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2 牢の中の令嬢 1
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明るい窓に見窄らしく無い程度の調度品
が揃っている貴族牢は、飾り気が無い所が少しだけ殺風景に感じるだろうか。が、貴人がこの部屋で生活するのには十分な物が揃えられているはずだ。それがこの部屋の主となった者の好みかどうかは定かでは無いのだが、この部屋では致し方ない事だった。
その部屋の飾り気の無いテーブルに置かれた温かい茶が入ったティーカップをそっと持ち、一人物思いに耽るのは先程この貴族牢に入れられたシェライン・コールテン侯爵令嬢だ。
日の光を反射してキラキラと光る琥珀色の茶の水面を見つめながらそっとため息を吐く。
「陛下は心配なさるかしら……?」
この度の事は、王太子ルイストールの暴挙とも思える拘束劇だったと、周りで見ていた貴族達からも王の耳に入る事だろう。事前に相談もせずに事を起こしたのだから心配させてしまう事も致し方ないのだが。
「いいえ…私の可愛い彼の方のためですもの。これで良かったのですわ…!」
一人納得してみても、やはりどこかには後ろめたさが付き纏う。こんな所などに入れられてしまえば、実家も巻き込む事になる。そして当然にシェラインは国王であるパッセンテージ国王の采配下に置かれることになるのだ。
貴族牢に入れられてしまえば、例え高位の貴族であったとしても勝手に出る事はできない。それどころか面会でさえ取り調べ中には自由にはできなくなる。そもそもシェラインは不敬罪にて収監された事になっている。王国、王族の沽券のためには易々とは牢の外には出れないだろう。例えコールテン侯爵家の力を駆使したところで、貴族牢に入れられた者は国王の名の下に裁判にかけられ無罪になるか、訴え出た者がその訴えを取り下げることでしか外に出る手立てはないのだった。
そして、王太子ルイストールはその訴えを取り下げる事はないだろう。
「殿下…どうかご心配になられません様に…もう少しですから、今は耐えて下さいませね?」
面会人もいない静かな室内でシェラインは一人願いを口にする。
「もう少しですわ……」
もう少しで、最愛の方の願いが叶うのだから。
実家のコールテン侯爵家はきっとこのまま黙ってはいないだろう。そして周りで見ていた貴族達もきっと証言してくれるに違いない。この茶番によって得られる結果を確実に勝ち取る為に………
「……シェラ、元気そうで良かったよ…」
元気も元気だろう。牢に繋がれた可愛い妹は出された食事を全て食し、今はけろっとして食後のティータイムである。
貴族の令嬢が、しかも王太子の婚約者である者が、釈明さえもさせて貰えず貴族牢に繋がれることとなるとはどれだけ不名誉な事か、と嘆き悲しんでいる妹の姿を想像していた兄としてはなんとも拍子抜けてしまっても仕方がない。
「あら、お兄様?私、これでも落ち込んでいますのよ?殿下がよからぬ事を起こさないかと、内心不安ですの。」
シェラインに良く似た一番上の兄マスクルはやれやれと言いたそうにシェラインと同じ金の瞳を閉じて上を向く。
「慌てふためかない事は称賛に値するけどね?まさか、あの大人しい王太子殿下がこんな事をするとはな……」
「殿下はどうなさっていまして?」
「何事もなかった様に食事をし、部屋に戻られたと聞いている。」
コールテン侯爵家長男マスクルは王室警護の近衛騎士団に所属、その次の次兄は第二騎士団に所属している。城内におり、王族の側にいるからこそ逸早くマスクルには情報も入ってくる。
「まぁ、宜しかったわ…ちゃんと残さず食べられたかしら?殿下は少し、好き嫌いが多いから…」
この頃では成人を機に何でも食べられる様になる、という小さな目標を立てていたのだ。好き嫌いなど言っていたら食べていけなくなるだろうから……
「お前は……こんな目に遭ってもまだ王太子殿下の事ばかりなのか?常日頃からの献身ぶりを王太子殿下は何と心得ておられるのかと、父上はかなりお怒りだったのだぞ?」
「まぁ。そうですの?」
ほくそ笑みそうになる所をグッと口元を引き締めてさも驚いた様な表情をシェラインは兄に向けた。
「当たり前だろう?幼い頃から良好な関係を保ってきたにも拘らず、成人し、成婚を目前にするここに来てこんな暴挙とも思える事態に陥っているのだ。普段からの暴君ぶりならばいざ知らず、あのおっとりとした王太子殿下からは考えられない事だ。父上など、誰かが後ろで手を引いているのではないかとまで言い出した…!お陰で、王の機嫌もすこぶる悪い…」
それはそうだろう。国の軍部の中心の家を真正面からコケにしたのも当然の行いを王太子ルイストールはしたのだから。
「直ぐにでもお前を釈放せよとの王命を出そうとした所、重鎮達の前で訴えは絶対に取り下げぬと王太子殿下が宣言されたものだから、秘密裏に事を処理する事もできなくなったのだ…」
頭を抱えたい位の事態だろう。
「でも、なぜお兄様が?」
取り調べが終わるまで家族、友人の面会は一切禁止のはず。
「せめてものとの陛下のご配慮だよ。一人で牢に入れられているお前を思っての事だ。王太子殿下はそんな心配りもない様だがな…!」
大事な家族、次期王太子妃にもなる妹が言われのない罪で収監されているのも同然なのだから、マスクルは怒り心頭であろう。
