう言葉が出た。
けれど、だけれど…ノレッタが死んでもいいと?オアシスに住む人々は?……前ゲルテン国王の息子であるタガード様がマルクスを処したわけではないのに?
「行こう、トラール。長居は無用だ。」
フリージアの肩をきつく掴んだままマルクスは階下へと降りようとする。
グルグルとフリージアの思考は巡る。いっその事、夜風に流れ靡く金の髪の様に、流れ行き着く所がわかっていたのならば、こんなに苦しい思いはしないのかもしれない。
一緒に行く、一緒に行って、それで?タガードもいないのに、もし本当に受胎していたのならば?
「フリージア様。もし、その腹に子がいたとしても構いません。なぜならゲルテンは滅びるのだ。そうだな。奴の子ならば同じ目に合わせてやってもいいかもしれない。」
静かに語るマルクスの声は、砂漠の夜の冷気よりもフリージアをゾッとさせた…
「!?」
硬い胸当てが頬に当たり、少し痛みはあったものの、フリージアを優しく抱えてくれるマルクスの匂いも、体温も以前と変わらなくて、更に混乱する。
いま、ノレッタは落ちなかった…?
一瞬目を瞑ってしまったから、良く見えなかった…けれども、近くにノレッタは居ない。サッと見回しても見当たらない…
「怪我は?」
暖かく優しいマルクスの手がフリージアの頬を撫でる。丁度胸当てが当たった所だ。
「いえ、ノレッタは…?」
「ん?邪魔者なら蹴落としましたよ?」
トラールが階段の外側を指差す。
ここは、高所にある……こんな所から落ちたら……
フリージアは悲鳴をあげそうになるのを必死に堪えて両手で自分の口を押さえた。そうしなければ、闇雲に叫び散らかし、身体の震えも止められないと思ったのだ。
「トラール。フリージア様は荒事には慣れていない。あまり無茶をするな。」
「はい。申し訳ありません。いや、でも彼女隙がなくて邪魔だったので。」
なんとも軽い謝罪である。
そんなにノレッタの命は軽い物なのか?
そんなに人の命を取るのは簡単なことなのか?
「さ、内部を片付けよう。ここは冷える。」
隠し階段の出口からは既にモウモウと煙が溢れ出て来ていた。
「中には戻れませんね。外から行きますか?そろそろオアシスの将軍の方も片付いている事でしょうから。」
マルクスの手は優しいのだ。暖かく、柔らかにフリージアに触れる。小さい頃からそれは変わらず、懐かしい安堵さえも覚えてしまう。労わる様に背中を摩ってくれている今ならば余計にマルクスの優しさを思わざるを得なかった。
「…オアシス……陛下が…」
確かにオアシスに向かったと……
「へぇ?タガードはあっちにいるのか?残念だな…あ~ぁ!将軍に手がらもっていかれたな、こりゃ。」
「タガード様…!!」
いるか分からない子供だけれども、列記としたお腹の子の父親だ。
「諦めて下さいね?フリージア様。奴は屠られて当然なのです…分かるでしょう?」
フリージアの肩を抱くマルクスの手は酷く優しい。けれども伝えて来る言葉はなんと残酷な事だろう。
「私の国を滅ぼしただけでは飽き足らずゲルテンの者共は帝国に私を売った…」
滅ぼされたルナヨールの王族の血を引く者が、新たに建てられたゲルテンにてどの様な扱いを受けるのか…フリージアには想像もつかないが、帝国にいた方がまだ生き残れる確率は高かったのではないかとこの国に来て確信はしている。のだが、マルクスのゲルテンに対する恨みは尽きないらしい。
「分かりますか?奴隷として生き残る恥よりも、何が一番私を苦しめたか……」
「マルクス?」
優しく微笑んでいたその表情の下にはマルクスを追い詰め、酷く打ちのめしている事があったのだ。
グッとフリージアの肩に置かれたマルクスの手に力がこもる。
「王族として産まれても、自分の意志でもないのに子も残せない…」
帝国では蛮族の王族の奴隷は強制的に去勢される習わしだからだ。
「それがどれだけ屈辱的なのか、底のない憎しみ、恨みを築き上げるのか分かりますか?」
蛮族にとって、子供は富と栄えの象徴である。それを持つ事ができない。そんな王族が統べる王家は栄えず滅ぶ。つまり、自分がいる事でルナヨールが滅びた…そう幼い子供の心に刷り込む事くらい、簡単な事であっただろう。長年自責の念を育まされつつ育ったマルクスは、やがて帝国に紛れ込んでいたルナヨールの民の生き残りや、蛮族に連なる者達から真実を聞かされる。子供が産まれないのは、帝国の方針で、そんな残酷な刑に処したのは元を辿れば当時のゲルテン国王の決定であったと。
「…それは…心からお痛み申し上げます。」
フリージアだとて奴隷だったのだ。待遇が悪くないと言えども自由は一切なかった。マルクスはこれに加えて長年に及び、自国となるべき国を滅ぼしてしまったと言う自責の念に苦しんできたのだ。それはフリージアの想像などが追いつかない様な苦しみだったのだろう…
だから、心からそう言葉が出た。
けれど、だけれど…ノレッタが死んでもいいと?オアシスに住む人々は?……前ゲルテン国王の息子であるタガード様がマルクスを処したわけではないのに?
