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29.じゃ、行きますか
しおりを挟む園村基樹は新浜夜寿華を病院に連れていった後、再び身を潜めていた。繁華街の路地裏は、相変わらず荒事が多いが、彼は以前に比べて感情的に反応することもなく、他人事として看過した。
自らが犯してきた『私刑』に嫌気が差したのか、傍観に徹している。粛清に粛清を重ねた、荒れ狂う獣のような激情は鳴りを潜め、今はただ、茫然と見ているだけだ。
わたし自身はどの様な状況であっても、悪は即座に処分するという理念は持ち続けているが、基樹はもはや以前の基樹と変わらず、当たり障りなく、目の前の出来事を、さも「風景」のように眺めていた。
――目的を失った。母親の仇を打つという目的を――
昨日の雑居ビルでの一件から、彼はまた事なかれ主義に徹していた。彼自身が自身の行いに罪の意識があるかないかは定かではなかったが、自分が自分の母親を殺した張本人だったという事実は、彼の心に深い影を落とした。
『もう、ならず者は狩らないのか?』
「意味がないからね。次から次へときりがない」
『それが君の意志ならば、それでいいと思うぞ。わたしは、久しぶりに君と話している気持ちで、懐かしい』
「これが元々の僕なんだよ。嫌なものからは目をそらし、流されるままに生きている」
『君は、わたしに出会った事を後悔しているだろ?』
「まさか。イグラシアスに出会わなければ、僕はあの日に自殺していた。感謝してるよ」
『わたしが来なければ、ラファトゥマに狙われることもなかった。君の母親も亡くならずに済んだかもしれない』
「それは結果論だよ。僕がおかしたミスだ。取り返しがつかないけど」
『君の母親は、とても良い人間だった。美しい人間の模範の様な人だった』
「僕は母みたいにはなれないよ。みんなに優しくなんて無理。自分が手の届く範囲をギリギリ優しくできる程度の奴が、強い力を得て、まるで神のような気持ちになっていた。結果的は、悪魔だったみたいだけど」
『わたしは、どちらにしても、責任をもってラファトゥマに対応するつもりだ。奴は、わたしが連れてきてしまったみたいなものだからな』
「僕も、このままにはしない。姫月絵玲奈との因縁に決着をつける」
『本当に、似た者同士かもな。君とわたし。姫月絵玲奈とラファトゥマ。母親のみしか知らない境遇、育ってきた経緯、完全に一致するわけじゃないが、やはりどこかに共通点がある。……そういえば、君から父親の事について聞いたことがなかったな』
「僕の父は、僕が幼い頃に離婚した。その後に亡くなったみたい。保育園に通っていた頃だったかな。母からは事故だったと聞いているよ」
『わたしの父親もわたしが幼い頃に死んだ。アンノウン……すまない、わからないか。ラファトゥマのような存在の集団がいて、それの掃討作戦中に戦死したと聞いている』
「なんか、お互いの事、こんなに話したの始めてだよね」
『確かにな。今まで、話をする時間はいくらでもあったのにな。不思議だ』
わたしは、断片的に基樹の記憶を見れはするが、全てが把握できるわけではない。こうやって、心の奥にしまい込むような辛い記憶は、話さないと分からない。
そんなわたしたちの会話を中断させたのは、基樹が持つスマホから鳴り響いた通知音だった。基樹は通知を開くと、笑ったような、困ったような顔をしていた。
『どうした?誰からだ?』
「……蛭子悠希絵からの連絡だよ」
『彼女は、この間……。そうか、そういうことか』
「ああ、おそらく送ってきた奴は、あいつだよ」
――今日の夜、学校の屋上で待ってる――
『お呼びだな……』
「ああ、お呼び出しだ」
基樹はゆっくりと立ち上がり「ん~!」と言いながら、思い切り背伸びをした。
「じゃ、行きますか。……最後の戦いに」
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