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揺蕩い行く公主の妻

23 アールスト国王の思い 3

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「すまなかった………」

 供物姫であるルシュルー妃の言葉にバルビス公主トライトスは低く低く言葉を紡ぐ。先程とは一転して今はトライトスの方が酷く顔色が悪い。

 見る見る間に、ルシュルーの瞳に涙が溜まる。

「大事に、すると…お約束下さったわ…」

「あぁ…そうだ…」

「この手でお守りくださると…」

 ルシュルーは兄トライトスの手を握りしめて言葉に詰まる。

「そうだ…ルシュ…お前のいう通り……この手で守りたかったのだ…」

 アールスト国王は力及ばずともこの王国でルシュルーの健康を守ろうと文字通り手を尽くしてルシュルーを大切に扱ってきた。表立って第3側妃ルシュルーが他の妃を尻目に取り沙汰される事はなかったが、それこそは国王の配慮というものだったのだ。

「私は…決して不幸なんかではありませんでしたわ。国のあり様によっては立場上どなたにとっても難しい事があることくらい重々承知の上なのです。王妃殿下とて、自らあの様にこちらに当たってこられるのは、他の者が余計な手出しをしない様にするためなのです。」

「それも把握している…」

 王家が供物姫を公に取り上げ寵妃として公言するならば、今こそバルビスをアールスト国の傘下に抱え込もうと声を上げる輩が必ず出てくるだろうから。だから、国王は供物姫に無関心を装わねばならないのだ。無関心を装わねばならないのにも拘らず相手国の心象上無下にも扱えない難しい立場だろう。

「…本当はここ供物姫ではないどこかでお幸せになって欲しかったのに………けれどこんな幸せも、時にはあるのかと、兄上の申し出には反対をしませんでしたのに。」

「……この居室に魔法をかけるように、先程強く陛下に頼まれた…」

 トライトスと入れ替えに部屋を出て行ったアールスト国王は、バルビスに返したかった、と一言言い残して部屋を去ったのだ。それだけでどれだけルシュルーの身を案じているかがよく分かった。

 それなのに………
 
「兄上……シャイリー様が、余りにも不憫です……」

 耐えられないとばかりに、ルシュルーは顔を覆って泣き始める。

 守りたかった……守れなかった……その、守れなかった事さえも隠して、責められ裁かれることからさえも今は逃げなければならない……

 泣き出したルシュルーの前でトライトスはしばし目を瞑り、そのまま黙って部屋を出ていった。



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