「行こう、トラール。長居は無用だ。」
フリージアの肩をきつく掴んだままマルクスは階下へと降りようとする。
グルグルとフリージアの思考は巡る。いっその事、夜風に流れ靡く金の髪の様に、流れ行き着く所がわかっていたのならば、こんなに苦しい思いはしないのかもしれない。
一緒に行く、一緒に行って、それで?タガードもいないのに、もし本当に受胎していたのならば?
「フリージア様。もし、その腹に子がいたとしても構いません。なぜならゲルテンは滅びるのだ。そうだな。奴の子ならば同じ目に合わせてやってもいいかもしれない。」
静かに語るマルクスの声は、砂漠の夜の冷気よりもフリージアをゾッとさせた…
1
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
溺愛の始まりは魔眼でした。騎士団事務員の貧乏令嬢、片想いの騎士団長と婚約?!
参
恋愛
男爵令嬢ミナは実家が貧乏で騎士団の事務員と騎士団寮の炊事洗濯を掛け持ちして働いていた。ミナは騎士団長オレンに片想いしている。バレないようにしつつ長年真面目に働きオレンの信頼も得、休憩のお茶まで一緒にするようになった。
ある日、謎の香料を口にしてミナは魔法が宿る眼、魔眼に目覚める。魔眼のスキルは、筋肉のステータスが見え、良い筋肉が目の前にあると相手の服が破けてしまうものだった。ミナは無類の筋肉好きで、筋肉が近くで見られる騎士団は彼女にとっては天職だ。魔眼のせいでクビにされるわけにはいかない。なのにオレンの服をびりびりに破いてしまい魔眼のスキルを話さなければいけない状況になった。
全てを話すと、オレンはミナと協力して魔眼を治そうと提案する。対処法で筋肉を見たり触ったりすることから始まった。ミナが長い間封印していた絵描きの趣味も魔眼対策で復活し、よりオレンとの時間が増えていく。片想いがバレないようにするも何故か魔眼がバレてからオレンが好意的で距離も近くなり甘やかされてばかりでミナは戸惑う。別の日には我慢しすぎて自分の服を魔眼で破り真っ裸になった所をオレンに見られ彼は責任を取るとまで言いだして?!
※結構ふざけたラブコメです。
恋愛が苦手な女性シリーズ、前作と同じ世界線で描かれた2作品目です(続きものではなく単品で読めます)。今回は無自覚系恋愛苦手女性。
ヒロインによる一人称視点。全56話、一話あたり概ね1000~2000字程度で公開。
前々作「訳あり女装夫は契約結婚した副業男装妻の推し」前作「身体強化魔法で拳交える外交令嬢の拗らせ恋愛~隣国の悪役令嬢を妻にと連れてきた王子に本来の婚約者がいないとでも?~」と同じ時代・世界です。
※小説家になろう、ノベルアップ+にも投稿しています。※R15は保険です。
聖獣の卵を保護するため、騎士団長と契約結婚いたします。仮の妻なのに、なぜか大切にされすぎていて、溺愛されていると勘違いしてしまいそうです
石河 翠
恋愛
騎士団の食堂で働くエリカは、自宅の庭で聖獣の卵を発見する。
聖獣が大好きなエリカは保護を希望するが、領主に卵を預けるようにと言われてしまった。卵の保護主は、魔力や財力、社会的な地位が重要視されるというのだ。
やけになったエリカは場末の酒場で酔っ払ったあげく、通りすがりの騎士団長に契約結婚してほしいと唐突に泣きつく。すると意外にもその場で承諾されてしまった。
女っ気のない堅物な騎士団長だったはずが、妻となったエリカへの態度は甘く優しいもので、彼女は思わずときめいてしまい……。
素直でまっすぐ一生懸命なヒロインと、実はヒロインにずっと片思いしていた真面目な騎士団長の恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID749781)をお借りしております。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした
楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。
仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。
◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪
◇全三話予約投稿済みです
心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。
木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。
そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。
ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。
そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。
こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。
前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!
ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。
前世では犬の獣人だった私。
私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。
そんな時、とある出来事で命を落とした私。
彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる