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15 王の裁判 3
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「恐れながら…陛下、コールテン侯爵令嬢は無罪との総意にございますれば、此度の件は……」
「いかにも、シェライン嬢は無罪となった。が、この件についての責任の所在は明らかにしなければなるまい。」
凛とした国王アルサートの声。幼き頃から聞き馴染んで、婚約者の王太子ルイストールと同じ位に日々親しみを深めてきた。しかしシェラインはこの国王のこんな大仰な堅苦しい声を今まで聞いたことがなかった。
……陛下は、国王でいらっしゃった……
そう敢えて思い返すほど、シェラインがアルサートととは打ち解けた関係を築いていたのだ。
「では、王家が責を負うと仰られるのですかな?」
一番最初にシェラインに非は無しと声を上げたザブォル侯爵が間髪入れずに声を上げる。
「そのつもりである。此度の証人達の証言により、王太子の告訴内容は事実無根であり、王太子の虚言とも言えるものであった。十分な審議さえなく国を支え得る家門を蔑ろにした王太子の責は大きい。よって…」
会議場内は寒くも無いのに、まるで凍てつく冷気が充満しているかの様にピンと張り詰めた空気で覆われている。誰もが固唾を呑みながら次なる国王の言葉を待っているのが痛いほどに良くわかった。
……殿下…どうか、殿下の行く末が祝福されたものとなります様に……
シェラインの金の瞳に映るのは、表情を歪めまいと必死に平静を保とうとする王太子ルイストールの姿。幼い頃からシェラインの中でその愛らしさは変わらず、今も見つめるだけで頬が緩んできそうになる。この先、国王の裁決によっては一生同じ道を歩む事は叶わなくなるかもしれないが、ルイストールの唯一の夢、幼い彼が泣いて苦しむほど望んでいた夢が叶えれば、シェラインは満足なのだ。
……えぇ、これで良いのですわ。気軽にお会いすることは出来なくなるかも知れません。が、心残りといえばそれだけですわ。私の事は、牢の中で悪い様には扱わないと仰った陛下にお任せするとして…あぁ!私に絵心があったなら、今この時の殿下のお姿を、漏らさず余さず書き連ねることができましたのに!!……
なんとも自分に画才が無い事が口惜しい、とグッと眉根を寄せたシェライン姿には王太子ルイストールの行く末を心から案じた令嬢の鏡とまで謳われることになった気品が漂っている様に見えた、とこの裁判を傍聴していた貴族達が後に口々に語ったそうだ。
「王太子ルイストールの地位と王位継承権を剥奪の上、離宮にて永蟄居を命ずる!!」
……永、蟄居……?……
国王アルサートの低い声がまだ続く中、シェラインはルイストールと視線を合わせる。
……そうですの。国外には出られませんのね?……
ルイストールの望みは画家になる事。それこそ世界中を見て回って心に響く物事を描き留めたいと思っていた。蟄居であれば国外どころか、離宮のそれも自室からも出られなくなるほどの軟禁生活だ……
フッとルイストールの柔らかなエメラルドの瞳が細められる。緊張からか僅かながらに顔色を悪くしていたルイストールに微かにだが微笑む余力はある様子。
……殿下、それで宜しいのね?……
国内にいればまだシェラインは手助けができる。例え国外追放になってしまってもシェラインは援助の手を引くつもりもなかったのだが。
世界中を見て回るルイストールの夢は潰えてしまったけれど、ルイストールが国内に居てくれる、その事でシェラインはホッと胸を撫で下ろしたのだ。
「聞こえているかね?コールテン侯爵令嬢?」
判決を言い渡した国王アルサートはシェラインに向かって声をかけた。
「は、はい。聞いております。」
ルイストール判決後から後半部分は自分の物思いに耽っていてシェラインはほとんど聞いていなかったのだが、公の場でそんな失態は犯せない。
「では、其方も異存はないな?」
ルイストールの判決を言い渡した声からしたら大幅に柔らかくなったアルサートの問いに、シェラインは深く首を垂れて、陛下のお心のままに、と答えたのだった。
「いや…!」
「しかし!」
所々から意義ありの声が上がった。
「では、これ以上の代替え案を出してみよ!令嬢の名誉を貶めぬ方でな。当人からの承諾も得たのだ。後は世継ぎが出来れば王家にとっても問題はあるまい?」
「……?」
アルサートの判決に一部の貴族達からの反対があったようだが、シェラインにはなんの事だか見当がつかずキョトンしてしまう。ルイストールは半ば呆然と父王を見ているし、蟄居を命じられたルイストールのすぐ後方に控えるように立つコールテン侯爵家長男マスクルも何やら複雑そうな表情だ。
「こ、これ以上の案は、ございません…」
観念したかのように貴族達の反対意見は鎮まった。
「では、これにて閉廷とする!シェライン嬢、其方はこのまま城に留まるように。」
「…?……は、はい…?」
後半部分を、全く聞いていなかったシェラインはまだ城に残されるようだ。何か言いたそうなマスクルの表情もシェラインは物凄く気になるが、それ以上国王アルサートは何も言わずに退出し、この裁判は閉廷した。
「いかにも、シェライン嬢は無罪となった。が、この件についての責任の所在は明らかにしなければなるまい。」
凛とした国王アルサートの声。幼き頃から聞き馴染んで、婚約者の王太子ルイストールと同じ位に日々親しみを深めてきた。しかしシェラインはこの国王のこんな大仰な堅苦しい声を今まで聞いたことがなかった。
……陛下は、国王でいらっしゃった……
そう敢えて思い返すほど、シェラインがアルサートととは打ち解けた関係を築いていたのだ。
「では、王家が責を負うと仰られるのですかな?」
一番最初にシェラインに非は無しと声を上げたザブォル侯爵が間髪入れずに声を上げる。
「そのつもりである。此度の証人達の証言により、王太子の告訴内容は事実無根であり、王太子の虚言とも言えるものであった。十分な審議さえなく国を支え得る家門を蔑ろにした王太子の責は大きい。よって…」
会議場内は寒くも無いのに、まるで凍てつく冷気が充満しているかの様にピンと張り詰めた空気で覆われている。誰もが固唾を呑みながら次なる国王の言葉を待っているのが痛いほどに良くわかった。
……殿下…どうか、殿下の行く末が祝福されたものとなります様に……
シェラインの金の瞳に映るのは、表情を歪めまいと必死に平静を保とうとする王太子ルイストールの姿。幼い頃からシェラインの中でその愛らしさは変わらず、今も見つめるだけで頬が緩んできそうになる。この先、国王の裁決によっては一生同じ道を歩む事は叶わなくなるかもしれないが、ルイストールの唯一の夢、幼い彼が泣いて苦しむほど望んでいた夢が叶えれば、シェラインは満足なのだ。
……えぇ、これで良いのですわ。気軽にお会いすることは出来なくなるかも知れません。が、心残りといえばそれだけですわ。私の事は、牢の中で悪い様には扱わないと仰った陛下にお任せするとして…あぁ!私に絵心があったなら、今この時の殿下のお姿を、漏らさず余さず書き連ねることができましたのに!!……
なんとも自分に画才が無い事が口惜しい、とグッと眉根を寄せたシェライン姿には王太子ルイストールの行く末を心から案じた令嬢の鏡とまで謳われることになった気品が漂っている様に見えた、とこの裁判を傍聴していた貴族達が後に口々に語ったそうだ。
「王太子ルイストールの地位と王位継承権を剥奪の上、離宮にて永蟄居を命ずる!!」
……永、蟄居……?……
国王アルサートの低い声がまだ続く中、シェラインはルイストールと視線を合わせる。
……そうですの。国外には出られませんのね?……
ルイストールの望みは画家になる事。それこそ世界中を見て回って心に響く物事を描き留めたいと思っていた。蟄居であれば国外どころか、離宮のそれも自室からも出られなくなるほどの軟禁生活だ……
フッとルイストールの柔らかなエメラルドの瞳が細められる。緊張からか僅かながらに顔色を悪くしていたルイストールに微かにだが微笑む余力はある様子。
……殿下、それで宜しいのね?……
国内にいればまだシェラインは手助けができる。例え国外追放になってしまってもシェラインは援助の手を引くつもりもなかったのだが。
世界中を見て回るルイストールの夢は潰えてしまったけれど、ルイストールが国内に居てくれる、その事でシェラインはホッと胸を撫で下ろしたのだ。
「聞こえているかね?コールテン侯爵令嬢?」
判決を言い渡した国王アルサートはシェラインに向かって声をかけた。
「は、はい。聞いております。」
ルイストール判決後から後半部分は自分の物思いに耽っていてシェラインはほとんど聞いていなかったのだが、公の場でそんな失態は犯せない。
「では、其方も異存はないな?」
ルイストールの判決を言い渡した声からしたら大幅に柔らかくなったアルサートの問いに、シェラインは深く首を垂れて、陛下のお心のままに、と答えたのだった。
「いや…!」
「しかし!」
所々から意義ありの声が上がった。
「では、これ以上の代替え案を出してみよ!令嬢の名誉を貶めぬ方でな。当人からの承諾も得たのだ。後は世継ぎが出来れば王家にとっても問題はあるまい?」
「……?」
アルサートの判決に一部の貴族達からの反対があったようだが、シェラインにはなんの事だか見当がつかずキョトンしてしまう。ルイストールは半ば呆然と父王を見ているし、蟄居を命じられたルイストールのすぐ後方に控えるように立つコールテン侯爵家長男マスクルも何やら複雑そうな表情だ。
「こ、これ以上の案は、ございません…」
観念したかのように貴族達の反対意見は鎮まった。
「では、これにて閉廷とする!シェライン嬢、其方はこのまま城に留まるように。」
「…?……は、はい…?」
後半部分を、全く聞いていなかったシェラインはまだ城に残されるようだ。何か言いたそうなマスクルの表情もシェラインは物凄く気になるが、それ以上国王アルサートは何も言わずに退出し、この裁判は閉廷した。
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