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1 締まらない婚約破棄

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 麗かな午後の日差しと優しい風。
 そよ風に乗って庭園内に漂ってくるのは、今丁度見頃を迎えた花々の芳しい香り。

 王城内の庭園には見頃を迎えた花々を鑑賞しに大勢の貴族の子女が訪れていた。
 この庭園は前王妃がこよなく愛した庭園であって、全国から集められるだけの花々を集め造園したものであった。花が咲き誇るこの時期には、賢王と謳われた前国王夫妻を偲んで、色とりどりのドレスに身を包んだ華やかな紳士淑女達で溢れるのである。
 
 これは前国王夫妻が急逝した時からの習慣で今年でもう13年目を迎える。王城側も足繁く王城に来城する貴族達のために香り高い茶と軽食を出して迎えるため、さながら連日立食パーティーが開かれている時期とも言えよう。

 軽やかな笑い声に、花と茶の心地よい香り、清々しい天候も手伝って、穏やかで和やかな時間がゆっくりと進んでいく。
 あくせく働いている様な一般市民が除き見たならば、ここは楽園のような別世界に映ったに違いない。

 そんな夢のような一時の中で、最もそぐわぬような内容の宣言が突如として成されたのである。


「シェ……シェライン・コールテン侯爵令嬢!…君の王族に対する不敬の数々は目に余る!よって、私ルイストール・パッセンテージとの、婚約は無かった事にしゃせてもらおう!!」


……噛みましたわね…?それも盛大に……


 目の前に居て、人様を指差し白い頬を上気させながら、声を張り上げ虚勢を張って…精一杯居丈高に婚約破棄を申し渡しているのは、シェライン・コールテン侯爵令嬢の婚約者、ここパッセンテージ王国の王太子ルイストールだ。
 本来ならばこの優雅な一時に婚約者をエスコートしつつ、仲睦まじやかな所を来城した貴族達に示す事で、未来の王室は安泰であると示す立場のお方。

 その立場にある王太子が指を突きつけ、自らの婚約者に婚約破棄を言い渡している。

 フワフワの柔らかな綿毛のようなパールピンクの髪が日の光に透けてキラキラと輝いているのが誰の目にも眩しい。今直ぐにその髪にこの指を通して心行くまで撫でくりたくなる衝動がムクムクと湧き上がるようなその御髪は、今は微かにフルフルと震えている。


……お顔が、真っ赤ですわよ?……


 大勢の聴衆の前で大声を張り上げるなど、到底王太子ルイストールの人柄ではあり得ない。彼はそれはそれは気の優しい、おっとりとしたまだ16になったばかりの男子だ。男性、というよりもまだまだ成長途中。逞しさよりも中性的な魅力にあふれる外見で両親である前国王夫妻の血を受け継いだ、内面は穏やかな性格なのだ。


……けれど、頑張りましたわね、殿下。この日の為に私がどれだけ無作法の数々を働いてきたか……

 
 目の前で婚約破棄を突きつけられているというのに、侯爵令嬢シェラインは扇で口元を隠しながら、ジッと何かに耐える様に押し黙っている。
 凛とした雰囲気を持つシェラインの顔は表情を崩さなければ人の目には些か冷たくも写るかもしれない。けれど、シェラインの金に輝く瞳の中は一瞬たりとも王太子から逸れることはない。こんな衆人環視の中での無謀な宣言を非難する様な冷たいものとは反対の熱い眼差しを送っていた。


……殿下…!後、少しですわ!私も耐えているのです。貴方様を労わりたくて…!私はこの、殿下のお可愛らしい一瞬を、しかと、この目に焼き付けますから、ですから最後まで気張って下さいませ!!……


「しかしながら殿下。この婚約は私が産まれ落ちてから既に決まっていた事でございます。婚約破棄が殿下の御意志とあっても罷り通るものではありませんでしょう?」


……ですから、私もご協力いたします!……


「うるさい!侯爵家の分際で、誰にものを言っている?シェラインは侯爵家、たかだか侯爵家の者が王族に意見するなど、分不相応と言うものだ!」


……あぁ…涙目になってましてよ?殿下…お可愛らしいわ……

 
 思わずシェラインは目を細める。

 そう…たかだか侯爵家。王家に意見するとは無礼千万。一昔ならばこの道理も罷り通って直ぐにシェラインは処罰されたかもしれなかった。が、今は今である。シェラインの生家であるコールテン侯爵家は軍部派派閥の中心と言うべき名家であって、大勢の優秀な騎士達を輩出してきた家柄。シェラインの兄達も勿論騎士である。そしてシェラインの父コールテン侯爵は前王の学友であって親友とまで言われていたほどその信頼も厚かったのだ。その為にシェラインは産まれた瞬間から前王に望まれて王太子となるルイストールの婚約者となった。幼い頃から父に連れられ王城に登城していたシェラインは、習慣として現在も現国王の元にも足繁く顔を出しており現国王からの覚えも良い。であるから、シェラインの不敬と言われたような返答も常日頃より罷り通っていたものである。

「そ、その人を小馬鹿にした様な不遜な態度…!?近衛…!!そ、早急にシェラインを牢に、つ…繋ぎ止めよ!!」

 王太子ルイストールの掛け声と共に側に控えていた騎士達がシェラインの周りに集まってくる。


……あぁ…頑張りましたわね、殿下。欲を言えば、つらつらとお言葉を述べていただきたかったのですが……

 
 宣言の内容に反して、なんとも締まらないような言動であるルイストール。今ではもう、全身でプルプルと震えているルイストールをシェラインは一瞬柔らかい眼差しで見つめ返す。

「コールテン侯爵令嬢…申し訳ありませんが、王太子殿下のお言いつけでありますので………」

 シェラインの周りを取り囲んだ騎士達は恐縮しつつシェラインに声をかける。軍部トップと言われている家の令嬢を拘束するなど恐れ多い事であったに違いない。

「分かりましたわ。このシェライン・コールテン。殿下の手を煩わせる事はいたしません。さ、貴方達。私の牢はどこになりまして?」

「こ、こちらでございます。」

 王太子ルイストールの無謀とも思える宣言を最もあっさりと受け入れて、シェラインは何事もなかったかの様に、優雅に礼を取り、騎士達を連れ立ってその場を後にした。


……さぁ、後はゆっくりと事の顛末を拝みましょう……


 後に残された大勢の貴族達は突如として起こったこの一幕を、固唾を飲んで見守る事しかできなかったという……









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