しかし、不名誉にも牢に入れられた張本人であるシェラインは静かなものだ。ジッと兄を見つめつつ何かに耐えている様であった。
が揃っている貴族牢は、飾り気が無い所が少しだけ殺風景に感じるだろうか。が、貴人がこの部屋で生活するのには十分な物が揃えられているはずだ。それがこの部屋の主となった者の好みかどうかは定かでは無いのだが、この部屋では致し方ない事だった。
その部屋の飾り気の無いテーブルに置かれた温かい茶が入ったティーカップをそっと持ち、一人物思いに耽るのは先程この貴族牢に入れられたシェライン・コールテン侯爵令嬢だ。
日の光を反射してキラキラと光る琥珀色の茶の水面を見つめながらそっとため息を吐く。
「陛下は心配なさるかしら……?」
この度の事は、王太子ルイストールの暴挙とも思える拘束劇だったと、周りで見ていた貴族達からも王の耳に入る事だろう。事前に相談もせずに事を起こしたのだから心配させてしまう事も致し方ないのだが。
「いいえ…私の可愛い彼の方のためですもの。これで良かったのですわ…!」
一人納得してみても、やはりどこかには後ろめたさが付き纏う。こんな所などに入れられてしまえば、実家も巻き込む事になる。そして当然にシェラインは国王であるパッセンテージ国王の采配下に置かれることになるのだ。
貴族牢に入れられてしまえば、例え高位の貴族であったとしても勝手に出る事はできない。それどころか面会でさえ取り調べ中には自由にはできなくなる。そもそもシェラインは不敬罪にて収監された事になっている。王国、王族の沽券のためには易々とは牢の外には出れないだろう。例えコールテン侯爵家の力を駆使したところで、貴族牢に入れられた者は国王の名の下に裁判にかけられ無罪になるか、訴え出た者がその訴えを取り下げることでしか外に出る手立てはないのだった。
そして、王太子ルイストールはその訴えを取り下げる事はないだろう。
「殿下…どうかご心配になられません様に…もう少しですから、今は耐えて下さいませね?」
面会人もいない静かな室内でシェラインは一人願いを口にする。
「もう少しですわ……」
もう少しで、最愛の方の願いが叶うのだから。
実家のコールテン侯爵家はきっとこのまま黙ってはいないだろう。そして周りで見ていた貴族達もきっと証言してくれるに違いない。この茶番によって得られる結果を確実に勝ち取る為に………
「……シェラ、元気そうで良かったよ…」
元気も元気だろう。牢に繋がれた可愛い妹は出された食事を全て食し、今はけろっとして食後のティータイムである。
貴族の令嬢が、しかも王太子の婚約者である者が、釈明さえもさせて貰えず貴族牢に繋がれることとなるとはどれだけ不名誉な事か、と嘆き悲しんでいる妹の姿を想像していた兄としてはなんとも拍子抜けてしまっても仕方がない。
「あら、お兄様?私、これでも落ち込んでいますのよ?殿下がよからぬ事を起こさないかと、内心不安ですの。」
シェラインに良く似た一番上の兄マスクルはやれやれと言いたそうにシェラインと同じ金の瞳を閉じて上を向く。
「慌てふためかない事は称賛に値するけどね?まさか、あの大人しい王太子殿下がこんな事をするとはな……」
「殿下はどうなさっていまして?」
「何事もなかった様に食事をし、部屋に戻られたと聞いている。」
コールテン侯爵家長男マスクルは王室警護の近衛騎士団に所属、その次の次兄は第二騎士団に所属している。城内におり、王族の側にいるからこそ逸早くマスクルには情報も入ってくる。
「まぁ、宜しかったわ…ちゃんと残さず食べられたかしら?殿下は少し、好き嫌いが多いから…」
この頃では成人を機に何でも食べられる様になる、という小さな目標を立てていたのだ。好き嫌いなど言っていたら食べていけなくなるだろうから……
「お前は……こんな目に遭ってもまだ王太子殿下の事ばかりなのか?常日頃からの献身ぶりを王太子殿下は何と心得ておられるのかと、父上はかなりお怒りだったのだぞ?」
「まぁ。そうですの?」
ほくそ笑みそうになる所をグッと口元を引き締めてさも驚いた様な表情をシェラインは兄に向けた。
「当たり前だろう?幼い頃から良好な関係を保ってきたにも拘らず、成人し、成婚を目前にするここに来てこんな暴挙とも思える事態に陥っているのだ。普段からの暴君ぶりならばいざ知らず、あのおっとりとした王太子殿下からは考えられない事だ。父上など、誰かが後ろで手を引いているのではないかとまで言い出した…!お陰で、王の機嫌もすこぶる悪い…」
それはそうだろう。国の軍部の中心の家を真正面からコケにしたのも当然の行いを王太子ルイストールはしたのだから。
「直ぐにでもお前を釈放せよとの王命を出そうとした所、重鎮達の前で訴えは絶対に取り下げぬと王太子殿下が宣言されたものだから、秘密裏に事を処理する事もできなくなったのだ…」
頭を抱えたい位の事態だろう。
「でも、なぜお兄様が?」
取り調べが終わるまで家族、友人の面会は一切禁止のはず。
「せめてものとの陛下のご配慮だよ。一人で牢に入れられているお前を思っての事だ。王太子殿下はそんな心配りもない様だがな…!」
大事な家族、次期王太子妃にもなる妹が言われのない罪で収監されているのも同然なのだから、マスクルは怒り心頭であろう。
しかし、不名誉にも牢に入れられた張本人であるシェラインは静かなものだ。ジッと兄を見つめつつ何かに耐えている様であった。
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