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28.あんたなんか大きらい
しおりを挟む「これが新しい鍵になりますので、無くしたりしないでください。あと、長期間家を空ける場合はご一報いただけるとありがたいです。よろしくお願いします」
「はい、ご苦労さまでした。ありがとうございます」
マンションの管理会社から鍵を手渡された姫月絵玲奈は、背中から生えた触手で持ち上げている蛭子悠希絵とともに、園村基樹の住んでいたマンションの一室に入った。マンションの管理会社の人間は一切疑う素振りもなく彼女達に園村の部屋の鍵を手渡し、そのまま去っていった。
管理会社の人間に見えていた者は、園村基樹本人だった。だが、それに気づける人間はいない。……正確にはいないはずだった。姫月絵玲奈はその事を確かめる為と、僅かな好奇心で園村基樹がそのままにして姿を消したマンションに来た。
園村基樹のマンションの家賃は支払われていない。支払われていないのになんの督促もなく、2ヶ月以上経過していたのは、勿論、姫月絵玲奈が全ての人間を欺いていたから成せた技である。支払いをしていると、思い込ませるなど、容易い事だった。
「結構、きれいな部屋じゃない……」姫月絵玲奈は自分が住んでいたボロアパートと比較して、ため息を漏らす。園村基樹の部屋だったであろう部屋に入ると、触手で掴んでいた蛭子悠希絵の体をベッドに寝かせた。
基樹の勉強机の上に、伏せられた状態の写真立てが目についた。特段、気になったわけでもないのに、不意に写真立てを起こして、写真を見つめる。
「……え、なんで!?」姫月は写真立てを再び伏せた。
『エレナ、どうかしたか?心拍数が急に上がったぞ』
それはただの家族写真だった。父親と母親、幼い頃の園村基樹が写っていただけの。ごく、ありふれた家族写真だった。
「……何でも、ない。ちょっと気分が悪くなっただけ」
『エレナが動揺する姿はあまり見たことがなかったから、驚いた』
「大丈夫よ……。さあ、検証に入りましょうか」
姫月絵玲奈は触手を背中の中に戻し、ベッドに横たわる蛭子悠希絵の上に四つん這い状態になり、顔を近づけた。しばらく蛭子の顔を見つめると、手のひらで優しく蛭子の肩を揺すり、話しかけた。
「大丈夫か、蛭子……。危ないところだったな」
「う、……うう」
蛭子悠希絵はゆっくりとまぶたを開ける。目がボンヤリとしていて、視点が定まっていない。まだ、混乱しているのだろうと思い、ゆっくりと頬を撫でた。
「……大丈夫だ。僕がいるからね。襲われそうになっていたんだ。あぶないところだった。新浜夜寿華も病室に送り届けた。安心していい」
蛭子悠希絵はまだボンヤリとしていた。姫月絵玲奈の目を見ているのは分かった。少しずつ混乱は収まってきたかと踏んだところで、更に続けた。
「僕は蛭子が好きなんだ……無事でいてくれて良かった」といいながら、ゆっくりと唇を蛭子悠希絵の唇に近づけていく。
「……ごめんね。私、そういう趣味なくて。女の子とお付き合いする気にはなれないんだ」
蛭子悠希絵がそう呟くと、姫月絵玲奈は素早く体を起こして、ベッドから降りた。
「……やっぱりネ。そういう事で間違いないみたいよ、ラフ」
『……ほーう。なるほどなあ。珍しい人間だ。全く夢が通じない奴がいたんだな』
「……ラフって何?」
「こっちの話よ。気にしないで、蛭子悠希絵さん」
蛭子悠希絵はベッドから起き上がり、姫月絵玲奈をジッと見据えている。
「ここは、どこ?」
「あれ?来たことなかったんだ。てっきり付き合ってるのかと思っていたんだけど」
「誰の家……?姫月さんの新しい家?引っ越したんだよね?」
「違うよ?ここは、園村基樹の部屋、園村クンの家だよ」
「は!?園村の家?なんで私達が園村の家に……そもそもどうやって入ったの?園村も一緒にいるの?」
「いないよ」
「どうやって、入ってきたの」
「合鍵があるのよ~」
蛭子悠希絵の表情が強張る。
「あんたたちが、付き合ってたんじゃない……」
「ん~~、たまに来てたけど、……フフ、あとはご想像にお任せするネ」
「……園村、あんたの事、ずっと気にしてたから、もしかしたらそうかもとは、思っていたけど」
「ヒルコちゃんも基樹クンが好きだったの~?」
しばらく無言が続いたが、蛭子悠希絵は姫月絵玲奈の目をジッと見て、答えた。
「……そうよ、好きよ。ずっと昔から好き。基樹の事。でも、姫月さんとお付き合いしてるのなら、引き下がるしかないわね」
「……引き下がらなくても、いいよ。だって、ワタシ、あいつとはあそびだし?付き合ってるつもりはないの~」
ベッドから降りて、ズカズカと姫月の正面まで向かってくる蛭子。
『おい、エレナ。いいのか』
「いいのよ、ラフはそのまま待機で」
「だから、誰と喋ってんのよ!」
バシッという音が部屋に響く。蛭子は姫月の頬を平手打ちした。
「……あいつで遊ばないで!あいつの気持ち、分かってるんでしょ!?弄ばないで!!」
「くっは、……マジでウザい」
「私、知ってるんだから。あんたが陰で夜寿華を操ってたんでしょ!……雄平も、直哉も!!」
「……さあ、なんの事かよくわからないヨ?」
「ふざけないで!!」
「……みんなアイツが悪いんだよ」
「基樹があんたに何をしたって言うの!?何もしてないよね!?何が気に食わないの?卑怯者!自分は手を下さず、他人を誘導して!巻き込んで!!」
「あいつ等が、勝手に巻き込まれてきただけだろうが……。ワタシは何もしてない、頼んでない!」
「だとしても、分かってたでしょ!?共犯よ!」
「あー、あー、あー!!マジでクソうぜぇな!だからテメェは大っきらいなんだよ!!」
「がっ……!!」蛭子は腹部と胸に衝撃を感じ、自分の体に目線を向けた。ウネウネと動く細長い何かが、自分の体を数カ所貫いていた。その細長い何かが、姫月絵玲奈の背中から、わらわらと蠢めいている。
床に、血が滴り落ちる。体が痺れる。……意識が薄れていく。蛭子悠希絵はそのまま膝をつき、倒れ込んだ。
「……自分で手を下しましたけど?これで、満足いただけましたかしらネ……!」
蛭子悠希絵の体がピクピクと痙攣して、倒れ伏す姿を、じっと見つめて、姫月絵玲奈は無表情にその場に立ち尽くしていた。
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